うそつき
今日は天那の祖父である亘平と、祖母である真由巳が帰る日である。
1週間とはいえ、祖父母と共に過ごした時間は天那にとって楽しい思い出になった。
「おじーちゃん、おばーちゃん、またね!」
「うぅ……やっぱりもう少しだけ……」
「ダメよ~。あんまり長く家を空けて泥棒が入ったらどうするの?」
「ぐ……っ!」
間もなく帰宅だというのに、亘平は天那と離れることを渋りに渋っていた。
去年もこんな感じだったと思い出し、祖父のみっともない姿に天那はもちろん祖母も天梨も苦笑を隠せない。
「だ、だがワシらが帰ってもまたあの男が来るんだろう? 配達にかこつけて天梨や天那にちょっかいを──」
「出すような人じゃないでしょ~早川さんは。2人が家に上げても良いって思える人なんだから、邪険にしないの~」
「し、しかしだなぁ!」
「もう、お父さん。個人で早川さんをどう思うかは自由ですが、私達に押し付けるのは止めて下さい」
和に会ってからというものの、亘平はすっかり彼を嫌っている。
自分を大事に想ってくれているからこその反応だと理解はしているが、それでも自分の大好きな人を悪く言われるのは祖父相手といえど良い気分はしない。
「おにーさんのこと、わるくいっちゃメッ!」
「うぅ……」
悪口はダメだと天梨から教わっている天那がそう告げると、亘平は苦虫を嚙み潰したように眉間にシワを寄せて黙り込んだ。
孫に怒られる祖父という光景に、天梨と真由巳は苦笑を浮かべる。
しかし、2人が玄関に行こうとした時、天那は天梨にあることを伝えた。
「ママ、ちょっとおトイレいってくる」
「焦らなくてもゆっくりで構いませんよ。駐車場で待ってますから」
「はーい!」
これから帰る祖父母に申し訳ないと思いつつ、天那はトイレに向かう。
程なく終えた彼女は、3人がいるマンションの駐車場へ歩く途中、あることを考えていた。
天那には父親がいない。
それでも家族から惜しみの無い愛情を受けていると実感している。
だから自分は幸せ者だとも理解しているのだ。
片親だろうとそのことに変わりはない。
だが、友達の家族に会った時や出掛けた際に見掛ける親子連れを目にした瞬間、ふと考えてしまうことがある。
──もし、自分の父親が生きていたらどんな感じだったのだろう。
幼い天那でも、そんなたらればを考えるだけ無駄だと悟っている。
とはいえ、一度意識してしまうと雲を掴むような想像が絶え間なく浮かんでいく。
父親の顔は写真で見たことはある。
声は赤ん坊の頃に聴いたはずだが覚えてはいないし、抱き抱えられた感触も知らない。
和と交流を重ねていく内に、父親と一緒ならこんな感じなのだろうかと思わずにはいられなかった。
彼からすれば、迷惑なことだろうと罪悪感を覚えてしまう。
それでもきっと、笑って頭を撫でてくれる気がした。
「──ふふっ」
その光景を浮かべるだけで、自然と笑みが出る。
次の配達日が待ち遠しいなんて思いながら、天那は天梨達の後姿を見つけた。
不意に『こっそりと近付いてみよう』という、ちょっとしたイタズラ心が湧き上がる。
子供なりに『オトナどうしのかいわ』が気になったのだ。
天梨達から見えないように車の影に隠れながら、ゆっくりと近付くと話声が聞こえて来た。
「天梨もすっかり母親らしくなって来たわねぇ~」
「そんな、私はまだお母さんには及びません」
「いやいや、謙遜することないだろう」
どうやら天梨が褒められているようだった。
影ながら聞き耳を立てて、そう理解した天那は自分の事のように嬉しく思う。
大好きな母親が称賛されるのだから、彼女にとっては極当たり前の認識であった。
「それにしても、早川さんは良い人ねぇ?」
「ワシは気に食わんがな」
「もう、彼とはそういう関係ではないと言っているじゃないですか」
「どうかしら~? あの人なら2人のことを大事にしてくれると思うわよ~?」
「まさか。私みたいに子持ちの女性は恋愛対象になりませんよ」
小学1年生の天那でも、その会話が天梨と和がお付き合いしているのではと詮索する類だと察する。
もし2人が恋人になったら、和は自分の父親になるのだろうか?
先程の空想があっただけに天那にとっては聞き逃せない話題だったが、天梨はそのつもりはないらしい。
少し残念なような気持ちを感じてしまう。
と、完全に話を聞き込んでいた彼女に耳に、続けられた言葉は深く深く突き刺さる。
「それに、
「ぇ……?」
一体、天梨が何を言ったのか理解出来なかった。
意味が解らなかったわけでなく、解りたくないという気持ちが強かったためだ。
しかし、何度頭の中で反芻しても聞き間違いなどではない。
「そうね……あれからもう7年が経つものね……」
「ワシは今でもあの事故を起こしたやつを許せんわ」
「……私もです。天那から両親を、あの2人が見たかったはずの天那の成長を見る機会を奪ったんですから。到底許せません」
祖父母も事情を知っているようで、天那と違って驚く様子も無く天梨の言葉に頷いた。
──どうして、おじーちゃんもおばーちゃんもなにもいわないの?
──あまなはママのこどもじゃないの?
信じたくないのに信じている人達が否定しない……そのやり取りが、天那の心に真実だと突きつける形になった。
「──ママ」
「えっ……あま、な?」
居ても立っても居られなくなった天那は、3人に問い詰めようと車の影から出て呼び掛けた。
会話を聴かれていると思っていなかった天梨は目を丸くして慄き、祖父母は揃って絶句しているがそれに構わず天那は口を開く。
「ママが、あまなのママじゃないってどーゆーこと?」
「──っ、あ、ぅ、そ、それ、は……」
顔を青くして強い焦燥感と罪悪感からか、天梨は上手く言葉を紡げないようだった。
「──なんで、ちがうっていってくれないの? ママは、あまなにうそついてたの?」
「──っ!」
だが、天那からすれば即座に否定されたなかったことが、問い掛けに対する答えのようなものだ。
同じ秘密を知っていた亘平と真由巳へ視線を向けても、2人は何も言わないまま黙り込むだけであった。
もう何を信じれば良いのか分からず、天那は目尻に涙を浮かべてゆっくりと後退りをする。
「うそついちゃダメっていってたのに……ママは、あまなのことがきらいだからうそついてたんだ……」
「ち、違います! 私は、天那を嫌いになんて──」
裏切られたような想いで零れた言葉に天梨は咄嗟に否定し、震える手を天那に差し伸べる。
「イヤっ! うそつきのママなんてだいっきらい!!」
「──っ!!?」
しかし、天那はその手を払って走り去って行った。
天梨の弁明は既に手遅れだったのだ。
1人で駆け出した天那を追うにも、拒絶されたことで掛ける言葉を失った天梨は茫然と立ち竦んでしまう。
「天梨! 早く天那を追え!」
「私達も捜すから行きましょう!」
「っ、は、はい!」
そんな彼女を見兼ねた両親の叱責を受ける。
一旦はショックから立ち直り、慌てて天那を追うがその姿を見失ってしまった。
亘平と真由巳も滞在を延長して捜索にあたるが、体力差もあって見つけることが出来ないまま、時間だけが過ぎて行く。
和から連絡があったのは、天那が行方不明になって30分が経過した頃であった。
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