癒し系天使は同僚にも優しい


「いやぁ~、たまには他人が運転する配送車に乗せてもらうってのも乙なもんだなぁ~。後ろの荷台にある荷物を運ぶのが自分じゃないってだけでここまで気楽になれるのも新発見だな!」

「それを運転してるやつの前で言える度胸がすげぇよ。特に憧れも尊敬もしねぇけど」


 いつものマンション『エブリースマイル』の駐車場に到着したところで、清々しい笑みを浮かべる三弥にツッコミを入れる。

 あまなちゃんに会ってみたいという宣言通り、俺の配送に付いて来やがったコイツ……。

 

 まぁ、昼飯を食べる少しの間だけ運転代わってくれたりしたから、全くのお荷物にはならなかったんだが。


 項垂れながらも荷台から慣れた重さの配送物を取り出して抱えると、三弥が声を掛けて来た。


「何々ー? 受取人は『南天梨てんり』。この人があまなちゃんの母親なんだな」

「おいこら、個人情報だぞ」


 何勝手に人の荷物見てんだ。

 いくら職員とはいえマナーがなってないと非難の目を向けると、三弥は『名前だけだって』と反省の色は見えない。


 まぁ、それくらいは弁えないと七年以上もこの仕事は続けられないから当然だが。


「どんな人なんだろうな」

「さぁな。俺はまだ会ったことないからわかんねぇよ」

「マジか」


 そんな会話をしながら『184号室』へ着いた俺達は、インターホンを押す。

 それから5秒も経たない内に反応が出て来た。


『はーい!』

「こんにちわー。ウミネコ運送です」

『いまいきまーす!』


 インターホンのマイク越しに伝わる、あまなちゃんの元気な声に胸がほんのりと暖かくなる。

 なんて実感に浸っていると、すぐにドアが開かれた。


「こんにちわ、あまなちゃん」

「おにーさん、こんにちわ!」


 今日も元気いっぱいで出迎えてくれるあまなちゃんの笑顔に、頬が緩みそうになるのを抑えながら挨拶をする。


「じゃあ今日もここに判子をお願い」

「うんっ!」


 相変わらず、受領書にしっかりと判子を押す姿が可愛い。

 このままいつも通りに癒しコースに入りたいところだが、今日は三弥を紹介しないといけないんだよなぁ……。


 あんまり気乗りしないが、相談に乗ってもらった恩もあるし目を瞑るしかないだろう。

 そう結論付けた俺は同僚に呼び掛ける。


「おい三弥」

「ほいほい~。初めましてあまなちゃぁ~ん! 俺は有熊三弥って言うんだ。こっちの和おじちゃんの友達だよ~」

「誰がおじちゃんだ」


 まだ26歳だしそんな老けてないだろ。

 なんてツッコミを入れるや否や、あなまちゃんはササッと早い動きで三弥から隠れるように俺の背後に回った。

 

 やっぱりいきなり知らない人に声を掛けられるのはビックリしたのかな?

 俺の時には見せなかった反応に戸惑っていると、彼女は恐る恐る顔を出して一言発した。


「チャラキンだ!!」

「「ん……?」」


 恐らく三弥を指しているであろう『チャラキン』とやらが何か分からない俺達は、揃って首を傾げる。

 あまなちゃんがしたのと違って野郎二人じゃ理解力の低いバカに見えるだけで、無性に虚しい気分になりそうだな。


 っと、ついそんな変なこと考えてしまう。


「あまなちゃん。『チャラキン』ってなに?」

「えっとね、ラヴピュアにでてくるわるいテキなの!」

「──っぶ!!」

「えぇ~……」


 三弥がチャラキンの詳細を尋ねて伝えられた内容に、俺は思わず吹き出してしまう。

 対してアニメの敵役と言われた三弥は複雑な表情を浮かべていた。


「お、お前、金髪と目つきで、完全に悪者扱いされてんじゃねえか、くっはははは、やべぇ、はら、いてぇ……っ!!」

「そんなに笑うことなくない!?」


 三弥には悪いが、これは流石に笑いを堪えるのは無理だ。

 腹を抱えて笑っていると、俺の後ろにいたあなまちゃんが何やらポーズを決める。


「ピュアピュアラブリーエナジー!!」


 え、なにそれかわいっっ!?

 小さな両手でハートマークを作り、前方に突き出して技名を叫ぶ姿はぶっちゃけ国宝級の可愛さだった。

 

 俺のハートは無事射抜かれたので、ちゃんと効果はあるようだ。


「え、それもしかして必殺技かなんか!? それを受けたオレはやられた振りでもしないといけないの!? ぐ、ぐわぁ~(棒読み)」

「チャラキンはいつも『つぎはまけねーしー』ていってやられるの!」

「幹部じゃなくてム〇シとコジ〇ウポジかよチクショウ!!」


 まさかの扱いに、三弥はその場に崩れ落ちた。

 別に嫌われたわけではないようだが大の大人を弄り倒すとはやるな、あまなちゃん。

 その彼女はニコニコと満面の笑みを浮かべている。


「おにーさん! あまな、かてたよ!」

「よーしよし、よく頑張ったねえ~」

「えへへ~」

「あ、オレに味方は無しですかそうですか」

  

 誇らしげに自らの戦果を語るあまなちゃんの頭を撫でる。

 あ、ついに直接こっちから触れてしまった。


 まぁ、本人は嬉しそうだしやましいことでもないから気にしないでおこう。

 オレハナニモワルクナインダ、タダジュンスイニメデテイルダケナンダ。


「というか三弥。あまなちゃんに弄られるとか羨まし過ぎるだろうが」

「お前のその発言が色々危ないんだけど!? 本当にロリコンじゃないんだよな!?」

「あまなちゃんっていう天使に触れ合いたいだけなのに、ロリコン扱いするなよ」

「病院いこ? きっと疲れてるんだよ和……」


 何故か三弥は俺を憐れむ様な目で見て来る。

 失敬な。

 ヘタな医者よりあまなちゃんに癒された方が万倍も回復出来るわ。

 

 比べること自体筋違いだっての。


 そんな当たり前の事実を再認識していると、あまなちゃんは俺の背後に隠れるのを止めて未だ四つん這いのままである三弥へ近付いた。


 一瞬止めようかとも思ったが、ここはあの子の意思を尊重することにする。


 そしてあまなちゃんは三弥の頭に手を乗せて、ゆっくりと撫でだした。 


「チャラキン、おしごとちゅーなのにあそんでくれてありがとー!」

「え……?」


 続けて笑みを浮かべ、彼にお礼を伝えた。

 感謝されるどころか、一回り年下の女の子に頭を撫でられることも全く予期していなかった三弥は、ポカンと呆けたままだ。


 そうしてしばらく撫で続けて満足したのか、あまなちゃんは『そろそろしゅくだいおわらせるのー!』と言って自宅へと帰って行った。


 やがて立ち上がった三弥は、目に涙を浮かべて呟く。


「オレ、なんで和があまなちゃんに入れ込むのかよく分かったわ」

「言い方に大分語弊があるが……だろ?」


 流石に担当区域を変わるつもりは微塵もないが、タイミングさえ合えば今日みたいに連れて来るのも吝かでもないな。


 なんて感想を抱きながらも、俺は残りの配達を片付けるのだった。 

  

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