妹が料理上手とかいうテンプレ


「ふぅ~ん……あまなちゃんのお母さんに頼まれて預かってるかぁ~」


 落ち着きを取り戻した俺達は、部屋の中で黒音にあまなちゃんが家にいる理由だけでなく、どんな経緯でこうなったのかの一部始終を明かした。


 途中で嘘はないかあまなちゃんに聞いたりしたが、本当のことしか言ってないので嘘なんてありはしない。

 俺の話を後押しするのがこと素直さにおいては随一なあまなちゃんだけあって、話は拗れることなくスムーズに進んで行った。


 そうして一通り聞き終えた黒音の反応は、疑心暗鬼といった微妙なものだ。


「まだ疑ってんのかよ……」

「そこはまぁ、早とちりしたアタシが悪かったってのはあるけど、変に隠そうとしたアニキも悪いと思うよ? 普通に知り合いの子供を預かってるって言うだけなのに、誤魔化した結果怪しさが増したんだからね?」

「ぐっ……」


 黒音から言われればその通りだったと思い、ぐうの音を出すのがやっとだった。

 

「っま、ヘタに言いふらしてロリコン扱いされることを思えば隠してもしょうがないか」

「そうだよ……で、結局黒音はこっちに泊まるのか?」

「もち。元からそのつもりで来たんだから当たり前でしょー? 予想外の子がいたくらいで止めるわけないじゃん」

「はぁ~、まぁ布団はあるから、泊ってもいいぞ」

「よっしゃ!」


 俺から泊まる許可を得た黒音が、ガッツポーズを決めてあからさまに嬉しそう笑みを零す。


「おねーちゃんもおなじおへやでねるのー?」

「そうだよ~」


 説明の間に黒音に懐いたあまなちゃんは、彼女を『おねーちゃん』と呼ぶようになった。

 黒音の方も、屈託ない笑みを浮かべるあまなちゃんに心を許しているようで、口調が少し柔らかい気がする。


 これに関しては流石あまなちゃんという言葉に尽きるな。


 そう感心していると、黒音が立ち上がった。


「許しももらったところで早速始めよっか。アニキ、冷蔵庫見ていい?」

「おう。そうじゃないと泊める意味が無いからな」

「寝床貸してもらってるんだから、これくらいするに決まってるでしょー」

「? おにーさん、おねーちゃんはなにするのー?」

 

 兄妹故の阿吽の呼吸で俺と黒音の間では言葉が無くとも成立したが、あまなちゃんにそれが分かるはずがなかったな。

 疑問の表情を浮かべる彼女に、俺は黒音がやろうとしていることを教える。 


「黒音が晩御飯を作ってくれるんだよ」

「わぁ! おねーちゃん、おりょーりできるの? すごい!」

「ふっふ~ん♪ もっと褒めていいんだよ~。どこぞのアニキは家賃代わりとか言うけど、味に関しては期待しててね!」


 そうじゃないと妹であっても泊めるメリットないし、とさり気なく吐かれた黒音の不満に心の中で返す。

 でもその黒音が作る料理に助けられているのは事実だ。

 

 俺と違い妹は積極的に家事を覚えており、中学2年に上がる頃には早川家の食卓を任される程である。

 なので、今晩の実家に並ぶ料理は母さんの料理になるだろう。

 そして残念ながら、その我が母の家事能力が俺に遺伝している時点で察してほしい。


「おねーちゃん、キレーだね」

「前にみんなの宿題を見た時に、黒音が写ってた写真を見せたことがあっただろ? その時も同じことを言ってたよ」

「あ! そういえばみたことあったー!」


 朧気に感じていた既視感に納得がいった様子のあまなちゃんは、ビックリした表情を浮かべる。

 可愛い。

 まぁ1回だけだったし、賢いあまなちゃんでも忘れてしまっても無理はない。


「おねーちゃんはいくつなの?」

「今高校1年生でまだ誕生日を迎えてないから、15歳だよ」

「あまな、いま6つだから9つもうえだ!」

「そうだなぁ。あまなちゃんが今の黒音と同じ歳になるには、後9年も掛かっちゃうな」

「む~……はやくおとなになりたいなぁ……」


 黒音との歳の差に、あまなちゃんは不満気にそう呟いた。

 

 小学生になってまだ2ヶ月のあまなちゃんからすれば、高校1年生の黒音は大人に見えるんだろう。

 そうでなくとも、天梨というまさに女性の手本のような人物が身近にいるのだから、早く大人になりたいと憧れても不思議じゃないな。

 

 そうしている内に料理が出来上がったようで、エプロン姿の黒音がテーブルに食事を並べていく。

 今夜の夕食として妹が作ったのは野菜炒めだった。

 時短を優先したのか白米はレンジで温めるやつだが、シンプルな分味に差が出やすいと思う。


 俺の隣にあまなちゃんが座り、その対面に黒音が腰を降ろす。

 早くこの空腹を満たそうと俺達は食事を始めた。


「「「いただきます!」」」


 箸でもやしとキャベツを挟み、口へ運んで頬張る。

 野菜の旨味と炒める際に絡めた胡椒の風味が美味い。

 

 天梨の料理ですっかり肥えた舌でも、十二分に満足させられる。


「相変わらずのお手前で。また腕を上げたんじゃないか?」

「そう? 別にいつもと変わんないっしょ」


 口では素っ気ないが、視線が明後日の方向を向いているところを見る限り、褒め言葉を受けて嬉しいのを隠しているだけだ。

 

「おねーちゃんのおりょーり、おいしー!」

「そ、そう?」

「うん! ママとおんなじですごい!」

「ふ、ふ~ん……そっかそっか……」


 あ、すごく嬉しそうだな。

 あまなちゃんのまっすぐな称賛には、黒音も照れを隠しきれずにニヤケながら咀嚼をしていた。

 

 程なくして食事が終わり、使った食器を洗い終えるとあまなちゃんと黒音が談笑する姿が目に映る。

 

 年齢は違えど美少女2人が仲睦まじく笑い合う姿は眼福だ。

 

「ご飯の時も思ったけど、あまなちゃんってアニキが大好きなんだね~」

「うん! だいすきだよ!」


 そしてこのドストレートな好意である。

 あぁダメだ……ニヤニヤが止まらねぇ……。


「おねーちゃんもおにーさんのことすきー?」

「ん~、別に普通かな」


 そんなあまなちゃんと対照的に、黒音の返答は実に端的なものだ。


 ふ~ん、そう言うなら仕方ないよなぁ。


「嘘つけ。小さい頃は『しょうらいはにぃちゃんとけっこんするー』とか言ってただろ」


 早川黒音、当時4歳の発言である。

 今でこそ生意気なものだが、昔は超が付くお兄ちゃんっ子だった。


 俺のカミングアウトに、黒音は一瞬で顔を真っ赤に染めあげる。


「ギャアアアアッッ!? ちょ、ななん、なんでそんな昔のこと覚えてんの、このクソアニキ!!?」

「その言い方だとお前も覚えてたのか……」

「あっ、ちょ……っ、あぁ~~……」


 別に墓穴まで掘る必要は無かったのに……。

 自分の失言によって羞恥心が限界を迎えた黒音は、傍にあったクッションに顔を埋めて黙ってしまう。

 

「えへへ、おねーちゃんもおにーさんがだいすきなんだね~!」

「っ!? ぬがああああっ!!」


 そしてあまなちゃんの純粋無垢な感想がトドメとなり、その場でゴロゴロと悶えだすのだった……。

 

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