三弥への頼みと茉央との口論


 無事に本日分の配達を終えて本社に戻れた。

 作業着から私服に着替えようと更衣室に入ると、先に戻っていた三弥が着替えていた。

 

「おっすお疲れ」

「おうお疲れさん」


 軽く労いの言葉を投げ掛け、着替えを済ませて休憩スペースでくつろぐ。


「今日もあまなちゃんに癒されたみたいだな」

「おかげさまで。んで実はさ……」


 三弥にあまなちゃんが通う学校の運動会で行われる父兄参加のリレーに話す。

 もちろん天梨の失言は秘密だ。


 あまなちゃん達と別れた後、俺なりに今後の練習について考えていた。

 具体的な方法もなく闇雲に練習をしたところで身に付かないし、時間の無駄だろう。

 そんな非効率な手段では一緒に練習するあの子達に申し訳ない。


 だがそこで三弥のある経歴を思い出し、運動会のことを打ち明けると同時にある頼みをしようと決めたのだが……。


「お前もうそれ結婚して下さいってことじゃないの!?」

「ん、んなわけあるか!? あくまで人として信頼されてるだけだっての!!」


 話を聞き終えた三弥のストレート過ぎる感想を否定する。

 意図していないとはいえ、今朝の誤解を掘り返されたことで若干ムキになってしまった……。

 

「いやいや普通さ? 知らぬ仲じゃないからって小学校の父兄参加リレーに出るか? そんな常識の中で和を指名したってそういうことじゃないの?」 

「俺を候補に挙げてくれたのはあまなちゃんだぞ?」

「でもあくまで直接頼んで来たのは天梨さんなわけじゃん。かぁ~なんか悩んでるぽかったのに話聞いたらただの惚気とか聞くんじゃなかったぜ」

「だから違うって……」


 言ってることは尤もっぽいが惚気とは心外だ。

 なんか最近はこんな反応ばかりされてるなぁ……。

 まぁ天梨みたいな美人と知り合える機会は早々ないだろうし、羨ましく思うのも分からなくはないが露骨過ぎて罪悪感が失せる。


 このままじゃキリがないし本題に入ろう。


「三弥は元陸上部だって言ってただろ? 俺が素人知識で教えるより経験者から効率的な方法を聞く方が、あまなちゃん達の練習に良いかと思ってさ……」

「それはある意味間違っちゃいないけどよぉ……オレが陸上やってた理由を知ってる上で聞いてるんだよな?」


 良い案かと思ったが、渋い表情をされた辺りあまり思わしくない。

 確か三弥が陸上部に入った理由って……。


「モテるため……だったっけ?」

「That's right!」

「うわ何そのスカした言い方。めっちゃ腹立つ」


 思わずイラっとしてしまった。

 まぁ要するに『元陸上部だからって期待するな』って言いたいのは解ったが。


「それでも経験の差は貴重なんだよ。休みの日に出張ってもらうのは申し訳ないと思ってるけど、埋め合わせはさせてもらうし頼むよ」

「むぅ~~……」


 尚も頭を下げての懇願に対し、三弥は腕を組んで唸り声を上げる。

 それを見た俺は不安とは正反対の安堵を感じた。

 なんだかんだでコイツとの付き合いは長いから、実質この素振りを引き出せたら条件次第で引き受けてくれると知っているからだ。

 

 やがて解いた手を腰に当てた三弥が大袈裟にため息を吐き……。


「──天梨さんを一目みたい。その条件で良いなら受けてやる」

「え……?」


 経験則に違わず条件を告げて来た。

 俺が拍子抜けしたのはその内容があまりに簡単なものだったからだ。


「天梨に会うだけでいいのか? 酒を奢るとかそういうのじゃなく?」

「それも考えたけど、茉央ちゃんも会ってんのにオレだけ一回も会ったことないじゃん? なのに2人とも口々に天梨さんのこと話すからもう気になってしかたねーの」

「だからこの機に乗じて会ってみたいってことか……」


 そう言われれば納得出来なくはない……か?

