堺さんは隣にいるだけで満足



 迷子になってると分かった女の子を助けたら、好きな人が保護者代わりとして妹さんと一緒だった。


 一体どんな確率の奇跡なのだろうかと、昨日までの自分に言っても信じられないと思えることが起きたわけで……。

 ビックリし過ぎて変な勘違いをしちゃったけれど……あ~もう、なんて馬鹿なことを考えてたのかしら!

 とにかく今、私は好きな人──カズ君と図らずもデートをすることになった。


 提案者は彼の妹さん。

 黒髪が似合う可愛い子で、胸が大きい……本当に大きかった。

 少し分けて欲しいくらいで──ってこれ以上考えるのはよしましょう。


 というか彼女、絶対にカズ君に対する気持ちに気付いてるわよね?

 じゃなきゃこんなあからさまに2人で行動してなんて言わないだろうし……そんなに解り易かったかしら? 

 それに知り合いの子と言っていた女の子……確かあまなちゃんだったわね。

 カズ君が珍しく有休を取った理由は、まさにあの子なのだと分かる。


 とっても可愛くて、まだ小学1年生と思えないくらい賢い子だったなぁ……。

 そんなあまなちゃんに対してカズ君が向ける眼差しはとても優しくて、子供相手にみっともないけれど羨ましいと思った。


 日乃本部長に有休申請を出した時も『生き甲斐』って言ってけれど……もしかして、カズ君はロリコンだったりするのかしら……?

 ううん、そんな彼を疑うようなことを考えちゃいけない。

 今は夢にまでに見たデートなんだから、ちゃんと楽しまないと!


「堺。さっきも言ったけどあまなちゃんを見つけてくれてありがとうな」

「気にしないで。たまたま私だっただけで、そんなに畏まってお礼を言われる程じゃないわよ」

「それでも実際にあの子を助けてくれたのは堺なんだし、やっぱ感謝したいんだよ」

「……そう。それならお礼の方も期待していいのかしら?」

「うっ……お手柔らかにお願いします……」


 あぁこの何気ない会話が楽しい。

 カズ君と隣に並んで歩いているだけで、もう胸は幸せで一杯になる。


 とはいえ謝礼をもらおうなんて考えていなかったから、いざもらおうとしても何にしようか迷ってしまう。

 

 あんまり高い物や大きな物を買ってもらうのは気が引けるし、食事をするような時間でもないから空腹を感じていない。

 かといって安い物や小物を選んでも、今度は彼の気持ちが納得しないだろうし……ぶっちゃけこうして一緒にいるだけで満足なのよねぇ……。


「それで、堺は何をお望みで?」

「う~ん。いざ言われると結構悩むのよねぇ~」


 何がいいか頭を悩ませるけれど、一向に答えは出ないままだ。

 なら、思い付くまでの間は純粋にデートとして楽しもうと考えた。


「とりあえず、色んなお店を回ってみましょう。それで何かいいのがあればってことで」

「了解」


 そう方針を伝えると、カズ君は嫌な顔することなく簡単に受けてくれた。

 もう……こっちの気も知らないで軽くOKしないでよ。

 どうせデートって認識してないからなんだろうけど……そう思うと期待している自分が馬鹿みたいで無性に腹が立ってくる。


 この朴念仁から意地でも自分を意識させたくて、彼の腕を思い切り抱き寄せてみた。


「ちょ、堺!?」

「人多いでしょ? はぐれないようにしっかりくっついておかないと」

「だからってこれはくっつきすぎじゃ──」

「なぁに? もしかしてドキドキしてるの?」

「し、してねぇって……」


 そんなに顔を真っ赤にして言っても説得力がないの分かってるのかしら?

 まぁこれでちょっとは意識してくれるといいんだけど、こっちもこっちで割と一杯一杯なんだからね?

 

 ……心臓の音、聞こえてないといいのだけど。


 =====


 色々考えた結果、雑貨店の中から何か目ぼしい物を探すということになった。

 実を言うとただの建前で、適当に言っただけなのは内緒。


 それでもカズ君はまるで疑う様子もなく、今も商品を手に取ってどうかと勧めてくれている。

 どれも彼なりに女性の部屋にあっても違和感のないものを選ぼうとしているあたり、どれだけ真剣なのか伝わってきて、少しでも油断すると頬が緩みそうになってしまう。


「そうだ。堺って気になる人がいるんだろ。ならその人に渡したい物を選べばいぃっってぇ!?」


 だというのにその想い人本人が間抜けなことを口走って来たので、苛立ちから手で無防備な脇腹を抓る。

 それはもう内出血を起こしてやろうってくらいにキツいやつを。


 前に後輩の結婚式での会食中に話したことを覚えていたようだけど、その気になる人が自分だなんてまるで考えていない様子がどうしようもなく腹が立つ。

 ハッキリと気持ちを伝えてない私も私だけれど、そうでなくともちょっとは意識しなさいよこの鈍感!

  

 

「なんで抓るんだ!?」

「カズ君があまりにもバカなことを抜かすからよ」

「えぇ~……」


 指を離すとカズ君は脇腹を押さえながら困惑した表情を浮かべる。

 攻撃の理由に釈然としない様子だけれど、それを正直に話すと告白にしかならないのではぐらかしておく。


 どうして好きな人に渡す物を本人に選んでもらわなきゃいけないのよ。

 確かにそれだと確実に喜ばれるでしょうけど!

 でも流石にそんな真似をすればこの朴念仁でも気付いちゃうじゃない!!


 そもそもそれが出来たら6年もヘタレてないわよ。

 

 そのヘタレるのを止めようと思ったのは、カズ君の変化に気付いたからだったっけ。

 今年の4月までと打って変わって最近の彼はとても調子が良い。

 好きな人が元気なのは良い事のはずなのに、嬉しさとは真逆の不安を何となく感じていた。 


 良いストレス発散法を見つけたんだって自分の中で一旦ケリを着けたはずなのに、あまなちゃんと接するカズ君を見て、落ち着いていたはずの不安がまた燻り出す。

  

 よくよく考えてみれば自分の子供を預けられる程に信頼している人を、知り合いの一言で片付けられるのかしら?

 他に頼れる人がいないとしてもまだ6歳のあまなちゃんを預けている時点で、カズ君とあの子の親は相応な信頼関係を構築しているはず。


 ふと、後輩の結婚式に誘う前に彼が電話していた女性の存在を思い出した。

 すると、嫌でも点と点が線で繋がってしまう。


 ──あぁ、せっかくのデートなのにこんなことを考えるなんて、嫌だなぁ……。


 人間、一度気になり出すと喉に刺さった小骨みたいに意識してしまう。

 他でもない、好きな人の事なら特に……。


「──ねぇ、カズ君」

「ん?」


 だから、デートに集中するよりもどうしても尋ねたいことの方が気になった。

 そんな思いから出た呼び掛けに、やっぱり彼は普段通りの調子で続きを促して来る。

 相変わらず鈍感なんだから……そんな愚痴を思い浮かべながら、その先の言葉を紡ぐ。


「──あまなちゃんの親と仲がいいのね?」


 聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちがせめぎ合う中、絞り出すように吐き出した言葉に……。


「あぁ。会った頃に比べてとは随分仲良くなれたと思うよ」


 初めて聞く名前なのに、否応なしに信頼が込められた呼び方を含む返事を聞かされた。

    

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