準備の3ヶ月間



 両家への結婚の挨拶が済めば、いよいよ結婚式の準備を本格的に進めていくことになる。

 最初に結納と両家親族の顔合わせが行われた。


 うちの両親なら亘平さんの態度が悪かろうと気にしないと思っていたが、実際の結果としてはかなり打ち解けたように思う。

 後で天梨から聞いた話だが、辰人さんの実家の件であまり良い心象を抱いてなかったらしい。

 けれども、親父とは娘過保護な面で意気投合したようだ。

 

 次に必要書類もまとめて書き上げた婚姻届を市役所に提出する。

 この時点で俺と天梨は公的に夫婦として扱われるが、結婚式を挙げないとどうにも実感が湧かない。


 聞けば親父達もそうだったようだ。

 

 婚姻届の次は結婚指輪選びの番である。

 一緒に選ぶことも考えたが、天梨の指のサイズだけ測って一人で選ぶことにした。

 男の細やかなプライドみたいなもんだ。

 

 デザインは我ながら良い物を選べたと思うが、天梨には式の時まで秘密にしている。

 凄く不服そうだったが、そっちの方がロマンチックだと伝えると渋々納得してくれた。


 次は結婚式のスタイルと日取りを決める。

 神前式とか人前式とかあるが、俺達は一番オーソドックスなキリスト教式を選択した。

 これは式を上げる予定だった由那さんと辰人さんも選んだスタイルで、天梨から強い要望があったためだ。


 特に後押しとなったのが、両家顔合わせの時に亘平さんから受け取ったある物が関係する。 

 それは由那さんの妊娠が発覚した時から、辰人さんが密かに貯めていた将来のためのお金がある口座の通帳だった。

 

 生前の辰人さん曰く、由那さんとの結婚式を挙げるためのお金らしい。

 最初は恐縮から受け取れないと断ったが……。


「他でもない天梨の結婚式なのだ。きっと彼なら喜んで使って欲しいと言うだろう」


 亘平さんからそう言われては、断る方が失礼という話だ。

 せめて天国にいる2人にも、祝福の声が届くような式にしようと心に決めた。


 日取りは実家でも言ったように、新年が明けてから3か月くらいの日となった。

 その日に式を挙げられる会場にも既に目星を付けていたため、程なくして会場も決まる。


 そしたら今度は招待状を送る番だ。

 今までお世話になった人達に向けて、改めて結婚を報せるのは気恥ずかしさはあったが、門出を祝ってもらうには気心が知れた面々が良いだろう。

 最終的に俺と天梨より、あまなちゃん経由で知り合った人達が多くなったのには驚かされたが。

 

 流石俺達のキューピッドと感服する他ない。

 

 さて、次はある意味本命とも言えるウェディングドレス選びだ。

 実を言うとこれがかなり混迷を極めた。


 俺とあまなちゃんの衣装は時間を掛けずに決まったんだが……。


「ダメ! これじゃ奥様の美しさを表し切れてないわ!」

「そんな! ウチの在庫でこれ以上のドレスはありませんよ!?」

「諦めたらそこで試合終了よ! 別の店舗から至急取り寄せて頂戴!」

「は、はい!」

 

 肝心の天梨がかなりの美人であるため、彼女に似合うドレスを選ぼうとブライダルプランナーの人達が張り切り出したのだ。

 あーでもないこーでもないと、次々にドレスを持ち込まれていく様は、まるで着せ替え人形のようだと思った。


 加えてドレスに合わせた髪型やメイクの試行はもちろん、小物も含めて予算内でやりくりしなければならないことが状況の複雑さに拍車を掛けているのだろう。

 ちなみに結婚指輪のデザインも参考にしているため、より複雑さを増していたりもする。


「ふぅ……」

「お疲れさん」

「ありがとうございます……」


 長い時間拘束されたためぐったりしながら戻って来た天梨に、労いの言葉と共に近くの自販機で買ったココアを渡す。

 受け取って瞬く間に飲み干した姿に、少しだけ驚いて目を丸くしてしまう。

 珍しい……普段ならはしたないとか言って、一気飲みなんて絶対にしないだろうに。


 ドレスを何度も着替えるのはかなり体力を使うんだなと思いつつ、彼女にある質問を投げ掛ける。

 

「当日はどんなドレスを着るのか決まったのか?」

「えぇ何とか……ですが実物は本番までお預けです」

「お。もしかして指輪の件での意趣返しか?」

「えぇ。式場で和さんを骨抜きにしてみせますよ」

「なんか怖いくらい楽しみになって来たな……」


 指輪で驚かせようとする俺と、ドレスで驚かせようとする天梨。

 なんで結婚式に出る夫婦が、互いに半分だけ分かり切っているサプライズを仕掛けてるんだろうか……。

 まるで聞いたことのない現状に思わず苦笑を浮かべてしまう。


 とにかく、天梨が結婚式当日まで俺にドレスを見せないため、写真は式の後に撮ることになった。

 

 ここまで来るとあともう少しだ。 

 ブライダルプランナーと相談して演出とプログラムを考えていく。

 個人的には手紙や謝辞にスピーチの内容に苦労させられた。


 もちろん、引出物の用意や二次会の準備も忘れない。


 最後に新婚旅行に関してだが……これにはあまなちゃんも一緒に連れて行くことにした。

 俺と天梨を繋いでくれた大事な家族を置いて、旅行になんて行けるはずもないしな。


 準備が着々と進んでいくが、日常生活を疎かにしているわけじゃない。

 クリスマスや大晦日に元旦……バレンタインデーなんてイベントを経て、俺達は家族としての絆をより強く深めていった。


 その家族を養うための新しい就職先も無事に決まった時は、脱力感が溢れる程に安堵したものだ。

 食品加工業を営む中規模の会社で、工場で作られた食品をスーパー等に運ぶのが主な業務である。

 

 ぶっちゃけるとウミネコ運送に勤めていた時と基本的なことは変わらない。

 顧客が個人ではなく店舗になったくらいだ。

 給料は少し色が付いた程度だが、それでも立派な仕事……心機一転やる気は満ち足りていた。 


 それでもやっぱり覚えることは多くて大変だ。

 ミスをして怒られたり、クレームを入れられることもしょっちゅうある。

 そんな時、家に帰ればいつだってあまなちゃんと天梨が温かく迎えてくれた。


 たったそれだけでも、仕事で疲れた俺の心は癒されて行く。

 家族が支えになっている事実を強く実感して、自分は幸せ者だと前を向くことが出来た。

  

 そうして来たる3月……多くの準備と手間を掛けた結婚式が、今日いよいよ始まるのだった……。

 

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