お孫さんとも大変仲良くさせて頂いております
リビングにやって来たあまなちゃんは俺の姿を見るや否や、嬉しそうに笑みを浮かべて一目散に飛び込んで来た。
咄嗟に屈んで受け止めると、子供らしい甘い香りと共に餅のように柔らかな腕が首に巻かれる。
体を少し離して目を合わせると、瑠璃色の瞳が爛々と輝いているのが分かった。
「どーしておにーさんがおうちにいるの? きょーはおしごとおやすみなの?」
「そんなところ。ここにいるのはちょっとあまなちゃんのお爺さんから話があるって言われて来たんだ」
「ワシから貴様みたいなロリコンなんぞに話などあるわけないだろ」
孫が自分じゃなく真っ先に俺に抱き着いたからとはいえ、ちょっとは反省した体裁を保てよ。
家庭内カースト最下位なのになんでそんな態度でいられるの?
「お父さん、いい加減にして下さい。早川さんに貴重な休みを割いてまで来てもらっているのに、そんな言い草は大人気ないです」
「それに一体いつになったら早川さんに謝るのかしら~? まさか、その場凌ぎで許してもらうためだけに口走った出まかせだとか言わないわよね~?」
「え? おじーちゃん、おにーさんにごめんなさいしないといけないことしたのに、ごめんなさいしてないの? どーしてそんないじわるするの?」
「ぐ、ぐぐぐ……!」
ほら、自分よりカーストが上の奥さんと娘と孫に責められてるじゃん。
特にあまなちゃんからの言葉が鋭い。
純粋な分、ドストレートで心に響くんだよなぁ……。
そうして女性陣に責められまくった亘平さんは、席を立って俺に顔を向け──うわ、めっちゃ不服そうに歯を食いしばってるよ。
どんだけ俺のこと嫌いなんだよこの人、親バカにも程があるだろ。
それでも断腸の思いの中、彼はゆっくりと頭を下げて……。
「許せ……」
「あなた?」
「あ、すみません。この度は誠に申し訳ございませんでした……」
「い、いえ……」
頭を垂れてるのにやたら上から目線な謝罪をしたと思ったら、真由巳さんによって即座に訂正された。
実に締まらない謝罪となったが、これでようやく今日の訪問の目的を果たせたと言えるだろう。
「さて、これで話は終わりだな。すぐに孫から離れて帰ると良い。うん、その方が良い。絶対に間違いないぞ」
ホントこの人は一々露骨だな。
流石に天梨も真由巳さんも呆れて何も言えなくなってる。
「え~? あまな、おにーさんともっとおはなししたい!」
「天那!?」
しかし、亘平さんの目論見は孫の無邪気なお願いであっさり崩れた。
何とも嬉しいことを言ってくれる。
一昨日は癒されることが出来なかったから、丁度良いかもしれない。
だが、驚きから復活した亘平さんはニヤリと怪しい笑みを浮かべ、リビングのマットに腰を降ろしてあからさまに肩を回し始めた。
「あ、あ゛~。久しぶりに緊張したから肩が凝ったわ~。誰か肩叩きをしてくれんかな~?」
「おじーちゃん、かたこってるの? あまながたたいてあげる!」
「──っ!?」
なん、だと……?
疑うことなく祖父の不調に反応を示したあまなちゃんは、俺から離れて亘平さんの後ろに回り込んで肩叩きを始めたのだ。
「トントン♪ トントン♪」
「おぉ~……これだこれだ。相変わらず天那の肩叩きは上手だなぁ~」
「ホント? ありがとー、おじーちゃん!」
「(ニヤリ)」
「──っ!!?」
純真無垢な調子のあまなちゃんに肩の凝りをほぐしてもらっている亘平さんが意味深なにやけ面を向けて来た。
間違いない……この人俺にあまなちゃんとのやり取りを見せつけてやがる!!
所詮は赤の他人……天梨はともかく自分や奥さんがいるところで簡単に触れ合えたりはさせないということか。
いや、冷静に考えればそれが普通だわ。
天梨が寛容になってくれたおかげでその辺の意識が緩んでるなぁ。
とにかく、あまなちゃんの癒しを気兼ねなく受けられる立場である亘平さんが羨ましいと思ってしまうのは確かだ。
「ふぅ~。ありがとう天那」
「どーいたしまして!」
そうして肩叩きを終えたあまなちゃんは、祖父にお礼を言われて誇らしげだ。
可愛い表情を見れただけでも心が和らぐのだが、次に彼女が取った行動によって簡単に吹き飛ばされることとなった。
「つぎはおにーさんのばんだよ!」
「え!?」
「なっ!?」
何の躊躇いもなく告げられた言葉に、俺はもちろん亘平さんも驚きを隠せない。
天梨と真由巳さんも同じようだが、どこか微笑ましさを感じさせる様子だ。
「肩を叩いてくれるのか?」
「ううん! ちょっとここでまえにごろーんってして!」
まえにごろーん……床にうつ伏せで寝転べってことか?
他人の家でそんな体勢になっていいのかと、軽く天梨へ視線を向けると『構いません』という風に苦笑をくれた。
であるならそれじゃお言葉に甘えよう。
「うつ伏せになったけど、どうするんだ?」
「こーするの!」
「おっ!?」
「「「っ!!?」」」
言われたままうつ伏せになったら、あまなちゃんはその背中を踏み付けて来たではないか!
体重が軽いから痛みは感じないけど……いや待ってほしい。
俺は別にそういう変な趣味はないんです。
だから皆さんそんな目で見ないでくれません!!?
明らかに無実だっただろ!?
「あまなちゃん? なんで背中を踏むのかな?」
「えっとね、きのーテレビでこーやったらマッサージになるっていってた!」
「な、なるほどー……」
「そういえばやっていましたね……」
言われてみれば、小学1年生の軽い体が程よい重量感となって腰の凝りが解れたように思う。
小学生に踏まれるという、事情を知らない人が見れば一発アウトの構図に目を瞑れば、高いマッサージ効果を得られるわけか。
デカい代償を文字通り背負うハメになるが。
ともかく、あまなちゃんの意図を知った3人は緊張を解いたようだ。
依然として背中を踏まれたままではあるが、内心安堵する。
「レッツゴー! いっちに! いっちに!」
「おぉ! おぉ~っ!」
そう思っている内に可愛い掛け声と共に背中をテンポよく踏みつけてくれるが、その度に凝りが刺激されて行く。
痛くないように加減してくれているのがまた高ポイントだろう。
あ゛あ゛~癒されるぅ~~……。
ふと、亘平さんが恨みがましいのが血走った眼差しを向けているのに気付いた。
孫から進んで俺のマッサージを申し出るとは思っていなかったこと、自分がしてもらったことのない種類だったことが理由だろうか。
「……ッフ」
「──っ!?」
意趣返しとしてこれ見よがしにドヤ顔を返してやった。
ふっはっはっは……さっきの俺の気持ちが痛い程わかっただろう~?
「あ、天那? 次はおじいちゃんにもやってくれんか?」
「おじーちゃんはもうかたたたきしたからおしまい!」
「早まったかぁぁぁぁっっ!!?」
見せつけるためにしてもらった肩叩きが仇になった瞬間だった。
そうでなくとも、力加減を間違えたら腰を傷付けてしまう可能性があるし、亘平さんより頑丈な俺が対象になったのも仕方がない気がする。
そんなこんなで、ただでさえちょっとどころかかなり特殊な癒しを受けたのだった。
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