天使にお返しがしたい(事案スレスレ)
あまなちゃんに肩叩きで癒してもらった後、心機一転仕事に励んだ俺は午後8時半頃にウミネコ運送の本社に戻り、自分のデスクの椅子に腰を掛ける。
さてさて、あまなちゃんにお返しをしようと決めたまでは良かったものの、よく考えれば他人様の家の子供にプレゼントをあげること自体が難題であると今になって気付いたんだよなぁ。
例えば、何かぬいぐるみをあげるとする……当然、あまなちゃんの母親は誰からもらったのか尋ねる。
小学生のあまなちゃんはきっと正直に『配達のお兄さんから貰った』と言うだろう。
その瞬間、『自分達の知らない人物が娘にプレゼントをあげた』という事案が成立してしまう。
癒してもらったことに対する純粋なお礼なのに、なんとも世知辛い……。
なら、お菓子などはどうだろうか?
これならあまなちゃんが食べれば後には残らないだろう。
だがしかし、ここで障害になるのがこれが今までのお礼だという点だ。
飴玉なんてダメだろうし、かといってそれなりの高級お菓子も同様で、むしろ後者は食べるのに時間が掛かるし食べたところで夕食が入らなくなる。
そうなったら結局事案となってしまう。
なんだってこんなにお礼がし辛い世の中になったんだ……。
それもこれも過去に罪を犯してきたやつらのせいだ。
一部の人間の行いのせいで、善意すら疑われる社会と化しているのが本気で腹立たしくなって来た。
「──ったく、手を出したら犯罪だって分かり切ってることだろうがロリコン共……」
「おぉー、なんか呪詛振りまいてんなぁ、
「うぉっ!? ……なんだ三弥か……」
「なんだってなんだよ」
世の中の犯罪者に恨みを向けていると、俺に遅れて配送から戻って来た三弥に声を掛けられた。
思わずびっくりしたが、むしろ話しかけて来たのがコイツで良かったと安堵する。
ヘタにあまなちゃんの存在が露見したら、最悪配達区域を変えられてしまうかもしれない。
それだけはもう絶対に嫌だが。
「で、一体何に悩んでるんだよ」
「う~~ん……」
とはいえ、このまま一人で悩んでいても埒が明かないしなぁ……。
……三弥なら口も硬いし、打ち明けてもいいかもしれない。
あっさり人の秘密をひけらかすようでは、この業界で生き残れないしな。
「三弥、この後飲みにいかないか?」
「いいねぇ! 明日丁度休みだし、目一杯飲み明かそうぜ!」
ここでは話し辛いし、そう言って場所を移すことにした。
~~~~~~
本社からそう遠くない居酒屋の個室で、俺と三弥はビールを片手にくつろぐ。
「プ……ッハー! いやー、仕事後のアルコールは抜群に染み渡りますなぁっ!」
「言っとくが奢るのは相談料の一杯だけだからな? 2杯目とかつまみとかは自腹だぞ」
「へいへい、分かってますよー。んで、話しってなんなん?」
「あぁ、実はな……」
十分に酒も回って来た頃合いに、三弥はそう切り込んで来た。
その問いに俺はビールを一口飲んでから説明を始める。
先輩の辞職に伴う担当区域の見直しが切っ掛けで、宅配員を丁寧に出迎えてくれるあまなちゃんという女の子に出会ったこと、その子に癒されて仕事に精が出るようになったこと、そのお礼をしたいが世間体といった諸々の事情で難しいことを打ち明けた。
そうして一通り話を聞き終えた三弥は、ジョッキに残っていた僅かなビールを仰いだ後、俺と目を合わせて……。
「警察、いこ?」
「おいこら待てや。今までの話聞いてなかったのか?」
良い笑顔で暗に自首を勧めて来やがった。
あまりに非情な態度に思わず喧嘩腰になってしまうが、これは仕方が無いだろう。
「いやいやだって! 相手は小学生の、それも1年生なんだろ!? むしろよく近所から通報されなかったなって逆にびっくりしたくらいだわ!!」
「そうだけども! 俺自身も今言われてその可能性を見落としていたことに気付いたけど!! でも俺はあくまで仕事で接しただけだし、本当にお礼がしたいだけなんだって! 誓って手を出すとか唾付けとくとかそんな不純なことは考えてねぇよ!!」
仮に考えてたらこうして相談なんてしないだろ!
だが三弥はニヤニヤとしたり顔を崩すことないまま続ける。
「なるほどなるほど~。あの茉央ちゃんと付き合ってるって噂があったのに、何の音沙汰も無いのは和がロリコンだったからなのか……いや、小学1年生っていうと大体6~7歳だから、ハイジコンプレックスが妥当か」
「何冷静にあらぬレッテル貼り付けようとしてんだお前。俺何かしたか?」
「オレがクレーマージジィなのに、なんで幼女に癒されてんだよお前ええええ!! この差はなんだ!? しかも母親が美人かもしれないとか羨ましいに決まってんだろうが! 担当代われよチクショウォォォォ!!」
それが本音かよ。
酒が入って涙腺が脆くなっているのか、三弥の目から涙が流れていた。
よっぽど辛いらしいが……。
「いや無理無理。俺もうあまなちゃんの癒し無しじゃ生きていけないから」
「うわぁ……幼女の癒しが無いと死ぬとかもう既に末期じゃん……」
「自覚はある。だが後悔はしてない」
「しようよ。このままだと一生彼女出来ずに未婚の童貞で人生終わっちゃうよ?」
「お前だって同じだろうが」
「あ、そだね。ゴメン──って待って待って。色々話が脱線してる」
確かにそうだ。
大事なのは俺の世間体じゃなくて、あまなちゃんにどうお礼をすればいいのかということ。
わざわざリスク冒してでも相談したのに、まだ何の解決案も出ていない。
そうしてどうしたものかと再び頭を悩ませると、三弥からある提案が出された。
「もうさ、変にサプライズとか捻らずに直接本人に聞けばいいんじゃね?」
「本人に?」
「そ。小学生なら自分の欲しいものくらい、すぐに教えてくれるかもよ」
「幼心に漬け込むようでアレだが……確かにそれしかないか……」
「っま、今後もそのあまなちゃんと付き合いを続けるって言うなら、母親との面識も持っておいた方が良いだろうけどな。警戒されること間違い無しだが」
「ぐ……っ! わ、分かってるよ……」
意地の悪いにやけ面を見せながら告げられた三弥の言葉の釘に、俺は重い一撃を受けたように聞き入れる。
あまなちゃんにお礼をした後、母親に会えないか尋ねてみることにしよう。
そんなこんなで、居酒屋での相談はひとまず幕を閉じたのだった。
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