それが彼女の答え
何となく……初めて会った時からカズ君には妙な壁があるように感じていた。
職場で顔を合わせれば世間話はするし、プライベートでの付き合いだってある。
よく相談に乗ってもらったこともあれば、困った時に助けてくれたことも。
そんなカズ君だから私は好きになった。
にも関わらず、彼の趣味やどんな学生時代を送って来たのかなんて全く知らない。
後者に関しては尋ねても『今と変わらない』としか返って来ないからだけど……とにかくカズ君はあまり自分の話をしたことがなかった。
それでも分かることと言えば彼は優しい性格だ。
けれども間違いなく長所だと思えるはずのカズ君の優しさは、何でも受け入れる
受け入れてくれるのに怖いなんて随分と酷い言い草に思うけれど、普通そういう手の広い優しさには裏があってもおかしくないもの。
でもカズ君にはそれがない。
相手が喜んでくれたら自分のことのように笑える人。
それはとても素敵なことのはずなのに、どこか彼自身を蔑ろにしている気がする。
鈍感なのは、カズ君が自分や周囲に必要以上の感心を向けていないからなのかもしれない。
そう考えついても少し文句を言いたくなるのは、性格的な面もあるせいかも。
だからこそ……。
「お前が言ってた気になってる人って…………俺のことなのか?」
その問いが彼の口から出るだなんて全く思いもしなかった。
決して当てずっぽうじゃない、本気の尋ね方だ。
驚きのあまり私は情けない呆け面を曝してしまったと思う。
カズ君は一体どうやって私の気持ちを知ったのかしら?
三弥君か黒音ちゃんか……もしくは天梨さん?
だとしたらきっと、ギクシャクしていた間にカズ君が相談したんだろう。
そうでもないと鈍感の達人みたいな彼が恋愛感情……ましてや自分に向けられる好意に言及するなんてありえない。
……ここで私はどう答えるべきなの?
その質問に『はい』って返したら、あなたは私の気持ちにどう答える?
笑顔を浮かべて『恋人になろう』って?
それとも頭を下げて『ごめんなさい』かしら?
……多分後者。
じゃないとそんな申し訳ないって罪悪感いっぱいの顔しないでしょ。
相変わらず顔に出やすいんだから、隠してるのにバレバレじゃない。
友達か同僚以上に思えない相手に好かれて迷惑なはずなのに、変わらず向けられる優しさを感じて口端が緩んでしまう。
自分がフラれる状況だっていうのに、なんだか変な感じ。
でもね、カズ君。
あなたがそんな表情をする必要なんてないのよ。
私がフラれるのは動き出すのが遅かっただけ。
自分可愛さにヘタレて恋人とは程遠い関係に満足して、勝手にいつまでもその日々が続けば良いとか思っていたせいなのに。
失恋したことを責めるつもりは微塵もない。
もし私に出来ることがあるなら、カズ君にはカズ君の幸せを考えられるように支えること。
なら、彼の質問に私が返す答えは一つだ。
「私がカズ君を好きって……、
何の話?」
「──……へ?」
出来るだけ繕った表情でそう返すと、今度はカズ君が目を丸くして呆ける。
自分でもバカな返答だって自嘲しかねないけど、どのみち失恋で終わるのに変わりはないもの。
だからせめて、自分で幕を引こうと思った。
「いや、だって、その……なんで茉央が俺を避けるのか分からなくて、三弥に相談したらそうじゃないかって言われて……」
戸惑いを見せながらも質問の理由を明かされる。
ある意味彼らしい経緯で納得した。
やっぱり三弥君の仕込みだったのね……。
からかうでもなく正確に見抜いて来るのは、呆れを通り越して流石という他ない。
とはいえ相談するくらいに仲を戻したかったと知って嬉しいのも確かだわ。
自分の幸せを追うだけだったらさぞ喜んだかもしれない。
まぁせっかくの気遣いは悪いけど無下にさせてもらうわね。
いつも小憎たらしいニヤケ顔を浮かべる同僚に向けて、心の中でそっと謝る。
「へぇ……そんな事実無根を真に受けるなんて、よっぽどカズ君は私と仲直りしたかったのね?」
「ぐっ……」
ちょっと煽るように返せば、彼は顔を真っ赤にして口を噤む。
「じ、じゃあ黒音と話してたのは?」
あら、意外と粘るわね?
まぁ向けられていると思っていた好意を否定されたら、自分が自惚れていたようなものだもの。
事件の真相に至ったと確信したら推理に穴があった探偵みたいに狼狽えてて、ちょっと面白く感じてしまう。
「黒音ちゃんにはカズ君の昔話を教えてもらっただけよ。それを抜きにしてもあの子の方から仲良くしたいって言われたしね。というかいくら妹のためだからって運動会で手作りの大旗を振り回すのはどうかと思うわよ?」
「おぃぃぃぃっっ!! なに人の消したい過去をバラしてんだアイツは!?」
「だって元はと言えばカズ君が自分のことを全く話さないのが悪いんでしょ?」
「ぐ、ぎぎ……っ」
実際は恋愛相談込みなんだけども。
カズ君の過去を知りたいと思ったのと、黒音ちゃんから仲良くなりたいって言われたのは本当だしね。
「プールで天梨と喧嘩したのは……?」
「あれは私とカズ君の友情を勘違いされたって思ったからよ」
「っ、はぁ~~~~なんだよそれぇ……」
結構急所を突いて来るわね……予め返事を考えててよかったわ。
ともあれ、私からの好意は無かったと信じたカズ君はテーブルに突っ伏して項垂れた。
その反応を見てもしかしたら……なんて一瞬邪な考えが頭を過るけれども、これで良いんだと失笑しながら振り払う。
──彼を幸せをする人は、私じゃない。
感傷に浸る気持ちを抑えつつ、騒いしまったせいで周りの人達の視線が集まっている。
ただでさえカズ君は勘違いしたと思ってナイーブなのに、この視線は少しキツい。
「ほらカズ君。そろそろ休憩も終わりにしましょ」
「おぅ……茉央」
「なに?」
「変なこと言って悪かった。でもさ、これからも同僚としてよろしくな」
若干立ち直り切っていないものの、彼から笑みを向けられる。
それがどうしようもなく嬉しく思うのは、まだ恋心を諦めた直後だから。
どれだけ掛かるかは分からないけど、もう前みたいにギクシャクする真似はしたくない。
そこだけは間違えないと決めた私は……。
「──えぇ。これからも仲良くしてあげるわよ」
そう毅然と返すのだった。
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