 会うかどうかは天梨次第だろうが、俺としては仲介するだけで済むなら断る理由もない。


「そゆこと。あまなちゃんの母親だからって和を誑かすようなら許さないかんな!」

「誰目線で言ってるんだお前は。第一あまなちゃんを見れば天梨がどれだけ良い女性なのか分かるだろ」

「これ以上ない説得力のあるツッコミでボケを潰さないで……」


 あまなちゃんと面識があるだけに三弥も否定のしようがないようだ。

 もし天梨の性格が悪かったら、あまなちゃんはあんなに良い子に育ってないだろう。

 

 そんな可能性は微粒子レベルでも有り得ないけどな。 


「んでどうするよ?」

「天梨次第ってところかな? 明日会った時に聞いてみる」

「んじゃ決まりだな。オレも明日茉央ちゃんにスケジュール調整頼むわ」


 そうして交渉はひとまず仮決定となった。

 まだ確定してないとはいえ、三弥の中ではもう決まったようだ。


 悪い奴じゃないしあまなちゃんも会ったことはあるから、天梨が断る可能性は低いだろう。

 これで安心して練習に取り組める……そう思った時だった。


「茉央?」

「──っ、か、カズ君……」


 休憩スペースの入り口に茉央が佇んでいた。

 ただ聞き耳を立てていただけなら軽く事情を話すだけで済んだはずだ。

 そうならなかったのは……。





「──なんで、泣いてるんだ?」

「……ちょっと疲れただけよ」

「あ、おいっ!」


 眼鏡の奥の瞳に涙を浮かべていたからだ。

 その理由が分からず咄嗟に尋ねたものの、茉央は踵を返して去ろうとする。

 

 あからさまに避けられ続けてはいたが、流石に泣いている彼女を放ってはおけない気持ちから腕を掴んで止めた。

 

「……離して」

「っ、ならせめて泣いてる理由だけでも教えてくれ。俺に悪い所があるなら謝るから……」

 

 今まで向けられたことのない眼差しで睨まれ、一瞬全身が竦むがそれでも茉央の腕は離さずに問い掛ける。

 だが、彼女は相も変わらず目を合わせようとしないままで、どういうつもりなのか全く読めない。


「……カズ君が謝ることなんて何もないわよ。私はただ自分の立場を弁えてるだけで──」

「弁えてるなら同僚なんだし避けるなよ。悩みがあるなら聞くし、そんなに頼りないか俺は?」

「そんなことはないわよ。カズ君程優しい人はいないもの……でも、だからこそカズ君にだけは言えないの」

「~~っなんだよそれ、意地張るのもいい加減にしろよ!!?」

「──っ!」


 茉央の言っている意味が分からず、我慢の限界を超えて大声で怒鳴ってしまう。


 なんなんだよ本当に……。

 急によそよそしくされて何かしたんじゃないかって不安で仕方ないのに、その理由を言おうともしない。


「俺達の間で弁えるような立場ってなんだよ? 三弥に相談出来ても俺だけには言えないとか訳が分かんねぇよ……」

 

 一度栓を切ってしまえば、奥底に溜め込んで来た不平不満があれよあれよと出て来る。

 こればかりはあまなちゃんに癒されようが耐えられるものじゃなかった。

 

 そんなままならない気持ちを乗せた怒号に対しては、茉央も無視が出来なかったのかもしれない。


「同僚だからよ! 別に私情を仕事に持ち込んでるわけでもないんだし、カズ君には関係ないでしょ!?」

「それで『はいそうですか』って言える程浅い付き合いじゃねぇだろ!」

「逆に深くもないわよ! 私のことは放っておいて、あまなちゃんや天梨さんと仲良くすればいいじゃない!」

「~~の、あぁそっちがそういうならそうさせてもらうよ!」 

「最初からそうしなさいよ……」 


 売り言葉に買い言葉を重ねて、茉央の腕を離すと自由になった彼女は今度こそ立ち去って行った。

 久しぶりに感情のままキレたせいか、姿が見えなくなっても怒りは治まりそうにない。

 

 特に『深くない付き合い』と言われたのが一番気に食わなかった。

 そんな一言で片付けられる程、互いの認識に齟齬があったのだと思い知らされたからだ。


「おいおい、余計に拗らせてどうするんだよ……」

「知らん。もうなるようになるだろ」

「うわぁやけくそ……オレはもう行くけどちゃんと頭冷やせよ? じゃあな」

「……おう」


 口論の行く末を見守っていた三弥が呆れるのも仕方がない。

 けれども変に深入りせずに中立でいてくれたことはありがたかった。


 今度何か奢ろうと考えつつ、俺も帰路に着くのだった……。

 

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