後悔よりも謝罪よりもするべきこと
昼ご飯を食べ終えたアタシ達は、次の店に回る前にトイレ休憩を挟むことにした。
男のアニキが並ぶ男子トイレがやけに行列になってるのが気になったけど、女子トイレ側がそうじゃないならいいやって早々に興味を失くす。
「おトイレのまえもひとがいっぱいだねー」
「だね~。はぐれないように傍にいようっか」
「うん!」
あまなちゃんの率直な感想に相槌を打ちつつ、それにしてもと隣に立つ幼女に視線を向ける。
南
手入れされた琥珀に近い明るい茶髪、丸くて綺麗な瑠璃色の眼とまだ6歳なのに随分と将来有望な美少女──いや美幼女だ。
アニキが仕事先で知り合ったのは奇跡に思える。
それだけに留まらず、週2日の配達日にはなんと日々の疲れを癒してもらってるとか。
最初に聞いた時は『なにその事案』って思ったけど、話を聞く限りあまなちゃん本人が進んでやってるようで、何より母親の許可も得ているらしい。
どうにも信じがたいけれど、悪い子じゃないしむしろ良い子過ぎてこっちが気を遣われてる。
まだ小1なのに賢過ぎるよねぇ……でも『太鼓の鉄人』をやった時みたいに、ちゃんと子供らしいカオを見ることが出来た。
あぁ単にこの子は我が儘の言い方が分からないだけなんだって悟る。
その我が儘を上手く引き出してるのがあのアニキなのは、驚くほかない。
アニキに甘えるあまなちゃんを姿を見て、自分も昔はあんな風にアニキに甘えてた頃を思い出した。
今じゃそんな子供っぽいこと出来ないけど、過去の自分みたいにあの子ももっと甘えることを覚えて欲しいと思う。
……なんて、なんからしくないこと考えちゃったりするわけで。
それくらいあまなちゃんの存在感が凄すぎる。
なんというかほっとけないんだよね……。
そうやって色々考えている内にトイレを済ませたアタシ達は外に出て、待ち合わせ場所として決めた本屋まで向かっていると、不意に道を遮られたのでなんなのかと立ち止まって顔を上げる。
「ねぇキミ可愛いね!」
「暇ならオレらとお茶しよーよ」
「はぁ?」
でも相手は初対面で如何にもなチャラ男だった。
ナンパの対象として声を掛けられたみたいで、めんどくさいなぁなんて他人事みたいな感想を浮かべる。
特にこういう手合いは一番ダメ。
だってやらしい視線を隠そうともしないし、あまなちゃんが一緒なのにいないように扱ってるもん。
露出の多い格好ではあるから見るなとは言わないけど、胸とか足とかねちっこく見ていいわけじゃない。
そんな嫌悪感を隠すのにも慣れたもので、とりあえず困ったような愛想笑いを浮かべて返事をする。
「ごめんねぇ。今日は妹と一緒だしカレピと一緒なんだ~」
ホントはどっちもいないけど、あまなちゃんとの関係を説明するのは面倒だし妹だと嘘を付く。
そして嘘の彼氏として、アニキと職場でもプライベートでも仲の良い三弥さんの写真を見せる。
2年前にアニキの部屋で泊まった時に、たまたま会った記念にって撮った写真だ。
何度かデートに誘われても丁重に断ってたりするけど。
とにかく、パッと見ではヤの付く人にしか見えない三弥さんの前に、チャラ男達は明らかにビビッて去って行った。
これくらいで引き下がるようじゃ、男としても程度が知れたようなもんだね。
ナンパを退けてホッと一息つく。
慣れてるアタシはともかく、あまなちゃんには怖い思いをさせちゃったかなと視線を向ける。
「……あれ?」
けれども、隣にいたはずのあまなちゃんの姿がなかった。
すぐに周囲を見渡すけど、幼いから身長の低いあの子を人混みの中で見つけるのは難しくて中々見つからない。
待ち合わせ場所に向かいながら呼び掛けてみても、喧騒に掻き消されて意味がなかった。
程なくして本屋に着いたけど、あまなちゃんの姿は見当たらない。
──完全にはぐれてしまった……。
=====
「ご、ごめん、アニキ。アタシがナンパに絡まれたりしなきゃ……ちゃんとあまなちゃんと手を繋いでればこんなことにならなかったのに……」
普段の生意気さが潜めた黒音は、青ざめた顔色で後悔を重ねていた。
確かに黒音が手を繋いでいればと思うが、そもそもの原因は絡んで来たナンパ共だ。
コイツの容姿で声を掛けられないっていうのは無理があるし、過ぎたことを責めてもどうしようもない。
「ゆ、誘拐とかされたらどうしよう……アタシのせいで、あまなちゃんを怖がらせたら……」
「落ち着け黒音」
「落ち着いてる場合じゃないよ!」
冷静になるように告げた言葉に対し、黒音は緊迫した様子で反論する。
「アタシのせいであの子を寂しがらせてるんだから、早く捜さないと……!」
「だからそのためにまずは落ち着けって──」
「アニキはあまなちゃんが心配じゃないの!? 下手したらあの子の母親に恨まれるっていうのに何を暢気にしてるわけ!?」
余程後悔の念が強いのだろう。
半ば錯乱しているようにも見える黒音は、周囲の目も構わず喚き立てる。
このまま言葉で注意するだけじゃ埒が明かないと判断し、両手を構えて黒音の耳元で思い切り合掌を決める。
「──っ!?」
まるで風船が割れたかのように乾いた音が響き、その音に驚いた黒音は目を丸くしてこちらに顔を向けた。
その表情から焦りが無くなったことを確かめてから、俺は口を開く。
「心配してるに決まってる。でもだからこそこういう時は冷静にならなきゃダメだろ」
「……」
「後悔するなって言わねぇけど、そういうのはあまなちゃんを見つけて謝ってからにしろ。焦ったまんま無理に捜そうとしたらうっかり見逃しちまうぞ」
「あ、アタシは……ううん、分かった……」
自分はそんなドジを踏まないと反論しかけるが、すぐに冷静じゃなかったさっきの様子を思い出したのかあっさりと引き下がった。
珍しくしおらしいが、こんな状況じゃ無理もないだろう。
励ましも込めて妹の頭に手の平を乗せて軽く撫でた。
そして安心させるために笑みを浮かべて続きを口にする。
「まだはぐれてそう時間は経ってないから、手分けして捜すぞ」
「……うん」
ようやく落ち着きを取り戻した黒音にそう伝えてから、二手に分かれてあまなちゃんを捜しに行く。
無事でいてくれよ……!
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