両手の華がトゲを刺して来るんですが



 黛さんと話を終えて戻ってきたら、職場の同僚と友達(小1)の母親が喧嘩していました。

 これだけ聞くとたまたまその現場を目撃しただけみたいに思うだろうけど、実際の状況はより複雑化している。


 何せ……。


「カズ君!」

「早川さん!」

「いだだだだ!?」


 間に俺を挟んで、2人して腕が千切れるんじゃないかと思うくらいに引っ張って来るんだから。


 両手に華じゃないかって?

 普通ならそうだろうが待って欲しい。

 2人共怒り心頭な様子だし、一体何があってこうなったんだ?


「早川さんが痛がっていますよ? 優しい同僚であるならば離すのが賢明ではないでしょうか?」

「それなら、相手は娘さんの大事な友達なんでしょう? あまり意地悪をしたら泣かせちゃうんじゃないのかしら?」

「何ですか!?」

「何よ!?」

「落ち着けよ! 大体天梨も茉央もなんで喧嘩してんだ!?」

「「カズ君(早川さん)のせいでしょ!!?」」

「え~……」


 意味が分からない……。

 これが実は二股してましたーってことならともかく、俺は2人とはそういった関係じゃないんだけど?

 それがどうしてこんなことになってるんだ。


 あまりに騒がしいせいで、めっちゃ周囲から注目されてるのに気付いてます?

 特に俺に侮蔑の視線が向けられているのは気のせいですか?

 え、これ俺が浮気してるって思われるの?

 そんな事実一切ないのに!?

 

 た、助けて!

 もう誰でも良いから早く俺を助けてくれ!!

 

 何を言っても引き下がらない2人の説得を諦めて、情けないながらも心の中で必死に祈る。


「もう! ママもおねーさんもケンカしちゃだめー! おにーさんがかわいそー!!」

「「──っ!?」」


 果たして祈りは届いた。

 天使から齎された鶴の一声により、ようやく我に返った2人は腕を離してくれたのである。


 そしてその結果に導いた天使こと、あまなちゃんは頬をプクッと膨らませて可愛くも怒ってますアピールをしていた。

 子供に喧嘩を仲裁されたことで、天梨と茉央は周囲から視線を集めていたことも相まって揃って顔が赤い。 

 まぁあれだけ騒いだら恥ずかしいわな……。 


 自分が中心にいたとはいえ、そう他人事のように思ってしまう。

 見事喧嘩を止めたあまなちゃんは、俺の傍に近寄ってさっきまで掴まれて赤くなっている手首に小さな手の平を重ねて来た。

 

「おにーさん、だいじょーぶ? いたいのいたいのとんでけ~ってしたら、いたくなくなる?」

「うん」

「それじゃ、いたいのいたいのとんでけ~!」


 提案を拒否することなく受け入れるや否や、あまなちゃんは手首の赤い所を優しく撫でてくれた。


 なんだこれ天使か?

 いや天使以上だ、女神様だわ。

 癒しと優しさを司る女神って言われても信じられる。


 俺あまなちゃん教に入っちゃうよ、信者1号名乗ってもいいですよね。

 夏の日差しが後光のようにすら思える。


「……もしかして、1番警戒しなきゃいけないのって、あまなちゃんなのかしら?」

「あの様子を見て誰かが通報するかもと思ったのですが、何故か天を仰いだりサムズアップをしたりしてますね……」

「誰か『尊い……』って呟いてるのも聞こえるわ」

「……あまり人の娘を奇異な目で見ないで欲しいものです」


 冷静になった女性陣が何か言っているようだが、女神の御業によって絶賛回復中なのでまるで気にならなかった。


 =====


「いやぁ~、なんとか治まって良かった良かった!」

「遠巻きで眺めてるだけだったくせになんで功労者面してんの?」

 

 どこかに行っていた黒音が戻るなり告げた言葉に愚痴をぶつける。


 ひとまず落ち着いたところで、俺達はフードコートの椅子に腰を掛けて昼食を摂ることにした。

 ただでさえ男が俺しかいないのに、茉央まで加わるとさらに肩身が狭くなった気がするが、もう気にするだけ疲れるだけだろう。

 

「アニキが原因の事に妹のアタシを巻き込まないでよ~。こっちはこっちではすみちゃん達を怖がらせないようにしてたんだからね?」

「え、あ、そうだったのか……」


 こいつなりに配慮した結果だったのか……。

 だったら若干申し訳ないな。


「おねーちゃんのおむね、すっげぇゆれてて、うきわみたいにういてたっす!」

「あ、アタシもあれくらい大きくなるんだもん!」

「すべすべで、ふわふわだったね~……」


 その子供達がお前の胸のことしか言及してないんだけど、一体何をしてたんだ?

 あ、茉央が地味に恨めしそうな目をしてる……。

 よく考えたら、あまなちゃんは黒音や友達より俺を優先して助けてくれたってことになるのか……いや、どっちかっていうと天梨と茉央の喧嘩を見てられなかったんだろうな。 


 それでも俺が助かったことに変わりはないから、全然気にならない。


「あの、早川さん……先程は取り乱してしまって申し訳ありませんでした」

「私の方もごめんなさい。ちょっと……いやかなり余裕が無かったわ」

「いいっていいって。2人に怪我がなかったんだし、腕だってもう痛まないからそんなに畏まらなくてもいいさ」


 戸惑いこそすれど、根に持つ程のことじゃない。

 顔を俯かせて気落ちする天梨と茉央を励ますと、2人は肩を小さく揺らして目を合わせて来た。


「っ、そう、ですか……」

「もう……」


 しかし、程なくして頬を赤く染めて目を逸らしていく。

 許されると思ってなかったから、驚かせたか?


「うわぁ~……そういうとこだよ、アニキ」

「何がだよ……」


 そして何故か黒音に呆れたようなジト目を向けられた。 

 そういうとこってどういうとこなのかハッキリ言えよ。

 

「にしても、茉央の方は三弥と喧嘩してたことがあるけど、天梨がああも感情的になるのって珍しいな」

「──っ」


 一度だけ……確かあまなちゃんの授業参観の日に彼女を学校へ送ったことがある。

 その時に涙を流すくらい思い詰めていたことがあったが、あの時とは妙に感情の矛先が違った気がした。

 怒るにしても普段なら理路整然と痛い所を突いて来るような感じなのに、気持ちだけが先走って理屈が抜け落ちていたように思える。


「……少し、席を外します」

「え、天梨?」

「すぐに戻りますから、一人で大丈夫ですよ」

「お、おう……」


 言うが早く、天梨は席を立ってあっという間に人混みに紛れていった。

 トイレだろうか……そう思って触れたら折れそうだと思える白い背中を見送るが、突如脇腹を突かれて「とぅおっ!?」と情けない声を発してしまう。


「なにすんだ茉央!?」

「良いから、早く彼女を追いなさい」

「は?」


 天梨の様子に何か違和感でも気付いたのだろうか、茉央がそう告げるが訳が分からず首を傾げる。

 その表情が、納得はしていない渋々に見えるからだが、何か言うより先に今度は右手を引かれた。


「おにーさん、あまなもいっしょにいっていい?」

「え、いい、けど……」


 茉央だけでなく、あまなちゃんも母親の様子が気掛かりだったようだ。

 はぐれないように手を繋いでから、2人で天梨の後を追うのだった。


 =====

黒音「茉央さんって、損する性格って言われたことありません?」

茉央「……自覚はしているわ」

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