涙
今日は南家の配達がない土曜日だ。
そして天梨曰く亘平さん達が帰る日らしい。
片手で数えられる程度しか顔を合わせていないが、少し寂しさを感じてしまう。
一応天梨の方からよろしく伝えておいてほしいとメッセージを送っておいたし、感傷に浸るのはこのくらいにしておくか。
そう意識を切り替えて最初の配達先へ配送車を走らせる。
1件目2件目と順調に……多分旅行とかで留守が多かったから不在が30件超えたけど……配達をこなしていき、昼前最後の配達となった。
「次は東野さん家か」
ちょうどあまなちゃんの友達の、かなちゃんと同じ苗字だな~なんて呑気に考えてながら住所に目を通すと、南家のあるマンションからそう遠くないことが分かった。
まさかなぁ……いや、同じ小学校に通っているんだし、全く有り得ない話じゃない。
むしろよく今まで機会がなかったなと思う程だ。
そんな感心とは言い切れない微妙な気持ちを抱えたまま東野家である一軒家へと辿り着いたので、荷台から荷物を降ろしインターホンを押して到着を報せる。
頼むっ、ここも不在じゃありませんように……っ!!
応答までの時間、必死に神に祈るかの如くそう懇願する。
『はい……』
スピーカーから可愛らしいソプラノボイスが聞こえた瞬間、心の中でガッツポーズを決める。
俺は賭けに勝った。
東野家には留守番がいてくれたのだから。
「どうも、ウミネコ運送です。荷物の配達に来ました~」
『あ、ありがとうございます。いまとりにいきます……』
歓喜の叫びを続ける心境を顔に出さないよう必死に抑え込み、平静に対応を始める。
しかしこのおとなしめな口調……やたら覚えがあるんだけど……?
答えが出た時と同時に玄関のドアが開かれ、中から金髪と碧眼がトレードマークの少女が出て来る。
あまなちゃんの友達の1人、東野かなちゃんだ。
「こんにちは、かなちゃん」
「お、おにーちゃん。こんにちは……」
配達に来た宅配員が顔見知りの俺だと分かり、目に見えて安堵の表情を見せた。
人見知りする子だから怖かっただろうし、安心してもらえたようで何よりだ。
「ここに判子を捺してもらえるかな?」
「うん……」
彼女が印鑑を捺しやすいように荷物を低い位置に下げ、しっかりと印が捺されていることを確かめる。
荷物は軽い小包だから、かなちゃんでも持てるだろう。
そう思って手渡した荷物を落とさないよう、かなちゃんでは両手で受け取ってくれた。
「おにーちゃん、おしごとごくろーさま、です……」
「ありがとうかなちゃん。そっちは留守番?」
「うん、パパはおしごとで、ママはおかいものちゅーなの」
「そっか~」
あまなちゃんの友達とあって、屈託のない労りの言葉が心に沁みる。
こういうささやかでも確かに伝えられると、仕事の励みになるよなぁ……。
「来週のお祭りは楽しみ?」
「みんなでいくから、わくわくする……おにーちゃんもくるの?」
「あぁ。当日は休みだし、昨日あまなちゃんに誘われたからちょうどいいやってね」
「わ、はすみちゃんとちゆりちゃんもよろこぶよ……」
「そう言ってくれると嬉しいな」
夏祭りに期待を膨らませるかなちゃんの表情は、今も待てないといった様子で可愛らしい。
「それにおまつりのひは、あまなちゃんのおたんじょーびなの」
「え、マジで!?」
と、ここで意外な事実判明……なんとあまなちゃんの誕生日と重なっているとは。
知らなかった……友達なのになんて失態だ。
いや、むしろ当日に知らされるよりはマシだろう。
そう思えばこのタイミングで知れたのはラッキーだな。
このままプレゼントの相談をしたい気持ちはあるが、残念ながらまだ仕事中だ。
そろそろ昼食を摂って次の配達先に行かないといけない。
「誕生日かぁ、何かお祝いしないとな。それじゃ、また祭りの時に」
「うん、おしごとがんばってね……」
笑顔と共に何とも力の漲る応援を掛けられた。
やっぱ人間、声援を送ってもらえるかそうでないかで、気の持ち方は簡単に変わるものだ。
プレゼントに関しては次の休みの日に黒音にでも相談しよう。
そうして東野家を後にして、途中寄ったコンビニ弁当を買い運転席で食べる。
腹が満たされるが、天梨が作ってくれた弁当に比べると満足感が雲泥の差だ。
すっかり胃袋を掴まれてるけど……これ、将来的に大丈夫なのか不安になってきたぞ。
いつまでも彼女の弁当を食べられるわけじゃないし、いい加減黒音に料理を教わるなりして食生活を改善しないと。
でもあの味には一生懸けても届きそうにないと確信出来る。
って、こんな悲しいこと考えてたら改善の意志が折れそうになるな、目標にするのは止めておこう。
「──ん?」
運転を再開して次の配達先に向かう途中、信号待ちの間に反対車線側の歩道にふと視線が止められた。
おさげにした明るい茶髪にシンプルなワンピースを着た女の子……後ろ姿でもそこにいるのがあまなちゃんだとわかったのだが、同時に妙な感じも察する。
足取りが重く遅いのだ。
ショッピングモールやプールの時にあそこまでゆっくりじゃなかった。
気ままな散歩なのかもしれないが、それにしては顔が俯いてるように見えるけど……あぁダメだ。
ここまで気になっては見過ごすわけにはいかない。
そう決断して信号が青に変わった際に少し配送車を走らせて道路脇に止め、降りて彼女の元に駆け寄る。
「あまなちゃん?」
「あ……おにー、さん……?」
「こんなところでどうし──っ!!?」
呼び掛けに反応したあまなちゃんの表情を見た途端、息が詰まったような錯覚をする。
まだ4か月程度とはいえ、俺はこの子の色んな表情を見てきたつもりだ。
笑った顔も怒った顔も寂しそうな顔だって。
けれども、こんな……。
──こんな目を赤く腫らした泣き顔は初めてだった。
胸に奔る焦燥感を抑えつつ、目線を合わせるべく屈んで再度呼び掛ける。
「どうしたんだあまなちゃん!? 転んだのか? ケガはないみたいだけど……」
「だ、だい、じょーぶ……」
そうは言われても、とても大丈夫には見えない。
一体何があったらあまなちゃんが泣くんだ?
まるで想像も着かないが、このまま一人でいさせるのは良くない。
というか、だ。
天梨は何をしているんだろうか?
別段責めるつもりはないけど、傷心の娘を放置する程白状じゃないはず。
もしかしたら知らない可能性もあるのか?
「とりあえず、天梨に連絡──」
「おにーさん!」
「え?」
真っ先に思い付いた保護者への連絡を試みようとした瞬間、あまなちゃんが抱き着いて来たことで手が止められる。
図らずも制止させられた形になったが、続け様に聞こえた声に黙らざるを得なくなった。
「うぅ、っ、ひっく……あぅ……」
「……」
堪えていた涙腺が崩れたのか、そのまま声を殺して泣き出したのだから。
とても止められる様子ではなく、色んな疑問が浮かんでは消えていく。
幸か不幸か周囲に人はいない。
けれどもこのままじゃ誤解を招いてしまう。
そうなったら通報されかねないが……。
それでも、こうして泣き続けるあまなちゃんを放ってはおけないと思い、泣き止むまでの間ただ胸を貸す以上のことはせずに時間が流れていった。
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