その勘違いは予想してなかった
「い、今なんて言った?」
あまりに素っ頓狂な問いに、そう聞き返すのが精一杯だった。
それは黒音も同じようで呆けた表情を浮かべている。
あまなちゃんは状況を飲み込めずにキョトンと首を傾げていた。
可愛い。
しかし、一体何を以って結婚して子持ちになったと?
自慢じゃないが今年26歳になる年齢=彼女いない歴の童貞だぞ?
あれ、なんか泣きたくなってきた……。
と、とにかく、残念ながら聞こえなかったわけじゃない。
唐突にありもしないことを言われて、咄嗟に理解が追い付かなかっただけだ。
そんな何言ってんだコイツみたいな問い返しに、堺は依然表情を強張らせたまま理由を明かす。
「だ、だって……そんなに若くて可愛い奥さんと子供がいるし……」
「いやいやいやいや……」
どこを見てそんな勘違いをしたのか理解出来ず、苦笑を浮かべながら手を振って否定する。
今日一緒に行動しているのは妹とあまなちゃんの2人だけで、それ以外はいないはずだ。
もしかして彼女には背後霊か何かが見えているのだろうか?
だとしたら近い内にお祓いに行こうかと真剣に考えたい。
どうせろくでもない類だろうしな。
「あのな堺。この子はその……えっと……」
三弥と違って事情を知らない堺にあまなちゃんとの関係を説明しようにも、正直奇跡みたいな綱渡りの過程を手短に説明出来る言葉に迷う。
そうやって手間取ってる内に堺は泣きそうな目で無理矢理笑みを浮かべて続ける。
「あ、あはは……恥ずかしいからって否定しなくてもいいわよ。綺麗でスタイルのいい奥さんと可愛い娘さんがいるんだから、逆に自慢してもバチは当たらないじゃない。少なくとも私は祝福するからね?」
「あの、堺? 俺は別に──」
「もちろん、職場で言いふらしたりなんかしないわ。というかそれならちゃんと休まないとダメじゃない。それだけ素敵な家庭を持ってるんならキチンと家族孝行しないと……」
「堺さん? 一体何の話を──」
「そうよね。ただの同僚なんかがいつまでも邪魔しちゃダメよね? ごめんなさい……」
どうしよう、なんでか会話が嚙み合わねぇ。
誤解を解こうと話しかけても謎の
むしろ余計に傷付けているように思えて、段々申し訳なくなってくる。
「そ、それじゃ、私そろそろ失礼して──」
「あ、堺──」
やがて辛抱が堪らなくなった堺が身を翻して立ち去ろうとする。
慌てて呼び止めようとするが……。
「あのーちょっといいですか~?」
「え?」
「黒音?」
先に黒音が堺の肩に手を置いて止めた。
「勘違いしてるみたいなんで訂正しますと~」
2人して訳が分からず茫然としていると黒音はにっこりと笑みを浮かべる。
「──アタシはコレの
「…………へ?」
やけに主語を強調した黒音の訂正に、堺は鳩が豆鉄砲を食ったように呆けた。
そして同時に堺が何を以って俺が既婚者で子持ちだと勘違いしたのかを悟り、口元に手を当ててにやけそうな表情を隠す。
つまり、彼女は黒音を嫁だと、あまなちゃんを娘だと思っていたわけだ。
──流石にその勘違いは予想してなかったわぁ……。
通報されなかっただけマシだが、それはそれで大変心臓に悪い。
次第に黒音の言葉を飲み込んだ堺が、トマトみたいに顔を真っ赤にして蹲るまでそう時間は掛からなかった。
=====
「大丈夫か? 堺?」
「大丈夫じゃないわよぉ……今日の記憶を消してぇ……消させてぇ……」
何とか平静を取り戻した堺も加えて、俺達はフードコートのテーブルに腰を掛けていた。
あまなちゃん迷子騒動の功労者である彼女は、とんでもない勘違いを恥じて突っ伏しているが。
本来ならすぐに礼をしたいところだが、当の本人が打ちひしがれているようじゃしばらくそっとしておく方が良いだろう。
とりあえずあまなちゃんに黒音とはぐれた後の行動を尋ねる。
自分が迷子になったと気付いたあまなちゃんは、人混みを抜けて俺か黒音が通り掛かるのをその場で立って待っていたらしい。
