あまなとやまとはお友達!


 そうして週が明けてやってきた火曜日。

 最近の働きが認められて、配達量がまたまた増えたぜチクショウ……。


 さてさて、あまなちゃんにお礼として何かお返しをしたいと三弥に相談したことで、その本人に聞くという結論に至った。


 大人なのに小学生へのお返しすら思い付かないだけに留まらず、本人に聞くとか情けないことこの上ないし内容によって応えられないものだって言われる可能性もあるが、こればかりは仕方ないと腹を括る。


 もっと子供との付き合い方を知って来なかった俺の自業自得だし。


 そんな風に考えをまとめながらも、俺は『エブリースマイル』の一階184号室に着いた。

 インターホンを押そうとして、その指がピタリと止まる。


 緊張から躊躇ってしまったからだ。


「──すぅ……はぁ……」


 ──ビビるな、ビビるな。

 

 そんな自分を奮い立たせるため、大きく深呼吸をして覚悟を固める。

 意を決してインターホンを押すと、しばらくして玄関のドアが開かれた。


「はーい、いつもごくろーさまです!」

「こんにちわ、あまなちゃん」

「あ、おにーさん、こんにちわ!」

 

 元気に挨拶をするあまなちゃんは、髪をストレートにおろしていて、服装も黄色を基調としたストライプ柄のワンピースという、お淑やかさをだした装いだった。

 今日も可愛い……将来は絶対に綺麗になるだろうなぁ……。


 相変わらずの可愛さを感じつつ、三度目となる荷物のやり取りを済ませることにする。


「ここに印鑑をどうぞ」

「はい、ポン!」


 ポンって……可愛いかよ。

 小さな手で持った判子で、受領書と一緒に俺の心臓も押されたように感じる。

 さっきまでの後ろ向きな思考が馬鹿馬鹿しく思えて来るほどに、あまなちゃんからの癒しは平常運転だった。

 

 さて、ずっと悶えていたい気もするが今日はここからが本番だ。


「なぁあまなちゃん」

「なーに?」


 俺の呼び掛けに、彼女は笑みを浮かべながら首を傾げて聞き返して来た。

 

 ──くっそ、どこで覚えて来るんだそういう可愛い仕草!!


 不意打ちで悶えさせられて思考が脱線しかけるが、何とか踏ん張って続きを口にする。


「いつもあまなちゃんに助けられてるから、お礼がしたいんだけど、何か欲しい物とかあるかな?」

「ほしーもの?」


 突然の質問に、あまなちゃんは目をパチクリとさせてキョトンとする。

 

「そうそう、もちろん無断であげるわけにはいかないから、あまなちゃんのお母さんに相談してからな?」

「うん」

「それで、何がいいかな?」

「う~んと、う~んと……」


 欲しい物を数えているのか、あまなちゃんは両手の指を立てながら逡巡する。

 その様子がまた可愛くてほっこりしていると、答えを決めたのか彼女は顔を上げて……。




「おにーさんのおなまえをおしえて!」

「──え?」


 まさかの答えに、今度は俺がキョトンとする側になった。

 

「ど、どうして俺の名前なんだ? ぬいぐるみでもお菓子でもいいんだぞ?」

「えっと、おにーさんはまえに、しらないひとからおかしをもらっちゃだめっていってたよ?」

「そ、そうだけど……」


 正論を返されて反論に窮すると、あまなちゃんは少し悲し気な表情を浮かべる。


「がっこーのともだちにね、なまえのしらないおにーさんとなかよしなのはへんだーっていわれたの……それでね、あまな、すっごくガーンってかなしかったの」

「──っ!」

 

 あまなちゃんと同じ小学1年生とはいえ、俺と彼女の関係はおかしいと思われていると聞き、心臓が締め付けられるように痛んだのが分かった。


 自分が不審者扱いされたことにじゃない、あまなちゃんを悲しませてしまったからだ。

 だが、彼女はすぐに表情を笑顔に変えて俺と顔を合わせて……。

 

「だから、おにーさんのなまえをおしえてもらって、わたしとおともだちになってほしいの! そしたらしらないひとじゃなくなるから、へんじゃないでしょ?」

「──ぁ」


 子供らしい無垢な考えに、俺は唖然とした。

 あまなちゃんの出した答えは、社会全体からみればそれほど大した意味はないかもしれない。

 むしろ、俺がそう言わせるように教唆したとも捉えられる方が有り得るだろう。


 でも……。

 少なくとも、俺の心は動かされた。


 自分の世間体ばかり気にして、あまなちゃん本人の気持ちを全く考えていなかったからだ。

 彼女なりに、1週間に2回しか会わない人間を信頼出来ると思ってくれたからこそ、こうして友達になりたいと言ってくれたのだろう。


 今までのお礼としてそれが見合うのかは分からないが、自分から聞いた手前……いや、あまなちゃんがそう願うのであれば、俺の選択肢なんて一個だけだ。


 俺はあまなちゃんと目線を合わせるために屈んで、目を合わせる。

 この人を疑うことを知らない純粋な瞳に適ったことを誇りに思おう。


「──俺は、早川さがわやまとっていうんだ」

「さがわ、やまと……」


 教えてもらった名前を覚えようと、あまなちゃんは小声で何度も俺の名前を反芻していく。

 たかが名前1個で……と思うが、何事にも一生懸命な子だと伝わって胸が温かくなる。


「さがわ、やまと!」

「うん、良い調子だ。漢字は……まだちょっと早いか。上でも下でも、あまなちゃんの好きに呼んでいいよ」

「ほんと? えっと、それじゃ……おにーさん!」

「ぶっははは! それじゃ、名前を教えた意味がないだろ」

「あ、ホントだ!」


 結局おにーさん呼びに帰結したことに、俺は堪らず噴き出して笑う。

 あまなちゃんはどうして俺が笑うのか分からず、首を傾げる。

 仕草の一つ一つが可愛くて、本当に見ていて飽きない。


 笑いがおさまり、俺はあまなちゃんに向けて右手の小指を差し出す。


「それじゃ、俺とあまなちゃんは今日から友達だ。指切りで約束しよう」

「うん!」


 約束と口に出したことでニコニコとした笑みのまま、あまなちゃんも右手の小指を差し出す。

 俺の親指よりも小さい小指とキュッと結び、リズムを刻んで口ずさむ。


「「ゆ~びきり~げ~んまん、う~そついた~ら、は~りせんぼん、の~ます、ゆ~びきった!」」


 そうして、俺とあまなちゃんは友達になったのだ。

 ひょんなことから友達になったこの配達先の幼女は、見た人を癒す天使のような満面の笑みを浮かべて、その事実を心から喜んでいた。


=====


ここまで読んで下さってありがとうございます。


短編版の内容まで追い付きましたが、連載版ではまだまだスタートラインに立ったばかりです。


これからも和とあまなちゃんの日常を温かく見守って下さい。


ストックに余裕はあるので、しばらくは毎日更新していきます!

時間帯はお昼の12時です。


面白いと思って頂けたり、あまなちゃんにもっと癒されたいと思った方は、ぜひぜひ星or応援コメントを送って下さい!

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