探偵かよ


 練習を始めてからそろそろお昼の時間が近付いて来た頃に、三弥は休憩の合図を出した。

 

 経過は順調だ。

 やっぱり経験者の教え方は効率的で、かなちゃんだけでなく他の3人もタイムを更新している。


「凄いなぁみんな。これなら一番になれるぞ!」

「やったーっ!」

「あ、ありがと、おにーちゃん……」

「ウチらはむてきっす!」

「アタシが本気を出したんだから当然よ! でも、ちょっとだけつかれたわね……」


 惜しみの無い称賛を送れば、4人は嬉しそうに返事をしてくれた。

 それでもちゆりちゃんが言うように、適度に休憩を挟んだとはいえ疲労が見えている。

 加えてお腹も減って来ているから尚更だろう。


「もう少ししたら天梨がお弁当を持って来てくれるから、たくさん食べて午後も頑張ろうな」

「「「「「おーっ!!」」」」」


 子供達の掛け声に三弥も揃えて来た。

 多分アイツだけ違う理由だろうなぁ……。


 今日の練習に三弥がいることは天梨にも伝えているから、量が足りないなんて事態は回避出来るはずだ。

 問題があるとすれば、天梨と三弥が初対面な点だろうか。


 一応事前に三弥の人柄を教えてはいるが、彼女からの総評は『和さんの同僚なら心配しません』らしい。

 どんだけ信頼されてるんだ俺は。

 あんまりそういうこと言われると調子に乗りそうだ。


 やめてほしいとかは言わないし思わないけど。


「あ! ママだ!」


 なんて思い返していたら、あまなちゃんが天梨の姿を見つけたようだ。

 その視線の先へ同じく目を向ければ、白のチュニックにジーンズというラフな装いの天梨が、それなりに大きさのある包みを抱えながらこちらへ来ていた。


「え……? は、えっ!?」

「……三弥?」

「いやあの人があまなちゃんの母親の天梨さん?」

「そうだけど?」

「いやいやいやいや、聞いていた以上に美人じゃねぇか!?」


 初めて天梨の姿を見た三弥は大いに驚愕していた。

 まぁその気持ちはよく分かる。

 俺も初対面の時は思わず硬直して見惚れたしな。


「こんにちは、和さん」

「おう、こんにちは」


 三弥の存在に気付いてはいるようだが、まずは挨拶を先にするようだ。

 慣れた調子で挨拶を返しただけだが、そこはかとなく天梨の表情が嬉しそうに見えた。

 ほんと、よく笑うようになったよなぁ……。


「皆さんもこんにちは」

「「「こんにちはー!」」」


 続けて挨拶をされた子供達は、運動した後とは思えないくらいに元気よく返す。

 はすみちゃん達に笑みを向けた後、天梨は三弥へと向かい合う。


「初めまして、南天梨です。今日は娘や友達の面倒を見て下さってありがとうございます」

「い、いや、それほどでも……」


 礼儀正しい言葉遣いで接して来る天梨に対し、三弥は普段の調子とは程遠い緊張した様子だ。

 こんなにたじたじなの初めて見たぞ。

 

 むしろ『美人と顔見知りになれたぜヒャッハー!』みたいな反応すると思ってただけに、この反応は正直予想外だ。

 それだけ天梨が高嶺の花だということなんだろうか?


 そんなこんなでガッチガチに緊張した三弥や子供達を交えて、昼飯を食べることになった。

 

「うおおおっ! あまっちのママがつくったこのたまごやきうめぇーっす!!」

「お、おいしー……!」

「あまなちゃん、いつもこんなにおいしいごはんを食べてるなんて……う、うらやましいわ!」

「ふふ~ん、あまなのママはすごいもん!」


 天梨の手料理を食べたはすみちゃん達の反応は好印象みたいだ。

 こんなに美味しい料理を食べて育って来たと知ると、あまなちゃんを羨むちゆりちゃんの気持ちも大変共感出来る。

 

 特に三弥なんて無言でサムズアップをした程だ。

 どんだけ嬉しそうに食ってんだとツッコミたくなる。


「和さん、味はどうでしょうか?」

「あぁよ。流石だな」 

「ふふっ、それなら作った甲斐がありました」


 弁当を返す時にも同じことを言っているが、直接食べている時に言う機会はあまりない。

 現在進行形で感想を口にされた天梨は、華も恥じらう美麗な笑みを浮かべる。


 今食べた豚肉の味が分からなくなるくらいに、その笑顔が脳裏に焼き付く。


 なんなんだ最近の天梨は!?

 どうしてこんなに俺の心臓がやかましいんだ!?


 訳が分からず動揺が収まらない中、不意に右肩に誰かの手が置かれた。

 それどころじゃないのになんだと思って振り返ると……虚無の眼差しを向ける三弥と目が合った。


 え、なにこっわ。


 恐怖を感じながらも三弥の無言圧力に従って天梨と子供達と少し離れたところで、肩を組んで来た。

 やけに威圧感を感じる体勢だなぁ。


「お前……今なんて言った?」

「え? 天梨の料理は美味いなって……」

「んなの分かり切ってんだよ。その前よ前」

「前……?」


 なにか三弥の逆鱗に触れることでも言ったっけ?

 う~ん……ダメだ、考えても出て来ない。

 

「別に変なこと言ったつもりはないんだが──」

「へぇ~? それじゃ聞くが、









 なんで天梨さんの料理を『いつも通り』なんて、さも普段から食べてるみたいな言い方したんですかねぇ~~?」

「──……ぁ」


 やべぇ、確かに言ったわ。

 弁当の感想と同じノリで言ったから気付くのに遅れてしまった。 


「はいその反応ダウトォ~~ッ!! どう考えても浅からぬ関係を匂わせてるヤツゥ~~!!」


 さらに訂正する間もなく三弥が声高々に確信を口にする。

 あと言い方が若干ウザイ。


「浅からぬって……まぁあまなちゃんも含めて3人で遊園地に行ったりしたけどさ……」

「そういう意味じゃねぇよ! いや子供公認って考えれば間違ってないかもだけど、少なくともオレが言いたいのはそうじゃねぇわ!!」

「どういうのだよ」

「同棲している様子は無し……配達日以外で南家に行く機会はあまりない……その条件下で普段から天梨さんが作った飯を食べられるタイミングは一つ! 和テメェ、さてはあの人から弁当を作ってもらってるな!!?」

「お前スゲェな! 探偵かよ!?」

「シャァラァァッップ! 話を逸らすな!」


 よくそんな僅かな情報源から真相に辿り着けたな!?

 思わず素直に称賛を送ったものの、三弥の興奮が冷める様子はない。


「あんな美味い料理作れる人の弁当を毎日食ってるとか、もう完全に恋人じゃねぇか!」

「なっ、それはいくらなんでも天梨に失礼だろ? アレはお礼代わりにって作ってもらってるだけで──」

「提案者は向こうなのかよ! だとしたら失礼なのはお前の方だよバァァカッ!!」

「はぁっ!? なんでそうなるんだよ!?」


 まるで意味が分からない。

 それから俺は常に嫉妬の眼差しを向けられながらも、午後の練習を粛々とこなしていくのだった。


 ちゃんと指導するあたり変に律義だな。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る