やっぱこの子凄いわ。
だが一向に成果が実らない中、堺に声を掛けられた。
両親の所在を尋ねられたが、天梨は出張で父親は死去しているため答えに窮している内に、堺の提案で迷子センターの放送で呼び出すことになったようだ。
そうして俺達が来るまでの間にあまなちゃんは彼女に懐いたようで『おねーさん』と呼んでいた。
黒歴史を作ってしまった堺には申し訳ないが、見つけて声を掛けてくれたのが知ってるやつで良かったと思う。
「いやぁ~それにしてもアニキにこんな美人な同僚さんがいるなんて思わなかったなぁ~」
「なんだそのニヤケ面は。堺とは仲が良いけど職場の同僚以上の関係じゃないからな?」
「え。アニキそれ本気で言ってるわけ?」
「? そうだが?」
「はぁ~……」
明らかにからかって来た黒音にただの同僚であることを伝えると、何故か救いようのない眼差しを向けられた。
一方で堺には同情するような眼差しで、扱いに差が生じたように感じる。
解せぬ。
「それを言ったらカズ君に妹がいるとは聞いてたけど、ここまで可愛いなんて知らなかったわよ」
「あれ? そうだったか? でも可愛いのは確かだけどだいぶ生意気だぞ」
「可愛さがあまり余ってむしろ長所じゃない。……胸だって大きいし……」
黒音と自分を比較して、堺は虚しそうに自らの胸に手を当てる。
確かに……我が妹に限らず天梨と比べても、その胸元は実に平坦で──。
「何か言った?」
「堺だって美人だから気にしなくていいのにって思っただけだよ」
まるでこちらの思考を読んだかのような鋭い眼差しに、平静を装って返した。
怖ぁ……なんでわかったんだよ……。
「え……そ、そう?」
咄嗟の返答に対し、今度は隠し切れない嬉しさを滲ませるような視線に変わった。
……妙に可愛くて心臓が弾むが、恥ずかしさから無言で頷くだけで返す。
なんだこれ。
顔が熱い……。
「ふぅ~ん……」
そんな俺達を黒音が面白そうにみつめていた。
それを不快に思っていると、妹は両手を合わせて軽く音を立てる。
「そうだアニキ! 堺さんにお礼をするために
「ええっ!?」
「はぁ?」
「何か欲しい物を買うもよし! ごちそうするもよし! なんなら次の休日に出掛ける準備の品を選ぶでもよし! せっかくモールに来てるんだから機会は存分に活かさないと!」
さながら妙案を思い付いたかのような表情を浮かべる黒音は、俺達の返答を聴く耳も持たずに続けた。
だが確かにその提案は納得出来る。
やけに2人を強調していたが、交流のある俺相手なら堺も気楽でいれるという配慮だろう。
それに配送業故に次はいつこうして彼女と同じ日に休めるか分からないしな。
「そうだなぁ……俺は良いけど、堺はどうだ?」
「わ、私!?」
どうして驚くんだ。
いくらお礼をすると言っても、交際の噂が立ったやつと店を回るというのは不満だということだろうか?
会社のやつらに見つかる可能性を回避したいのかもしれない。
なら無理強いすることでもないかと、遠慮するように口を開こうとするが……。
「そ、そうね。今日中に貸し借りは清算しておきましょうか」
「お、おう……」
まさかの了承。
まぁ本人が良いというなら、荷物持ちでもなんでも引き受けようじゃないか。
「黒音は──」
「アタシはあまなちゃんといるよ。今度ははぐれないようにしっかりと手を繋ぐから心配しないでね。
「そっか。なら任せたよ」
「おにーさん、おねーさん、いってらっしゃ~い」
あまなちゃんの小さな手を握って離れないアピールをする黒音の表情は、同じ二の轍は踏むまいと真剣だ。
なら大丈夫だろうと判断して、あまなちゃんに見送られながら堺とショッピングモールを回ることになったのだった……。
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