天梨が戸惑う理由
あまなちゃんとはぐれないように手を繋いで、人混みの中にいるであろう天梨の姿を捜す。
真っ先にトイレへ向かい、あまなちゃんに中を確認してもらったが見つからなかった。
それからあてもなく施設中を捜してはいるが一向に成果は出ない。
「ママ、どこにいっちゃんだろ……」
「大丈夫、すぐに見つかるはずだよ」
あまなちゃんが零した不安そうな呟きに、根拠は無くともそう励ますのが精一杯だ。
こういう時にもっと効果的な言葉を伝えられたらいいが、今は無い物ねだりをしても無駄だろう。
それに天梨程の若さと顔立ちでは初見で子持ちだと分からないだろうから、いつかの黒音のようにナンパに絡まれても不思議じゃない。
変に絡まれて厄介事に巻き込まれる前に見つけられるといいのだが、如何せんシーズン真っ只中で人が多過ぎる。
彼女が娘を放っておくなんてことはないだろうが、このまま見つからないとあまなちゃんが熱中症を起こしてしまうかもしれない。
この子だけでも黒音達のところに戻すことも視野に入れるかと考えて、遊具のレンタルショップを通り掛かると……。
「ねぇ、いいじゃん~ヒマしてるんでしょ~?」
「子供と一緒に来ていると言っているはずですが?」
「そんな見え透いた嘘はいいって。恥ずかしがんなくてもいいから」
「恥ずかしさなんて微塵も感じていません」
苛立ちを含んだ聞き慣れた声が聞こえた。
……あちゃ~……どうして悪い予感っていうのはこうも的中するんだ。
聞こえた会話の内容にそんな頭を抱えたくなる思いを浮かべながらも、そこへ足を向ける。
そこには明らかに不機嫌だと分かる表情の天梨と、それを照れ隠しと受け取るポジティブ思考の見知らぬ男がいた。
見るからに高嶺の花であろう天梨に声を掛けるなんて、空気を読めないところも含めてなんて勇者なんだろうかと皮肉った目で見てしまうな。
自分の母親が知らない男と一緒にいることに、あまなちゃんは声も出さず俺を盾に身を隠していた。
三弥と似たような軽さではあるが、あれは俺の同僚だからという補正があったらしい。
天梨の顔色を見て、簡単に心を許して良い相手ではないと察したっていうのもあるだろう。
ともかく、このまま眺めるような傍観者でいるわけにはいかない。
あまなちゃんと目に目配せすれば、不安気ながらも俺の手を握ってくれた。
かつて公園でガキ大将相手に怒ったように、幼女らしからぬ勇敢さには称賛を送りたくなる。
「天梨、こんなところにいたのか」
「──っ、早川さん……」
ナンパ男にも聞こえるようにわざと大声で呼び掛けると、天梨は驚愕で丸くした目を向けて来た。
そこまで驚くことかと、一抹の疑問を懐くがすぐに流す。
「は? 何邪魔してくれてんのオッサン?」
誰がおっさんだ、俺はまだ25歳だっての。
ガンを飛ばして来るナンパ野郎の言葉に内心そう毒づくも、あくまで表面上は平静を保った。
こういうのは感情的になった方が負けだからな。
「邪魔も何も、俺はこの子を母親のところに連れて来ただけだ」
「ママー!」
「天那……」
「えっ!?」
天梨へ抱き着いたあまなちゃんを見て、ナンパ野郎は度肝を抜かれたように驚き出した。
強がりだと思っていた子持ち宣言が事実だったからなぁ。
そして一瞬だけ俺を見たのは、恐らく父親だと勘違いしているんだろう。
こんなに綺麗な嫁と可愛い娘がいたら、今まで通報されないか怯えたりしてないわ。
「で? ウチの連れに何か御用で?」
「……な、なんでもないっす……へへ、し、失礼しまぁ~す」
だがせっかくなのでその勘違いに乗っかって問い詰めると、ナンパ野郎はさっきまでの図太さが嘘のようにあっさりと引き下がっていった。
その図太さをもっと別の方向に向ければいいのにと呆れつつ、茫然としている天梨へ向かい合う。
「よっ。流石のモテ具合だな」
「見知らぬ人に言い寄られても迷惑なだけです……」
口調はキツめだが、まだ本調子でないようで棘が鈍っていた。
正直、天梨がこのままだと俺も調子が狂う。
う~ん、ここは思い切って踏み込んでみるか。
「なぁ、俺なんかしちゃったか?」
「──はい?」
「よく黒音や茉央にも言われるんだが、女心って中々分からなくてさ、自分でも知らない内に天梨の癪に障るようなことを言ったなりやったなりがあるんなら謝るよ。だから、その、機嫌を直してくれないか?」
「それは……」
恋愛ごとにはとことん縁がなかったせいで、何かと不興を買ってしまうことがある。
今回もそれに当たるのではないかと思って尋ねたのだが、天梨は悩まし気に瞳を伏せるだけで、その先を語ろうにも言葉に迷っているようだった。
あまなちゃんが不安そうに天梨を見つめるも、自分が口出しして横槍を入れるわけにはいかないと察しているためか無言のままだ。
「──分からないんです」
やがて、天梨は瑠璃色の瞳に困惑を孕ませながらもそう切り出した。
「早川さんに苛立ちを覚えた理由もそうですが、どうして堺さんとあんなに張り合ったのか、私自身が自分の行動の意味を理解出来ていないんです」
「……」
「その、なんかごめん……」
「早川さんが謝ることではありません……私が勝手にイライラしてモヤモヤしているだけです。こんな気持ち、初めてで、どうしたらいいのか、分からないことだらけで……」
天梨の抱えている迷いには、どう答えればいいのだろうか。
人は自分で思っている程、自分を理解出来ていないことが大半だ。
俺だって例外じゃない。
ぶっちゃけ天梨は自己分析が出来ている方だと思っていた。
それがこうして戸惑いを口にするなんて、意外というか余程の悩みなのだろう。
「──話したら、少し楽になりました。せっかくのプールなのにこんなあり様では、もっと楽しんでおけば後悔してしまいそうです。戻りましょう」
「あ、あぁ……」
結局どう答えようか考えている内に、天梨は話を切り上げてしまった。
小骨が喉に引っ掛かったような釈然としない気持ちを抱えながらも、黒音達の所へ戻ってプールを満喫しようと励んだ。
先の悩む素振りが嘘のように笑みを浮かべる天梨を見て胸を撫で下ろすが、それでもあの不安そうな表情が頭から離れることはなかった。
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