娘さんとは大変仲良くさせて頂いております


 

 天梨の父親にして、あまなちゃんの祖父であるおっさんからに謝罪を受けるため、南家に向かう日が来てしまった。

 実に憂鬱だ。

 一昨日の初邂逅時は、今にも殺して来そうなくらい激情をぶつけられたのに、娘に説教されたからって反省して謝罪するっておかしな話ではないだろうか?

 仮に事実だとすれば、あの人に父と祖父としての威厳は皆無ということになるだけだが。


 念のため、菓子折りを買って来てはいるが……気休めにすらならないのが現状だ。


 そんな精一杯の現実逃避も虚しく、俺は南家のあるマンションの184号室の前まで来ていた。

 かつてない緊張感から、インターホンを押す指が重く感じる。

 こんなの初めてだわ。


 だが押さないと何も始まらない……そう意を決してインターホンを押した。 


 ──ピンポーン……。


『はい、南です』

「あ、天梨か? 約束通り来たんだけど……」

『分かりました。少し待って下さい』


 軽快な効果音が鳴って間もなく、天梨が応答した後にドアが開かれた。

 濃い茶色の髪を束ねて右肩に流し、白色を基本に緑の葉が刺繡されている膝上の丈のワンピースに紺のデニムという、シンプルが故に彼女の魅力を隠すことなく曝す装いだ。

 

 この姿を見た人は視線を向ける相手が子持ちだとは夢にも思わないだろう。

 そう確信させられる程に、私服姿の天梨に見惚れる。


 っと、いかんいかん落ち着け~……会うのは天梨やあまなちゃんじゃなくて親御さんなんだ。

 今さらだけど、俺は二人のどっちを基準にしてあの人を呼べばいいんだろうか?

 正直、どっちで呼ぼうとも一昨日のように怒りを買う未来しか見えないのだが。


「早川さん?」

「え、あ、悪い。天梨がいる時にそっちの家に入るのが初めてで緊張してた」

「──っ、あ、天那の宿題を見て頂いた時と同様に何も変わった物はありませんから、お気になさらず入って下さい」


 咄嗟に返した言葉に、天梨は妙に早口になって促してきた。


「それもそうか。んじゃ、お邪魔します」

「はい、いらっしゃいませ」


 そうして彼女の案内の元、南家のリビングに行くと確かにあまなちゃん達の宿題を見た時にお邪魔した時と、家具の位置に変わりはない。


 ──ダイニングテーブルの椅子に腕を組んで腰を掛けているおっさんと、その隣にニコニコと笑みを浮かべる温厚な雰囲気を漂わせる女性がいる点を除けば。

 

 わっか。

 流石天梨の母親、少なくともアラフォーは越えてるはずなのに孫がいるように見えないんだけど?

 アラサーって言われても信じられそう。


 そしてやはりというか、おっさんから向けられる威圧が半端ない。

 全然反省してるように見えないよ。


 色々気にはなるが、まずは挨拶をしないと。 


「えと、初めてまして。早川和と言います。これ、良かったらご家族で食べて頂ければと……」

「あらあら、これはご丁寧にどうも~」


 明らかに敵対心マシマシなおっさんにではなく、優しそうな天梨の母親へ挨拶と共に菓子折りを手渡す。

 至って物腰柔らかな対応に安堵していると、何故かプレッシャーが強くなったように感じるではないか。


 恐る恐る顔を向けると、圧を放つ正体が天梨の親父さんだと分かった。

 大方、菓子折り程度で買収出来ると思ったら大間違いだ的な考えだろう。

 とんだ言い掛かりだし、中身はあまなちゃんが美味しく食べられるようにフルーツゼリーを選んだんだぞ。


 一体これのどこが反省したって言うんですか、天梨さん……。

 

「天梨の母の南真由巳まゆみです。ほら、あなたも」

「ッチ……南亘平こうへいだ」

「ど、どもっす……」


 天梨の母親──真由巳さんに促されて、親父さん──亘平さんが舌打ちした後に渋々名乗った。


「ごめんなさいね~? この人、娘と孫に怒られたことを根に持ってるだけなのよ~」

「それ俺に言う必要あります?」

「お父さんは今日の晩ご飯を自分で用意して下さいね」

「!?」


 要は微塵も反省してないし謝罪する気ゼロってことじゃねぇか。

 しかもそのせいでまた自爆してるし。

 憎しみは何も生まない光景を目の当たりにした瞬間だった。


「全く……すみません。父が意固地なせいでまた早川さんにご迷惑を……」

「別に天梨が謝ることじゃないって」

「そーだそーだ! 貴様はとっとと帰れ!」

「あなた?」

「あ、はい」


 天梨に向けた言葉に過剰反応したせいで、また墓穴を掘ってるよ……。

 今のやり取りで南家における亘平さんの立場が低いことが判明したな。

 

 一々相手にするとキリがないと判断して、気にしてないと笑みを浮かべる。


「迷惑よりは、頑固なところが似てて微笑ましいくらいだ」

「わ、私はそんなに頑固ではありません」

「いやいや、自分の子供のために初対面の相手でも強く出れるとこなんか、そっくりじゃねぇか」

「うっ……」


 事実を突き付けられて言葉を詰まらせる。

 あの時と比べれば驚く程仲良くなれているし、出来れば亘平さんとも──いや無理かな。

 天梨と話してるだけなのに殺人も厭わないレベルで睨んで来てる。

 

 まだ25歳なのに死にたくないわ。 

 

「あらあら~。仲が良いのね~」

「まぁ良くさせてもらってるのは事実です」

「そんな、それはこちらのセリフです。天那だけでなく私も助けて頂いてますから」

「いやいや、俺の方が──」

「いえいえ、私の方だって──」

「あらあらあらあら~~!」


 互いに意地になって張り合ってると、真由巳さんはさらに歓喜に声を震わせる。

 そんな反応をされるような会話をしているように見えないのだが……亘平さんの睨みがどんどん強くなってきてるし、一旦切り上げた方がいいか。


「えと、こんな感じでお互い助け合ってる感じです」

「そうなのね~」


 それでも真由巳さんは微笑ましく見つめる表情を止めてくれない。

 なんだかあらぬ勘繰りを受けている気がしないでもないが、ツッコむだけ野暮だろうと流す。


 しかし、俺は今日ここに来たのって亘平さんが謝るからって話だったのに、一体いつになったら本題に入るんだろうか?

 当の本人に謝罪の意思がないと判明したため、来た意味が無いようにも思える。

 

 まぁそれならあまり長いする必要もないかと考えていたら、リビングのドアがゆっくりと開かれた。


「あっ! おにーさん!」

「あまなちゃん!?」


 やって来たのは、胸元にウサギがプリントされている涼しそうな水色のキャミソールに、ピンクに白のハート柄のフリルスカートという、今日も大変可愛らしい装いのあまなちゃんだ。

 

 瞬間『あぁこれ長居しなきゃいけないのもしれない』と、苦笑いを隠せずにいられない心境に陥ったのであった。

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