それは死刑のようで


「ほ~ん……授業参観ねぇ~」

「あぁ、出来れば良い思い出になってほしいよな」


 午後十時過ぎに本社に戻り、三弥にあまなちゃんの学校で授業参観があることを話した。

 俺としては2人に幸あれと願うばかりだ。

 そんな思いを聞いた三弥は、遠い目をしたと思うとあることを口走った。


「オレ、初めての授業参観の時に先生に言い当てられて、緊張でパニくった結果漏らしたんだよなぁ……」

「何で今その話をした!? なんか不吉になるから止めろよ!」

「しかも大の方。クラス替えまでの間、俺はあだ名としてウン──」

「もういい止めろ。それ以上はこっちも悲しくなる……」


 葬り去りたい黒歴史を聞かされた俺は、三弥の背中を擦る。


 というかアレお前のことだったのか……。

 当時噂になっていたことを思い出したんだけど、実は同じ小学校だったのか。

 世間は意外と狭いなぁ……。


「っま。あまなちゃんとこはなるようになるだろうよ。それより、オレとしては気になることがありましてねぇ……」


 気を取り直した三弥は、ちょっと腹の立つにやけ面を向けて来た。

 なんなんだと視線で続きを促すと、わざとらしく咳払いをして尋ねる。


「一昨日、茉央ちゃんと出掛けただろ? どうだったよ?」

「あぁ~……」


 そういえばコイツ、あの時間近にいたんだった。

 すぐに空気を読んだのか静かに立ち去っていたが、女性からの誘いとなれば気になるのも無理はないわな。


「法人営業課の井藤さんっていただろ? あの人の結婚式に一緒に出てくれって誘われた」

「え!? 優希ちゃん結婚したの!? 相手誰だよゴラァッ!?」


 三弥が驚愕と嫉妬の反応を見せる。

 どうやら井藤さんを密かに狙ってたらしいが、残念ながら寿退社されてますよ。


「なんかウチの得意先の社員らしい。トラブルに応対した時に知り合ったとかで」

「ッケ。リア充が……」


 コラ、人の幸せを妬まない。

 昼の時に出会った南さんの後輩2人を彷彿とさせるから、嫉妬するなとは言わないがせめて顔に出さないで欲しい。


「まぁ過ぎたことはいいや。でだでだ、茉央ちゃんと何かご進展はありまして?」

「なんだその口調……。特に何もないよ」

「えぇ~?」


 改めて尋ねられた三弥の問いに包み隠さず返すと、何故か期待外れみたいな表情をされた。

 理由は分からんがムカつく。

   

「茉央ちゃん、てっきり和に気があるのかと思ったんだけどなぁ~」

「堺が? 無いない。例の噂だってすぐに沈黙しただろ? むしろ迷惑掛けたくらいだって」


 じゃなきゃ、本当に付き合ってみるかってジョークにイエスって返してただろ。

 睨まれた時点で脈無しですよ~だ。


「でもさ、茉央ちゃんってあんだけ美人なのに彼氏いるとかの話全然聞かねぇもん。オレに対して当たりきついけど、和には優しいじゃん? だから脈あるんじゃねえかって思ったんだけど」

「そうか? いつも通りだろ」


 堺がきつく当たるのはお前がだらしないからだと思うんだが。

 とはいえ、俺には正直に寝耳に水だ。

 何せ、生まれてこの方モテたことはないし、彼女なんてもっての外だからな。

 

 なのに堺みたいな美人が俺を?

 妄想したことはないと言い切れないが、夢見も良いところだ。


「まぁ、真相は茉央ちゃんの心を読むでもしないと分かんねぇよな。それに和はロリコンだし」

「おい。違うつってんだろ」


 まだ消えてなかったのか、そのロリコン疑惑。

 あまなちゃんは愛でたい対象であって、そういう疚しい気持ちとは一切関係ない。

 その友達3人にも懐かれるようになったが、断じてロリコンではないと誓う。


「どうだかなぁ? 今だって仕事の疲れよりも、あまなちゃんの授業参観のことを考えてんじゃん。それもう立派なロリコンじゃね?」

「純粋に良い思い出になって欲しいだけだよ。もし本物のロリコンなら小学校に侵入とか企むもんだろ」

「侵入って……その発想が出る時点でお前……」

「違うからな!? そんなことで人生を棒に振る気は無いっての!!」


 だからそんな犯罪者予備軍と同列に見るような目は止めてくれ!

 傷付きそうなガラスハートを守りつつ、俺はロリコンじゃないと念仏を唱えるように暗示する。

 

 そうやって三弥と談笑していると……。


「なぁにやらぁ、元気そぉだねぇ~? 君達ぃ……」

「「ヒィッ!?」」


 ねっとりとした口調が耳に入り、俺達は揃って小さく悲鳴を上げる。


 声を掛けて来たのが日乃本部長だというのは分かっているんだ。

 ただ……この口調は非常にまずい。


「ど、どうも……」

「部長も元気そうっすね……」

「最近~、ジョギングを始めてねぇ~。健康を意識するのはぁ~わぁるくないと~、実感しているよぉ~。君達もぉ~、やぁってみるといぃ~」

「「は、ははは……」」


 どうしよう、校長先生の無駄話並みに興味ねえ話が返って来た。

 なんて答えたものか分からず、2人揃って苦笑いを浮かべて誤魔化す。

 

「それでだぁ~。そんなに元気な君達にぃ~『お願い』があるんだがぁ~」

「「っく!」」


 さながら死刑宣告のような言葉に、俺達は逃げられなかったと声を揃えて悔やむ。


 その『お願い』という名の圧はどうにかなんないすかね?

 というかやっぱり仕事の追加依頼だったよ。

 

 こういう時にア〇ゴさんみたいな口調で頼み方をして来るせいで、あのアニメでア〇ゴさんが出てきたら思わずビビるくらいにトラウマになってんだぞ。


 そんな俺達の心境などいざ知らず、日乃本部長は追加分の配達先を指定だけして帰宅していった。

 その背中に『禿げろ』と呪詛を投げ掛けてから、同時にため息をつく。


「やられた……」

「なんで今の配達区分と真逆の場所の配達指定してくんの? どう考えても効率的じゃねえだろうが……」

「それな」


 人手が無いからって、数だけ割り振って良いわけ無い。

 もっと近い場所に配達してるやつだっているだろうに、なんたって俺達なのやら……。


「「はぁ~……」」


 重い重いため息を吐き出す。

 ため息をすると幸せが逃げるというが、個人的にはため息したくなるくらいに不満が溜まってるんだから、幸せなわけないだろと思う。


 何はともあれ、明日も忙殺コース確定らしい。


 その事実が俺の心に重く圧し掛かるのだった。


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