夫婦2人で



 入浴を済ませ、大人4人で酒を飲んだりしている内に就寝の時間となった。 

 両親は田んぼの整地のために、早寝早起きがモットーだったりする。


 さて、ここで気になるのが天梨とあまなちゃんの寝床だ。

 両親に隠していた黒音だが、しっかりと2人の寝る場所を用意しているとのこと。

 そういう準備はやたら手際良いのだから、文句が言い辛い。


「改めて言うけど、結婚おめでとう天梨さん」

「ありがとうございます、黒音さん」

「アニキもよくやったね!」

「なんで上から目線なんだよ……」


 結婚の祝福のはずがどうしてか下に見るような言い草で気になる……。

 ちゃんと祝えとジト目を向けるが、やはり気にする素振りを見せずに続ける。


「だって天梨さんみたいな綺麗な義姉を連れて来てくれたんだよ? 貴重な妹からのデレなんだからありがたく思ってよね~?」

「どこがデレだ。押しつけがましいにも程があるだろ」


 全く以って嬉しくねぇ……。

 ここはちょっとお灸を据えるか。


「俺と天梨が結婚したら、続柄的にお前はあまなちゃんの義叔母になるんだぞ?」

「ちょ、人が気にしてること言わないでよ!?」

「なら少しは落ち着け」


 というか気にしてたのか。

 あまなちゃんからおねーちゃんって呼ばれてるから、おばちゃん呼ばわりは避けたいのだろう。

 

 そんな風に軽く兄妹喧嘩をしつつ、黒音に2人を寝てもらう場所へ案内してもらった。

 トイレも済ませ、俺は久しぶりに一人暮らしする前の自室へ向かう。

 きっと黒音が掃除してくれているはずだから、何も警戒することなくドアを開けて……。  


「あ、和さん」

「すみません間違えました」

「ええっ、ちょ──」


 ──バタン。


 ……。

 …………。


 いや待て待てどういうことだ?

 ここ俺の部屋だったよな?

 なんで寝間着姿の天梨が中にいたわけ?

  

 あまりにも突然の出来事に動揺していると、中からドアが開かれた。


「あ、あの、和さん? 中に入らないんですか?」

「え、あ、悪い……」


 申し訳なさそうな面持ちの天梨に促されるまま、今度こそ自室の中へ──って入っちゃダメだろ!?

 凄い自然に流されたな俺!?


 自分で気付かないくらいにパニックになっていたらしい。

 でも天梨のあの顔も反則だと思う。

 うん、俺は悪くない。


 改めて入った自室では中央に2人分の布団が敷かれており、明らかな確信犯がいると察せられた。

 黒音のやつ……余計な真似を……!


 とりあえず話をするために、布団に腰を降ろして向かい合う。


「その、あまなちゃんは?」

「えぇっと、黒音さんから自分の部屋で一緒に寝たいと言われたそうで、そっちに行ってしまいました……」

「はぁ~……夫婦だから同じ部屋でも良いって言っても、いきなり過ぎるだろ……」


 つくづく下世話な妹に呆れるしかない。

 こっちにはこっちのペースがあるんだから、ありがた迷惑でしかないっての。


 内心そうやって毒づく。


「天梨が嫌なら俺はソファで寝るけど……」

「い、嫌ではありません! その、事前に黒音さんからこうなるように教えられていまして、せっかくだからと受け入れたのは私ですし……」

「へっ?」


 緊張からか、赤い顔を俯かせて指を絡めたり解いたりする天梨から驚きの事実が明かされた。


 流石に鈍い鈍い言われている俺でも、黒音が何を企んでこの状況に追いやったのかは分かっている。

 確かに夫婦なんだからそういうことの一つや二つはしていくだろうし、こっちだって伊達に男に生まれてないので、人並みの興味はあると言える方だ。

 とはいえ、現状キス止まりな俺達にそれはハードルが高過ぎる気がした。

 

 けれどもそう考えていたのは俺だけで、天梨はもっとらしいことをしたいから、黒音の提案に乗っかったというのだろうか?

 ダメだ、考えても分からん。


「その……言っておくが俺は経験ないぞ?」

「わ、私だってありません!」

 

 情けないが一応の予防線を張るが、天梨からも同じ返答が来る。

 そうだった……お互いが恋愛初心者なんだった。

 だがそう思うと……。


「……双子なのに由那さんと貞操観念に差があり過ぎじゃないか?」

「あ、あれはあの子がおかしいだけです! 私は普通ですから!」  

 

 う~ん……確かに比較対象として挙げるのに、あの人は上級者な気がする。

 由那さんがあまなちゃんを妊娠したのは、高校卒業を控えた年の冬頃……つまり学生妊娠なわけだ。

 そのまま辰人さんと学生結婚も果たしてるわけだし……うん、マジで例外過ぎたわ。


 瓜二つの双子なのに随分と差があった。


 でも身近な恋愛サンプルは彼女しか思いつかないのも事実なんだよなぁ。

 かといって親を参照するには物凄く複雑だ……。


「あの……」

「ん?」


 腕を組んでどうしたものか頭を悩ませていると、天梨が何やら不安気に呼び掛けられた。

 もしやまだマリッジブルーが残っているかと目を合わせるが、赤い顔色から違うと分かる。

 なら一体何なんだろうか?


