隠していた想い
「はっ……ふぅ……」
家に帰って一頻りお酒を飲んでから、背中から思い切りベッドにダイブした私は、だらしない息を漏らしながら披露宴の会食で交わしたカズ君との会話を思い返す。
彼の質問に答えてからというものの、どうにも会話が続かず気まずいまま解散してしまった。
「……流石に、気付かれたかしら? うぅ~~~~っ!!」
期待と不安が入り混じった複雑な心境に、私は落ち着きを保てずベッドの上で悶えまわった。
これは法人営業部での一部の同僚にしか教えてないことだけれど、私──堺茉央は早川和の事が好き。
それはもう、はっきりと恋愛対象だと言えるくらいには好きだ。
彼と出会ったのは入社してから半年が経った頃。
でも私の中では大勢いる男性の一人でしかなかった。
それが変わるきっかけは入社1年目の忘年会で、上司に日本酒をお酌していた時のこと。
酔った勢いかやけにグイグイ来る上司から執拗に連絡先を聞かれていた。
自惚れるわけじゃないけれど、私は顔立ち故にモテる方だから好意を向けられる事が多い。
いつもは冷たく突き放すことで躱していたけれど、相手は会社の上司……とてもじゃないけれど断った時の反感が怖くて断り切れないでいた。
どうしたものかと困っていたところに、カズ君が慣れた様子で上司の興味を逸らしたことで助けてくれた。
それ以降、複数いる同期の一人という認識だった彼と良く話すようになって分かったことは、カズ君は他の異性──特に三弥君と違って、あまりがっついてないからすごく居心地がいいということ。
配達業の宅配員ということもあって、中々接する時間を作り辛いのが難点だけれど、その僅かな時間が私にとって最大のモチベーションになっているのも事実だ。
やがて仲良くなった折に親しみを込めて苗字呼びだったのを名前で呼んで良いって言われて、実は『かず』じゃなくて『やまと』だったことが判ったりしたけれど、なんとなくそのまま呼び続けていたらなんと、私と彼が付き合っているのではないかという噂が出て来たの!
普通なら笑い話にもならないと断言していたそれに、私はどうしようもなく胸の高鳴りと頬の緩みが抑えられなかった。
やたら騒ぎ立てる周囲に、そんな関係じゃないって否定するのは胸が痛くて辛かった。
そしたら、カズ君から『噂通りに付き合ってみるか?』なんて冗談めかして告げられたことで、私は彼が好きなのだと気付いたわ。
でも、その時は自分の気持ちに対する戸惑いから咄嗟に睨んじゃったことでカズ君が引きさがり、噂が真実になることはなくなってしまった。
後になって、どうしてあんな千載一遇のチャンスを逃したのか後悔に苛まれたのは言わずもがな。
それから中々アプローチも掛け辛くて、やきもきしていたところでまさかの出来事が起きた。
「頭……また撫でてほしいなぁ……」
つい2週間くらい前の事。
休憩スペースで休んでいたら疲れて居眠りをしちゃった私の頭を、カズ君が撫でてくれた。
あの大きな手で、私の、頭を!
最初は誰かセクハラでもしているのかと思ったけれど、カズ君が相手と知って嬉し過ぎて平静を保つのに必死だった。
彼曰く『妹の頭をよく撫でていた』らしいけれど、あの慣れた手付きは相当甘やかしていた証拠だと思う。
まぁ、自分から撫でて欲しいって言うのも恥ずかしくて、あれ以来頭を撫でられてないけれど。
でも……。
「電話の相手……結局どんな人か分からなかったなぁ……」
勇気を出して後輩の優希ちゃんの結婚式に誘おうとしたら、カズ君は私の知らない女性と電話をしていた。
何を話しているかは分からなかったけれど、聞こえた声は完全に女性のそれ。
私は妙に心がざわついて落ち着けそうになかった。
だって、最近のカズ君はやけに調子が良い。
今月頭に退職した先輩が担当していた配達区分を割り振られたのにも関わらず、火曜日と金曜日の配達を終えた日は特にそれが顕著だ。
何か良いストレス発散方法を見つけたのかと安堵する一方、誰か好きな人が出来たんじゃないかと気が気じゃなかった。
あれは、ストレスを発散したというより誰かに癒された……そんな類に思えたから。
けれど、一昨日の火曜日に配送へ出掛ける前は元気がなかったなぁ。
……帰って来た時はいつも通りだったけど。
ともかく、彼が電話の相手と知り合って調子が良いのは確かだ。
カズ君をそんなに元気付けることが出来るなんて、どんな包容力か女子力の持ち主かって気になるに決まってる。
だから披露宴の会食の機に乗じて踏み込んでみたけれど……結果は聞く前とそんなに変わりなかった。
なんでか慄いたような感じだったけど、そんなに深い関係じゃなさそう。
ひょっとしたら三弥君が何か知っているのかもしれない。
でも、何気に察しが良いからカズ君への気持ちがバレそうで、出来れば関わりたくないのよねぇ……。
この期に及んで、そんなことを言ってられないって自覚はしている。
でもでも、きっと三弥君のことだから物凄いからかって来そうだしなぁ……。
そんなわけで、結局振り出しに戻っちゃう。
「あぁ~~~~っ!」
そうして思い出すのは、彼と交わした結婚話と質問に返した答え。
カズ君に少しでも意識してほしいからって、あんな答え方は流石にまずいでしょ!?
それで会話もままならなくなるとか、ホント自分の馬鹿さ加減に呆れるしかない。
明日、どんなカオをしてカズ君と話せばいいのか分からなくて、私は頭を抱えるばかりだった。
彼が何を考えて私をどう思っているのかなんて、年甲斐もなく乙女染みた考え方をしちゃうけれど、今だけは知りたくない気持ちで一杯だ。
それでも、カズ君を好きな気持ちだけは揺るがないでいる。
「私も……電話のあの人みたいに、カズ君を癒せたらなぁ……」
好きな人の前でも素直になり切れずに、硬い態度で接する私じゃとても無理な話だ。
無理と解っていても、彼にとってそんな存在でありたいと高望みしてしまう。
ぶっちゃけ、電話の人に嫉妬している。
「いっそカズ君がヒモにでもなればなぁ……って、それはダメなやつじゃない……」
変な願望を口走ったことで、飲み過ぎたかもと自虐する。
これからのことはこれから考えるとして、今日はもうさっさと寝てしまおう。
そう決めて寝入るまでに、そう時間は掛からなかった。
──夢でカズ君に会えないかな、なんて考えながら。
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