チャラキンって呼ばないで



 茉央と口論してからといって配送量が減るなんてこともなく、約束した休みの日が訪れた。

 練習場所として夏祭りがあった河川敷が選ばれたのだが、その選択者である三弥曰く──『万が一転んでも芝生の上ならかすり傷で済むから』らしい。


 天梨に会わせるという条件の下で協力を頼み、向こうも俺の同僚ならばと会うことを約束してくれたので、こうして三弥が来てくれている。

 その俺と三弥はTシャツにハーフパンツというラフな装いで柔軟をしながらあまなちゃん達が来るのを待っていた。

 

「ほぉい長座前屈~」

「いだだだだだ無理無理!? これ以上いかないって!?」

「ハッハーこいつぁ酷い運動不足ですなぁ~」


 本格的な運は学生時代から久しいため、念入りに柔軟をやっているのだが我ながら酷い有り様だ。

 長座前屈が昔より出来なくなってる。

 体力と腕力ならまだしも、体全体が訛っているのは日の目を見るより明らかだった。

 

「これを機に適度な運動を心掛けるようにしとけよ~」

「お、おぉ……」


 一通り柔軟のメニューをこなしたものの、練習を始める前からすっかり疲れ切ってしまった。

 いや本当に三弥の言う通りちゃんと運動しておこう。

 

 そう心の中で決意していると、明るい話し声が聞こえて来た。

 目を向ければそこには学校指定の体操服に身を包んだ少女達が──というかあまなちゃん達の姿があったのだ。

 程なく向こうも俺達の存在に気付いたようで、大きく手を振りながら駆け寄って来る。


「おにーさん、こんにちはー!」

「こんにちは、あまなちゃん」

「よっすあまなちゃん。久しぶりだな」

「あ! チャラキンさんだ!」

「おぉう。まだ続いてたのねその呼び方……」


 そういえば三弥の外見がちょうどアニメの悪役に似てるって理由で、チャラキンなんて呼ばれ方してたなぁ……。

 前に2人が会ったのは4月の頃なのに、あまなちゃんもよく覚えてるなと密かに感心する。


「あまっち。そっちのにーちゃんのことしってるんっすか?」

「ふりょーよ! こーいう人にはちかづいちゃダメってパパが言ってたわ!」

「だいじょーぶだよ。おにーさんとおなじおしごとのひとだもん」

「お、おにーちゃんのおともだちってこと……?」


 だが三弥とは初対面のはすみちゃん達は警戒している様子が窺えた。

 金髪に若干悪い目つきの大人相手じゃ無理もないが、特にちゆりちゃんが手厳しい。

 ……そういえば俺も初対面の時にロリコン呼ばわりされたっけ。


「そうそう。有熊三弥って名前だぞ~」

 

 まぁ三弥は慣れているのか然して動揺する素振りも見せずに、ケロッとしたまま自己紹介をした。

 対する3人の反応は……。


「わかったっすチャラキン!」

「ん?」

「よ、よろしく、チャラキンさん」

「え?」

「とくべつになかよくしてあげてもいいわ、チャラキン!」

「あれ!? ちょちょちょ、オレも和みたいに『おにーさん♡』って呼んで良いんだぞ?!」」


 あまなちゃんの呼び方が採用された。

 どうやらはすみちゃん達も三弥がアニメキャラに似てると思っていたようだ。


 当のチャラキンは流石に不服なのか改名を希望するが……。


「ん~それだとどっちにいったかわからないよ?」

「チャラキンのほうがわかりやすいっす」

「ち、チャラキンさんはほんとーにそっくり……」

「わかったら早くれんしゅうを始めるわよ、チャラキン!」

「さっきからそっちの眼鏡ちゃんはなんで露骨に見下してんの!?」

 

 あえなく玉砕……。

 ちゆりちゃんの態度が下僕に向けるそれっぽいのがまた何とも酷い。

  

