河川敷で男2人



 何とか立ち直った大地君は、結果的に俺達の練習を邪魔してしまったことに申し訳ないと謝り出した。

 その殊勝な態度を見て、本当にあの時のガキ大将なのかと疑ってしまったが、初恋は人を変えるのだと簡単に許したあまなちゃんを見て納得する。

 

 とりあえず再開した練習では、あまなちゃん達女子組と俺と大地君の男組に分かれた。

 女の子達は三弥から受け取った練習メニューを基に励んでいるが、大地君の運動能力がどれほどなのかを知りたいと思ったからだ。

 

 とはいっても然程心配してはいない。

 

「……やっぱ体格がある分強いよなぁ」


 尾野倉大地という少年は小学1年生にして、高学年に勝るとも劣らない体格をしている。

 その身体に相応しい運動センスと能力によって、杞憂なんて微塵も感じさせなかった。


「ど、どうだにいちゃん……!」

「いやこの記録なら同年代じゃ敵無しだよ」


 膝に手をついて息を整えながら自慢げな大地君に惜しみの無い称賛を送る。

 はすみちゃん同様、未来のオリンピック選手としてメダルを狙えるのかもしれない。


「へへっ」

 

 そんな感想を送られたためか、大地君は人差し指で鼻を擦って誇らしげに微笑む。

 ほんの短い時間ではあるが、彼から『にいちゃん』と呼ばれるくらいには打ち解けて来た。

 

「その調子であまなちゃんの気を引けたらいいな」

「は、はぁっ!?」


 ついでに発した言葉に、大地君は顔を真っ赤にして大いに驚愕した。

 もう少し隠すの上手くならないと、他の男子にいじられそうだ。

 

 案外、既にクラスでは周知の事実になってるかもしれないが。


「べ、べつにオレは──」

「これだけ運動出来るのに、わざわざ放課後に女子達の練習に加わろうとした時点でな?」

「うっ……」


 大地君は図星を受けて息を詰まらせた。

 黒音にやたら鈍いと言われてる上に公園での一部始終を忘れていても、彼からあまなちゃんへの好意は大変分かりやすい。

 それだけに肝心の向こうから友達以上に思われてないのが切ねぇ……。


「まぁ俺と違って全然若いんだし、やれるだけ精一杯頑張れよ」

「お、おう……」


 まだ小学1年生の初恋……焦る必要は無い。

 俺じゃいいアドバイスが出来ないだろうが、せめて成就するように祈っておこう。


 そう思っていると、大地君は不安げな眼差しで俺を見つめ出す。 


「あのさ、きいていいか?」

「なんだ?」

「にいちゃんはすきなひとっているのか?」


 おぉ……また思い切った質問をして来たなぁ……。

 多分だが、大地君から見れば俺は父親や学校の先生以外で唯一顔見知りの成人男性だろうから、あまなちゃんへの好意を知られたこともあって、ある意味相談しやすい相手なんだろう。

 だとすればこの問いを無下にするわけにはいかない。


「残念ながら特別誰かを好きになったことはないし、恋人がいたことも無いな」

「なんだよそれ……」

「こればっかりは自力じゃどうしようもないからなぁ」


 やっと出来た相談相手が恋愛未経験と知って、大地君はあからさまにいじけだした。

 期待に応えられない大人で申し訳無いと苦笑を浮かべるしかない。


 一応人並みの結婚願望はあるものの、茉央と後輩の結婚式に参列した時からまるで変化がないな。

 その彼女とも現在仲違い中だし……こんなんじゃ結婚なんて夢のまた夢だ。


 仲直りはしたい。

 けれど、向こうがああいう態度を取る理由が分からないからこうなってるわけで……。

 俺に原因があるはずなのに、頑なに関係ないって言われたら苛立ちもする。


「──いいかな? にいちゃん?」

「っ、おぉ悪い。なんて言った?」


 いかんいかん。

 話の途中なのに考え事をしちゃったな。

 

 そんな俺にジト目を向けつつも、大地君は再度尋ねてくれた。 


「だから、どうやったらみなみにオレのことをすきになってもらえる?」


 恋をする人なら誰もが抱く純粋な考えを口にする。

 俺が知る限りではあるが、あまなちゃんからすれば大地君は間違いなく好かれているだろう。

 ……同年代の男子と比較し、かつ友達としてという注釈が付くが。


 どう答えたものかと、頭の中で言葉を並べ替えながらゆっくりと答える。


「まず大前提として、あまなちゃんはまだ『好き』の区別がついてないんだと思う」

「すきのくべつ……?」

「そう。大地君が感じてる家族や友達に対する好きと、あまなちゃんに対する好きは全然違うだろ?」

「う、うん……」


 改めてあまなちゃんへの好意に言及したためか、大地君は強張った面持ちでぎこちなく頷く。

 まぁ彼は自分の初恋を早くに自覚したからこそだし、皆が皆同じだとは考えない方がいい。

 小学1年生といえば善悪の境界線は曖昧な時期だ。


 その境界線を学ぶのも学校へ通う目的の一つなんだが……俺は教育者じゃないし学校云々は置いておこう。


 ともかくだ。 


「あまなちゃんにとってはそういう違いを判別出来てないんだ。……情けないことに俺もだけど」

「……にいちゃんも?」

「俺の場合は……そもそも出会いがなかったしな」


 母さんと妹を除けば、交流があるのは茉央と天梨だけだ。

 とはいえこの際人数はどうでもよかったりする。


「だから気の利いたアドバイスは出来ないけど……これだけは言える」


 そこまで言って区切り、一息置いて告げる。


「好きな子を悲しませないようにしろ。それが出来なきゃ好かれようなんて土台無理な話だ」

「……」


 自分から悲しませるようなことをしたら嫌われる。

 好きになって欲しい側からすれば本末転倒だ。


 無論、必ず悲しませないなんて難しい。

 俺みたいに気付かない内に地雷を踏み抜くことだってある。

 

 でもだからって何も努めないよりはずっとマシだ。


「少なくとも、公園のブランコを独り占めするような態度は止めておけ」

「えっ!? なんでしってるんだ!?」

「なんでだろうなぁ~」


 やはりというかあの時の大地君はあまなちゃん以外目に入ってなかったようだ。

 俺が2人の出会いの一部始終を見ていたとは夢にも思わないだろう。


 そんなあまなちゃん達とは違う小さな友達と共に、今日も運動会に向けて練習に励むのだった……。  

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