ここでそう来ますかぁ~


 はぐれてしまったあまなちゃんを捜すため、黒音と二手に分かれてショッピングモール中を駆ける。

 途中ですれ違った人にあの子の特徴を伝えて聞き込みをしたりするが、見掛けていないの返事が来るか犯罪者を見るような目を向けられるだけだった。


 ……そんなつもり微塵も無いって言うのに失礼過ぎるだろうが。

 むしろそういうやつはこんな堂々と女の子を見なかったか尋ねないだろ。

 

 っと、今は自分の外聞なんざどうでもいい。


 こんな広いモールの中でたくさんの人とすれ違うっていうのに、たった1人の女の子を記憶の片隅に置いておけなんて難しいに決まってると、自分を無理やり納得させる。 

 

 普通、迷子になった子供は寂しさから泣いたりするのだが、あまなちゃんに限ってはそんな姿がまるで想像できない。

 むしろすれ違わないようにはぐれたと気付いた時点でその場に立ち止まっている可能性が高いな。

 あの子は本当に小学1年生なのか?


 下手したら一番冷静なのはあまなちゃんなのかもしれない。


 しかし、いくらあまなちゃんが賢いと言ってもショッピングモールには初めて来た上にこの人混みだ。

 俺や黒音と違って身長の低い幼女だし、視界を制限されてちゃ方向感覚が機能せずに迷子になるのも仕方がない。

 

 信頼して預けてくれた天梨に申し訳ない気持ちを感じながらも、必死に足を動かして辺りを見渡してあまなちゃんを捜すが、一向に見つからないままだ。

 さっきの黒音程じゃないが、これは少し焦って来るな……。

 

『アニキ。あまなちゃん見つかった?』


 っと、黒音からメッセが飛んで来た。

 見つかっていないこととそっちはどうなんだと尋ねる文章を送ると、すぐに既読が付いて返信される。


『ゴメン。こっちもまだ』

「っ、マジか……」


 黒音の方も思わしくないようだ。

 捜し始めてもう30分になるぞ?

 せめてあまなちゃんがキッズケータイでも持っていればと歯痒さを感じるが、無い物ねだりをしてもどうにもならない。

 見つけた後であまなちゃんに何かしらの連絡手段を持たせるように、天梨にそれとなく言っておこう。

 

 そう思いながら捜索を再開すると、BGMやらセール情報を流していた館内放送から何やら軽快な音が流れ出した。

 なんかトラブルでもあったのかと早々に興味を失くして周囲に目を向け出すと同時に、アナウンスが響く。








『お客様に迷子のお知らせです。南天那ちゃんが迷子センターにてお待ちです。繰り返します。南天那ちゃんを迷子センターにてお預かりしています。保護者の方は1階サービスエリアの隣にある迷子センターへお越し下さい……』


「……は?」


 鶴の一声とはこのことか。

 今まさに探していた女の子の名前が館内放送で告げられ、思わずその場で足を止めてしまう。

 降って沸いた天の声に等しいアナウンスの内容を反芻した後に、慌てて1階にある迷子センターへ駆け出した。


 =====


 途中で黒音と合流して迷子センターに辿り着いた瞬間、ある一つの問題に直面してしまう。

 それは……どうやってあまなちゃんを引き取るかだ。


 今さら確認するまでもないことだが、あまなちゃんとの関係は友達関係である。

 20歳差の友達とかSNSでしか聞いたことない。

 

 何よりその関係を証明するには当人同士の証言以外なかったりする。

 だが、迷子センターの係員さんはあの子との関係を信じてくれず、黒音の後押しもあっても返答は『NO』の1点張りだった。

 

 天梨から預かってたメモを持ってくればよかったと後悔に苛まれるが、スマホに残っていた彼女との会話履歴を見てもらったことで、あまなちゃんと顔を合わせることだけは叶う。

 

「おにーさん! おねーちゃん!」

「え、本当に知り合いだったんだ……」


 迷子センターの部屋から出て来たあまなちゃんは、俺と黒音の姿を見るや否や満面の笑みを浮かべた。

 さりげなく係員が猜疑心丸出しな呟きを漏らしていたが、こちらとしてはあまなちゃんの無事な姿が見れただけで気にする程の事じゃない。


 ともあれあまなちゃんが嬉しそうに足に抱き着いて来るという行動で以って、迷子騒動は幕を閉じた。

 

「ゴメンあまなちゃん! アタシがちゃんとしてれば迷子になんてならなかったのに……本当にゴメンね!?」


 無事に戻って来たあまなちゃんに、黒音が両手を合わせて謝罪の言葉を口にする。

 

「うーうん。おねーちゃんはあまなをいっしょーけんめーさがしてくれたんでしょ? あまなのほーこそ、おねーちゃんとはぐれちゃってごめんなさい」

「うぁ~この子ホントに小1ぃ~? 良い子過ぎるし神対応過ぎてなおさら申し訳なくなるよぉ~……」


 対してあまなちゃんはというと、一切恨む素振りを見せることないどころか、むしろ自分の方に非があるとあっさり許した。

 あまりの度量の深さに、黒音が困惑と感心を交えた複雑な心境を吐露する。

 実際、自分が迷子になったというのに全く気にしていないようで、図らずも先の可能性がドンピシャだったことに驚きを隠せない。

 

「あの~、その子をここまで連れて来てくれた方もいらっしゃるのですが……」

「え、本当ですか? それならぜひともお礼をしたいので、呼んでもらえるとありがたいです」

「わかりました」


 係員さんからあまなちゃんを助けてくれた親切な人の存在を明かされ、喜んでその人に礼を伝えようと呼び出しをお願いする。

 よく事案を恐れずに声を掛けられたなぁ……。

 あまなちゃんが聞き分けの良い子だから然程苦労もしなかっただろうが、それでもキチンと感謝の気持ちを伝えたい。

 

 そうしてどうやって礼をしようかと考えていると……。






「──……?」

「…………は?」


 愕然としたように呟かれた声を聞いて、背筋に滝のような冷や汗を感じた。

 人違い……とは思えない。

 その声は非常に聞き慣れたものだったし、が『カズ君』なんて呼び方をするのは思い返すまでもなく俺ただ一人だ。


 恐る恐る声のした方へ顔を向ける……。


 ──そこには、私服姿な職場の同僚──さかい茉央まおがいた。


 裾が太ももに掛かるくらいの丈のパステルグリーンのワンピースにジーンズのズボンを穿いており、普段の彼女にしては随分と可愛らしい装いだ。

 だが眼鏡の奥に見える瞳は驚愕で見開かれていて、その理由は自分の隣にあることを察した。


 そう、今隣にいるのは誰が見ても幼女と答える幼いあまなちゃんだ。

 彼女がこの場にいるというのは、堺こそがあまなちゃんを迷子センターまで連れて来てくれた人物だと分かるが、その連れが見知った相手である俺だとは思いもしなかったのだろう。


 そして頭の中では事案注意の警鐘が鳴り響いていた。

 世の中、二度あることは三度ある。

 天梨と黒音に通報されそうになったのだから、この後の堺の行動は容易に検討が着く。

 なんて嬉しくない成長だ。


 そんなことを考えている内に、堺はわなわなと震える両手を口元に持って行き……。



「か、かか、カズ君って…………?」


 最悪の場面に遭遇した面持ちを浮かべて、そう呟いた。


 ……。


 …………ん?

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