なんか増えた



「……」

「……」


 三弥を交えた練習から4日が経った次の練習日。

 前回とは違って平日なので、あまなちゃん達が放課後になってから合流することになっていた。

 ちなみに俺は休みだが三弥は出勤日なのでいない。


 一応練習メニューを伝えられてはいるから、俺1人でも見守ることくらいは出来そうだ。

 無論、自分の練習も疎かにしないようにな。


「……なぁおっさん、きいてるのかよ?」

「おっさんじゃない。話はちゃんときいてるよ、うん……」


 なんて軽く回想していたら向こうから沈黙を破って来たが、失礼な切り出し方するんだなこの子は。

 そう、今俺の目の前にはあまなちゃん達とは違う人物がいるのだ。


 小学1年生の男子にしては恵まれている体格、短く切り揃えられてツンツンと逆立つ黒髪、今にも襲い掛かって来るのではと錯覚する程の鋭い眼差し……妙な既視感があるのはなんでだろうか。

 何故だかこの少年は初対面の俺に敵意を丸出しにしている。

 言っておくが自己紹介をしてから1分も経ってない。


「おのくらくん。どーしておにーさんにおこってるの?」

「えっ、いや、だって、お、おかしくないか?」

「なにが?」


 あまなちゃんが少年──大地君に率直な疑問をぶつけると、さっきまでの鋭い眼光はどこへやら顔を赤くして視線を彷徨わせる。

 

「なにがって……その人、みなみのおとうさんってわけじゃないんだろ?」

「うん。おにーさんはあまなのパパじゃないよ」

「だ、だったらなんでそうやってだきついてるんだよ!?」


 あぁ~そういうこと。

 確かに現在進行形であまなちゃんは俺の腰にピッタリと抱き着いている。

 ついでに丁度いい位置に手が届くので撫でてもいる。

 

 はすみちゃん達だって何も言わないから完全に油断してた。

 もっと自分を客観視出来ないとなぁ……。


 そう密かに反省していると、あまなちゃんはニパッと笑みを浮かべて……。


「だってあまな、おにーさんのことだいすきだもん!」

「──え?」


 いつもの友愛宣言にほっこりしたが、大地君の顔色は真っ青になった。

 あれ、これってもしかして俺がロリコン認定受けるヤツ?

 まさか小学生に通報される事態にまで発展するのか!?


 咄嗟に身構えるも、大地君は茫然としたままで一向に動く気配が無い。

 杞憂だったのだろうか?


 あまなちゃんが親愛から来ているとはいえ俺を大好きだって言っただけでそんな反応……。


「あ」


 あったわ。

 こんな反応する理由が1つだけあった。


 大地君ってひょっとしたらあまなちゃんのことが好きなのか?

 だとしたら敵意を向けられたことやショックを受けた表情にも納得がいく。


 そりゃ好きな子が遥か年上の男を大好きだって言ったら、誰だってショックだよなぁ……。

 

「お、おにーちゃん。おのくらくんはかなたちでなんとかするから、さきにれんしゅーしててね?」

「あ、あぁ。そういうなら頼むよ」


 謝ろうとした矢先に一部始終を見守っていたかなちゃんからそう伝えられ、ひとまずあまなちゃんと2人で練習することにした。

 とりあえず大地君のことははすみちゃん達に任せておくとして、後で謝っておこう。


 そう結論付けて、あまなちゃんと2人で準備体操と柔軟をこなす。

 学校で運動会の練習をしただろうに、放課後でもあまなちゃんは変わらず元気いっぱいだ。


 見ていてこっちも気合が入る。


「あまなちゃん。大地君ってクラスの友達なのか?」

「うん! なつやすみのあとにあまなたちのがっこーにてんこーしてきたの!」

「そうなのか……」


 転校して不安と寂しさを感じてたところで、あまなちゃんに優しくされたから好きになったのか。

 そう思うと初々しくて微笑ましくある。


「おのくらくんにはおにーさんもあったことあるから、あまなたちとおなじがっこーでびっくりしたでしょ?」

「え? いやいや、大地君とは今日初めて会ったんだけど……」

「? あまながはじめておにーさんのおうちにとまったときに、こうえんであったよ?」

「あまなちゃんが家に泊まった日に公園って──あぁっ!?」


 言われて思い出した。

 あの時公園のブランコを独占してたガキ大将か!!

 通りで見たことあると思ったよ!


 というかあの出来事をハッキリと言及した辺り、あまなちゃんは半日にも満たない僅かな時間しか関わってない相手をちゃんと覚えてたのか。

 同一人物だと分かれば、大地君が初恋相手であるあまなちゃんのことを覚えてるのも当たり前だ。

 

「そっかぁ~……あの時の子が大地君なんだなぁ……」


 ちょっと見ない間に随分と丸くなって……ないな。

 俺さっき思い切り敵意向けられたし。


 まぁそれを差し置いても彼がはすみちゃん達とも仲が良さそうだから、結果的には横柄な面が改善されたのは確かだろう。


「あまなたちがれんしゅーしてるってはなしたら、おのくらくんもいっしょにするってついて来たの!」

「それはまた何とも勇気のいる行動だなぁ」


 好きな子と少しでも一緒にいるために、俺と三弥以外は女子しかいない練習に参加するとは。

 クラスの男子にからかわれないか心配になったが、あまなちゃん曰く男子とも普通に仲が良いらしい。


 いずれにせよ、あまなちゃんが異性に好意を向けられているのは事実だ。

 本人は気付いてないのが何とも悲しい。

 なんでか他人事のように思えない気がするけど、きっと気のせいだろう。


 ともあれなんにせよ……。


「大地君と友達になれて良かったな、あまなちゃん」

「うん!」


 図らずも再会の約束を果たせたわけだし、大地君の恋路がどうなるかは別として今はあまなちゃんに友達が増えたことを喜ぼう。

 そうして2人で笑い合いながらはすみちゃん達の元へ戻ると、大地君が体育座りをして蹲っていた。

 よく耳を澄ますと泣き声も聞こえるし。


 はすみちゃんとかなちゃんはオロオロとしており、ちゆりちゃんも困ったような面持ちを浮かべている。

 

「えっと、大地君はどうしてあーなってるんだ?」


 現状で一番話が通じそうなちゆりちゃんに尋ねると、彼女はやれやれという風に両手を広げながらゆっくりと口を開き……。


「おのくらくんに、あまなちゃんとおにーさんがどれだけなかよしなのか教えただけよ」

「フォローするはずがなんでトドメ刺してんだ!!?」


 大地君が俺とあまなちゃんの関係を聞いたんだろうけど、母親から受け継いだ天性のドジっ子をこんなところで発揮しないでほしい。

 普通に友達だって言えばいいのに、なんだってこうなるまで追い討ちを掛けた。

 

 それから大地君が立ち直るまでの間、練習は中断することになった……。

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