 まぁ三弥に大人の威厳があるのかと聞かれれば、首を縦に振れないんだけどなぁ……。

 天梨の方が子育てを経験してるし、なんなら智由里ちゃんの理想でもあるから比較されやすいのかもしれない。


 そんなやり取りの後にまずは準備体操から始めた。

 俺達の動きに合わせてあまなちゃん達は手足を丁寧に伸ばしていくので、如何に彼女達のやる気が漲っているのかが分かる。

 

「んじゃ、今のみんながどれくらい走れるか確かめるから、試しに50mを走ってみてくれ」

「「「「はーい!」」」」


 そうしてまずは現在タイムの計測から始まった。

 合図に合わせて一気に駆け出して行った結果……。


「はすみちゃんが一番速くて、かなちゃんが最後か……いけそうか?」

「ん~はすみちゃんはともかく、あまなちゃんとちゆりちゃんは平均くらいだし、この年代だったら走順次第で十分に勝てる見込みはあるぞ」

「なるほどなぁ~……」


 ある意味順当な結果とも言えるな。

 けれども1人だけタイムが芳しくなかったため、かなちゃんの表情は少し暗い。

 

 あまなちゃん達が練習すれば速くなると励ましてはいるが、あまり効果は出てないように思う。


「なぁ三弥……」

「解ってるって。なぁかなちゃん、ちょっといいか?」


 三弥もかなちゃんの心情を察していたようで、呼び掛けた先を告げるより早く彼女の元へ歩み寄った。

 目線を合わせるために膝を折って屈み、2人は互いに目を合わせる。


「えっと、かな、おそくてごめんなさい……」

「かなちゃんはまだ小さいから気にする程じゃねぇよ。速さはともかくフォームならはすみちゃんとおんなじくらい綺麗だったからな」

「ふぉーむ?」


 初耳らしくフォームの意味を知らないかなちゃんが、不安げな顔をコテンと傾げる。

 一方の三弥は特に気にした様子もなく少し逡巡し出した。 

 

 あれは多分小学生にも分かるように言葉を噛み砕いているんだろう。

 俺もよくやってるからすぐに察した。


「あ~、走る時の手足の動かし方……って言ったら分かるか? それがしっかり出来てないと無駄に体力を使っちゃったり早く走れなかったりするんだ」

「かなはそれができてるの?」

「おう、そりゃもうバッチリだ。だからかなちゃんの場合は足腰を鍛える必要があるな」

「やっぱりたいへん?」


 あまなちゃん曰く、かなちゃんはあまり運動が得意じゃないらしいので、体を鍛えることに苦手意識があるようだ。

 その気持ちは織り込み済みなようで、三弥はニカっと歯を覗かせて笑い掛ける。    


「ん~まぁ大変だなぁ。でも大変だからこそちゃんと出来た時は嬉しいだろ? 皆でリレーに勝ちたいからかなちゃんはこうやって練習に来てるだよな?」

「うん……」

「なら、かなちゃんも皆と一緒に速く走れるようになったら無敵だな! 大丈夫だ、そのためにオレが教えに来てるんだからな!」

「……うん!」


 三弥の自信満々な物言いに、暗かったかなちゃんの表情が明るくなった。

 確かに、かなちゃん1人が速くなれば良いって話じゃないもんな。

 あまなちゃん達と一緒なら大丈夫だろう。


 そう感心していると立ち上がった三弥の服の裾を、かなちゃんが小さな右手で掴んだ。

 顔を上げて三弥と目を合わせたまま……。


「あ、ありがと……」

「──ぉ、おう……」


 そうしっかりと感謝の言葉を伝えた。

 三弥もストレートに告げられたことで目を丸く開きながらも返している。

 微笑ましい光景に自然と頬が緩む……。


「かながはやくはしれるよーに、いろいろおしえてね? 











 ──チャラキン」

「そこは呼び方変えないのね!!?」


 と思いきやキチンとオチは存在していたようだ。

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