お昼と緊急事態


 ゲーセンを一通り楽しんだ頃にはちょうど良く昼食の時間となった。

 『太鼓の鉄人』を遊んだあまなちゃんは目に見えてニコニコしており、その様子が微笑ましく俺も黒音も笑みを浮かべたくなる。


 昼ご飯のためにやって来たフードコートでは、多くの人が列をなしていた。

 先に自分達が座る席を確保し、何を食べるか決めることにしよう。


「さてと、あまなちゃんは何が食べたい?」

「ん~っと、おにく!」


 アバウトだなぁ……でも可愛いから許す。

 となるとハンバーグ系統が1番だろうな。

 方向性が決まったならどのテナント店を選ぶかはだいぶ絞れる。


 色々と考えた結果、あまなちゃんはハンバーグとサラダのセット、黒音はざるそば、俺はカレーうどんとなった。

 

「あまなちゃん。もし全部入らないって思ったら言ってくれよ?」

「うん! でものこさないよーにちゃんとたべるね!」

「えらいね~。それじゃ食べよっか」


 そうして各々の食事に手を付ける。

 スパイスの香りと麺のコシが美味い……これだからカレーうどんは最高だ。

 

 ふと麺を啜りながらあまなちゃんを見やる。

 子供用のフォークとナイフを器用に使って、ハンバーグを一口サイズに切り分けて良く噛んで食べていた。

 音も注意深く耳を傾けないと気付けないくらい最小限に抑えており、その立派な作法には感心する他ない。

 昨日の昼食と夕食の時も思ったが、この子は小学1年生にしてはかなり食べ方が綺麗だ。

 

 覚えている限りでも俺や黒音が同じ歳の頃と比較しても、こんなに礼儀正しい食べ方をしていた記憶はないぞ。

 むしろ零すわ汚すわが当たり前のレベルだった。

 

 天梨がどれほど徹底して教育して来たのかが垣間見える姿に、なれるか分からないが親になったとしてもここまで完璧に教えられる自信が無い。

 その時が来たら、是非とも彼女にご教授願おうと切に誓った。

 ……そもそも相手がいないけどな。


 ──やめよう、虚しいだけだコレ。


「あまなちゃんってホント食べ方綺麗だよね~。まるでお姫様みたいだよ」

「えへへ。ママがりっぱなオトナになるためにーっておしえてくれたのー」


 あの天梨が真剣な面持ちでそう口酸っぱく語る様子が容易に浮かんで来る。

 褒められたあまなちゃんは朗らかに笑みを浮かべながら、ハンバーグを頬張って食べ進めていく。


「ほ~ん、あまなちゃんのお母さんかぁ。で、どんな人なのアニキ?」

「なんで俺に聞くんだよ?」

「こうやって預かってる時点で面識あるからに決まってんでしょー?」

「まぁあるけど……」


 ニヤケ面で尋ねて来る黒音に苛立ちを感じながらも、面識があることを肯定する。


 ついでに言うと週2日に手作り弁当も渡されてたりするが、わざわざ言う必要もないだろうと黙っておく。

 ともかく、天梨の人柄を黒音に教えないとしつこく聞いて来そうだ。

 妹がそういう奴だと把握しているからこそ、はぐらかすことなく伝えることにした。


「美人で絵に描いたような真面目な性格で、あまなちゃんのためを想って考えられる人としても親としても非の打ち所のないな」

「へぇ~あまなちゃんがこんなに可愛いからある程度は予想してたけど、やっぱ美人なんだ」

「初めて会った時は俺より年下だって分かるくらいだったしな。特に料理の腕なんて黒音といい勝負出来るレベルだぞ」

「なるほどなるほど~」


 俺の説明に納得した黒音は何やらあからさまに頷いて見せた後……。





「で? ?」

「──っ!?」


 心臓を鷲掴みにするような質問を被せて来た。

 え、なにそのめっちゃ確信めいた質問……俺なんか口走って──るわ、思い切り天梨と黒音の料理と比べた発言してましたねハイッ!

 自爆という救いようのない失言に頭を抱えたくなるがそんな暇を許すほど、妹の好奇心は優しくなかった。


「ロリコンかと思いきや人妻趣味だったとは……妹としては兄のアブノーマルな趣味に呆れるしかないわー」

「違うからな!? あれは天梨が俺の栄養管理を買って出てくれたからで──」

「呼び捨てイタダキマシタァーーッ! やだ、アニキってば子持ちの人と名前で呼び合う仲とかやるじゃん!」

「いやいや、お前が期待するようなことは何も起きてないからな!?」

「またまた~今を逃したら結婚の望み薄だよ? ちゃんとチャンスをモノにしなきゃ~」

「コイツ……!」


 反論すればするほどドツボに嵌っていくように追い詰められてるよチクショウ!

 確かに天梨みたいな女性と信頼を築けている今はチャンスではあるだろう。

 だが、彼女をどうこうするつもりは毛頭ないのも事実だ。

 

 なので黒音の邪推は無意味ではあるが、それを言ったところで止まるようなやつじゃない。

 どうやって黙らせようか頭を悩ませていると……。


「おねーちゃん」

「ん? どしたのあまなちゃん」

「──ごはんちゅーはしーっだよ」

「…………はい」


 あまなちゃんが目が笑ってない笑みを浮かべて容易く黙らせた。

 すげぇなぁ……幼女に正論説かれただけでこうもあっさり……。


「おにーさんもだよ」

「あ、はい」


 俺も怒られてしまった。

 何とも兄妹共に情けない姿を晒すのだった……。


 =====


 そうして昼食を終えた俺達は次の店に回る前に、フードコート近くの本屋を待ち合わせ場所にしてトイレ休憩を挟むことになった。

 だがこういう時に限って何故か男子トイレがやたら混んでおり、ようやく順番が来た頃には10分以上も経ってしまったのだ。


 トイレを終えてから着くと、先に来ていた黒音がやたらと周囲を見渡していた。

 それに……。


「黒音、どうしたんだ? あまなちゃんはまだなのか?」

「っ! ぁ、あ、アニキ……」


 妹に尋ねたように、一緒に女子トイレに向かっていたはずのあまなちゃんの姿がなかったのだ。

 問い掛けられた黒音は普段の強気が嘘の様に弱々しい表情を向けて来る。

 まるで何か焦っていて、でもどう行動すれば迷っているような感じ……。


 ──瞬間、とある可能性が頭を過った。


 もしこの予想が当たっているのなら、妹が感じている焦りは至極当然のモノだと察する。

 こちらの表情が強張る様を見ていた黒音は、罪悪感に満ちた眼差しを浮かべて顔を俯かせ……。





「あ、あまなちゃんと、はぐれた……」

「っ!」


 この広いショッピングモールで、あまなちゃんが迷子になってしまった事実を告げたのだった。


  

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