嫌だ、行きたくない!



「ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハ、ヒーィヒヒヒヒヒヒヒヒッ! つ、遂に親父さん……いやお爺さんにバレたとか、クッソウケるんですけど!!」

「そんな笑うなよ……こっちは今にも通報されるんじゃないかってヒヤヒヤしてるんだからさぁ……」


 本日分の配達を終えて本社に戻り、丁度居合わせた三弥に天梨の父親もとい、あまなちゃんの祖父に会って思い切りキレられたことを伝えたら、この通り大爆笑されたのだ。

 通報の覚悟はしているものの、天梨の方から何らかのフォローはなされているはずだが、まだ連絡はないから手放しに安心は出来ない状態である。


 とにかく、しばらくは向こうからのアクション待ちが最善だろう。

 にしてもいくらなんでも笑い過ぎじゃないかコイツ……。


「しっかし、絵に描いたような親バカと爺バカを拗らせてんだなぁ、その人」

「天梨とあまなちゃんは注目されやすいからな。ぶっちゃけ心配する気持ちそのものは理解出来る」

「むしろそんななのによく旦那との結婚を認めてくれたなって思うわ」

「あ、あぁ……」


 三弥の言う通り、あれで1度は天梨の結婚を認めてたんだよな。

 当時まだ学生だった彼女と、その家庭教師だった男性がデキ婚した結果、あまなちゃんが産まれてるわけだし。


 あれは、天梨が2度と好きな人を亡くして悲しまないように、あの人なりに心配しての行動なのだろう。

 だからといって、ただの配達員の俺にまで喧嘩腰で迫られても困るのだが……いや、グレーゾーンにいる自覚はあるけどさ。


「で? 和はどうすんの?」

「天梨からの連絡待ち。向こうなりに弁明してくれてると思うからさ」


 最後の配達が終わった頃にメッセージを送って見たが、まだ返信はない。

 返事が来るまで気が休まらないが、そこは焦っても仕方がないだろう。


 だが、俺の返答がおかしいのか三弥はニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべる。


「……なんだその顔は」

「いんやぁ~? あまなちゃんの母親と仲が良いんだなぁって思っただけだよ」

「天梨の親父さんにも似たようなこと言われたけど、そんな関係は一切ないからな?」

「またまたぁ~」


 コイツといい黒音といい、なんだって人を勝手に恋愛事に結び付けようとするんだ。

 

「お疲れ様、2人共」

「おっつー、茉央ちゃん」

「よ、よう。茉央」


 三弥に軽く呆れていると、同じように仕事を終えた茉央がやって来た。

 

「2人で何を話していたの?」

「えっと……」

「和が南家の祖父にばったり遭遇したんだってよ」

「おい!」

「ふ~ん……」


 言おうとしたら三弥が先に明かしてしまったので非難するが、茉央の反応は予想より遥かに落ち着いたものだった。

 プールの時みたいに怒らせてないか一瞬ヒヤッとしたが、杞憂のようだと胸を撫で下ろす。


 ともあれの天梨の父親との間にあった出来事を話すと、茉央から呆れたようなジト目を向けられた。


「あまなちゃんと仲が良いのは知っているけれど、やっぱりもう少し警戒心を持った方がいいわよ?」

「うっ……」


 天梨からも指摘されたことであるため、返答に詰まってぐうの音も出ない。

 確かに受け取りの時に天梨とあまなちゃんの名前を出したもんだから、あのおっさんにあそこまで敵意を露わにされたわけだし、もう少し考えて行動しよう。

 社会人になって8年目なのに今更な反省をしていると、スマホから着信音が鳴り出した。


 差し出し人は……。


「あ、天梨からか」

「「──っ!?」」


 聞かれない程度に呟いたはずだが、三弥と茉央にはばっちり聞こえていたらしい。

 だって、今めっちゃ後ろから人のスマホを覗き込んでるんだもの。

 配送会社に勤めているのにプライバシーガン無視かよ。


 色々言いたいことはあるが、とりあえず天梨から送られてきたメッセージに目を通す。


『こんばんは、早川さん。今日は父がご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした』

「うわ、文章丁寧だ。これだけで品格高いって分かるわ」

「ちょっと、まだ途中なんだから茶々いれないで」


 まだ冒頭なのに三弥が分かり切ったようなことを言い出した。

 茉央がすかさず苦言を口にするが、キミらの中に覗かないって選択肢はないのかね?

 

『父に早川さんとの関係を話した結果、十分に反省した父が謝罪をしたいとのことですので、ご足労とは思いますが都合の良い日に我が家へ来て頂ければ幸いです。おやすみなさい』

「「……」」

「都合の良い日か……明後日が休みだからその日で良いか、と」


 何故か黙り出した2人を他所に明後日なら行ける旨の返信をすると、すぐに『了解しました』と返って来た。

 これで一応は通報の懸念が晴れたかと安堵する。

 いやぁ安心安心……。


「南家に……? ご両親と対面……?」

「やべぇよ茉央ちゃん……。コイツ着実に外堀を埋めに行ってるよ……」


 ……と思ったら、まぁ~た何か勘違いしてる2人の反応が気掛かりになる。

 三弥は嫉妬と羨望のそれだが、茉央はどうしてか絶望したような面持ちだ。

 

 今のメッセージのどこかにそんな表情をされる要素があったか?

 考えてもまるで分からん。


「か、カズ君……会うのって天梨さんのお父さんなのよね?」

「謝りたいってあるし、それ以外いないだろ」

「その、怒らせた理由って『娘さんを僕に下さい』的なものなの?」


 なんだその飛躍した話は。

 仮にあの親バカと爺バカのハイブリッドなおっさんにそれ言ってみ?

 多分、俺はこの世から居なくなってるはずだから。


「違う違う。普通に娘と孫とはどんな関係だって言われただけ」

「そ、そう……良かったわ」


 何がだろう……バレた時点で詰みに等しかったんだが。

 まぁ茉央が冷静になったようだからそれでよしとしておこう。


「娘はともかく孫って中々聞かないレアケースだよなぁ」

「現代社会じゃ地域交流に公務員やボランティアでもない限り、他人の家の子供と親密になるなんてこと自体御法度だもの。ちょっとだけれどもその人の気持ちは分からなくもないわ」

「えぇ、大変肩身が狭い思いですよ……」


 なんで何も悪いことしてないのに、こんな思いをしなきゃいけないんだろうな。

 俺はただ仕事の疲れを癒して欲しいだけで……ってこれ文章にすると字面凄いなオイ。

 

「どっちにしろ、南家に行ったら警察が待ち構えていたなんてことにならないように祈ってるぜ!」

「そんな不吉な祈りいらねぇよ!! そう言われると途端に行きたくなくなるから止めてくんない!?」


 しないって信じてるけど天梨にそんな真似されたら、一生人間不信になりそう。

 でもあのおっさんなら、反省したふりをして裏で通報なんてことも……うわ、なんだか現実味を帯びて来たんだけど……。


 どうしよう、やっぱり断ろうかな……。


 そんな不安を抱えながらも、約束の日は無情にも訪れるのだった……。

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