「和さんは、私にそういった、えっと、み、魅力を感じませんか?」

「え……?」


 言っている意味が解らず、素っ頓狂な声が出てしまう。

 天梨に魅力……?

 意識する前からはもちろん、夫婦になってから感じない日は無いんですが?


 呆ける俺に構わず、彼女は続ける。


「その、自惚れるようですが、私は自分の容姿が一般的に見れば整っているかもしれないとは思っています。スタイルだって、健康のためにですが維持し続けています。けれども、和さんからはあまりそういう視線を感じないので、もしかしたら魅力が無いからなんて思った次第でして……あぁっで、でも! 下心が無い和さんだからこそ惹かれたとも思っていますので、決して不満というわけではないのですが、えぇっと……ダメですね、上手く言えません……」

「……」


 真っ赤な顔であたふたしながらも聞かされた天梨の心境に、俺の思考はますます混迷を極めていく。

 ここまで言われて意味が分からないわけじゃない。

 分かったからこそ、緊張と混乱で茫然としているのだ。


 ただ分かるのは俺の嫁がめちゃくちゃ可愛いということだけ。

 何もそういうことをしたいというわけではなく、手を出されないから女としての魅力が無いと勘違いしたわけだ。

 そう思わせてしまったのは完全にこっちの責任だろう。


 あまり大事にし過ぎるのも酷って、こういうことを言うんだろうなぁ……。

 心の中でそう感想を浮かべつつ、俺は天梨の手を握って釈明するべく口を開く。


「あのな? 俺が言うのもなんだけど、ただでさえ交際ゼロ日のスピード婚なのに、婚姻届を出してない結婚式も挙げてない状態で、そういうことをするのは違うなって思ってるだけで、天梨に魅力を感じてないわけじゃないからな?」

「え、そ、そうなんですか?」

「そうだよ。大事だからこそ安易に手を出して傷付けたくないだけで、決して興味が無いわけじゃないから」

「う、う~……っ」


 今になって自分がどれだけ恥ずかしいことを口走っていたか悟ったようで、ますます顔色を赤く染めていく。

 その反応がまたいじらしく、心の中で意地悪な気持ちが少しだけ起き上がる。


「──天梨」

「は、い……?」


 空いていた手で彼女の肩を押して布団に倒す。

 すっかり油断していたのか、天梨は呆けた表情で上に陣取る俺を見つめる。


 風呂に入ったためか灯りを反射する濃い茶髪から甘い香りが漂い、近くで見る顔は神がかったバランスで整っていた。

 すぐに手を動かせば、その体を存分に堪能出来るだろう。


「──っ、~~や、和さん!?」


 遅れて状況を理解したのか、天梨は目を見開いて動揺を露わにする。

 だが意地悪したくなった俺にとってその反応はスパイスでしかない。


 機先を制するべく彼女の耳元に顔を近付け……。


「──お望みなら遠慮しなくて良いんだな?」

「~~っ!?」

 

 そう囁けば、今にも触れそうな顔から熱を感じる程悶えだした。


 正直あんな言い方をされては誘ってるとしか思えない。

 まぁ本人に言った通り順序は踏まえたいので、精々がキス止まりだが。

 さてそろそろ放そ──。


「わ、私は和さんの妻ですから、ど、どうぞ……!」

「……」


 ──うとした途端、まさかの了承が帰って来た。

 

 ……あれ、先制したはずが退路を断たれたんだけど?

 えぇ~……こう言われてキスだけで止めたら、ヘタレ扱いされない?

 

 唐突に現れた据え膳にどうしたものか思考を張り巡らせていると……。









 ──ガチャ。


「ん~……あれ? ママとおにーさん、なにしてるのー?」

「「あ」」


 眠そうに目を擦るあまなちゃんが部屋に入って来たではないか。

 黒音の部屋と間違えて入ってきてしまったようだが、俺が天梨を押し倒している体勢をがっつり見られてしまったことに変わりはない。


 完全に調子に乗った罰じゃないかコレ?

 チラッと下にいる天梨に目を向ければ、目まぐるしい状況の変化に思考停止したようだ。

 援護は期待出来ないだろう。


 なので、いつか見たことのある言い訳を行使するしかない。

 俺は寝ぼけているあまなちゃんに顔を向けて口を開く。   

  

「これはプロレスごっこをしてるんだ」

「ぷろれすー? よるにさわいじゃダメなんだよー?」

「あぁもう終わったところだから、黒音の部屋に戻りな?」

「うんー。おやすみなさい」

「おやすみ」


 どうやら通じたようだ。

 ドアが閉められるや否や、天梨から離れて安堵の息を吐く。

 こうなってはもうムードも何もあったモノじゃない。


 千載一遇のチャンスを逃した気がしないでもないが、それでも安心が勝ったのは確かだ。


「天梨。そろそろ寝るか」

「──ッハ!? え、あ、は、はい……」


 未だに放心していた天梨に声を掛けて、自分の布団に入る。

 少し残念そうな顔をされたが、流石に諦めがついたようで何も言わず床に就いた。


 まぁ何も焦る必要は無い。

 だって俺達は家族なんだから。


 そう思って間もなく、簡単に眠りに入るのだった……。 

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