今は亡き人へ……



 思っていたよりも簡単な早さで、亘平さんに天梨との結婚を認めてもらうことが出来た。

 そこから真由巳さんが用意してくれていた昼食を美味しく頂く。


 途中で結婚までの馴れ初めを聞かれたが、流石に交際ゼロ日だったことには驚かれた。

 多分今年の初めの俺に言っても同じ反応していると思うので、亘平さん達の驚きは極当然だと思う。 


 そうして我が家へ帰る……前にもう一つだけやっておきたいことがあると、天梨から進言を受けた。

 なんだろうかと思い付いていくと、彼女は廊下に出てすぐの六畳間の和室へと入っていったのだ。

 疑問を感じつつも同じく入ろうとしたのだが、ふとあまなちゃんが足を止めているのに気付いた。


「あまなちゃん、どうしたんだ?」

「あのね、あまなはここにはいっちゃダメーって、ママやおじーちゃんたちにいわれてるの」

「へ? なんで?」

「わかんない」


 まさかそんな子供に見られたくないモノが……?

 なんて思ったのは一瞬で、すぐにその理由に行き着いた。

 

 なるほど、確かに前だったらそうだろうな。

 この子に関わる事情を知っている身としては、そう納得出来る。


「天那。それはもう忘れていいですよ」

「え、いーの?」

「ええ。どうぞ」


 俺達がそんな話をしていると、和室に入っていた天梨からあまなちゃんの入室許可が出される。

 今までは禁止だったのにと不思議そうな顔を浮かべていたが、中に入って真っ先に目に着いた奥の仏壇を見た途端、瑠璃色の瞳が大きく見開かれた。

 

 仏壇には天梨に瓜二つの勝気な女性と、眼鏡を掛けた優し気な男性の写真──遺影が置かれていたのだ。

 

 それを見て、亘平さん達があまなちゃんを和室に入れなかった理由が、先程浮かんだ予想通りだと分かった。

 遺影の2人は、女性はあまなちゃんの実の母親で天梨の双子の妹である南由那さん、男性の方は父親の真中辰人さんだ。

 まだ生まれて間もない愛娘を残して、不幸な事故で亡くなってしまった。


 両親の死という悲劇を隠すため、本来の続柄では伯母にあたる天梨が母親としてあまなちゃんを引き取ったのだ。

 父親の方は成長と共に察したようだが、母親に関しては秘密にしていた──双子故にひとたび遺影を見てしまえば疑いが避けられないために、和室に入ってはいけないと教えて来たのだろう。


 だが、夏休みの折にあまなちゃんは自分の出生に関わる真実を知ってしまった。

 あわや一家離散となるところだったが、本当のことを知っても尚彼女は天梨の娘であることを選んだため、結果的により絆を強くして解決したのである。

 そういうわけで、あまなちゃんはもう自由に和室に入って良いというわけだ。


 この話を聞いた時、たまたま居合わせた黒音と揃って驚いたのは鮮明に憶えている。

 事情を知っている身としても、線香の一つでも挙げておきたい。


 そんなわけで、天梨とあまなちゃんと並んで正座をし、手を合わせて仏壇に黙祷する。

 顔も名前も知らないやつにいきなり祈られても驚かれるだろうが、それでも俺は由那さん達に感謝したい。

 

 ──あまなちゃんを元気な体に産んでくれてありがとうございます。


「──仏壇からの挨拶も、お墓参りにも中々行けなくてすみません」


 そう感謝を捧げたと同時に、突如天梨が口を開いた。

 真っ先に飛び出た謝罪の言葉には、真面目な彼女らしい思いを感じる。

 

 あまなちゃんに本当のことを知られまいと、天梨は墓参りにすら行けなかったんだ。

 それは決してあの子が悪いわけではなく、隠すと決めた時から必然的に纏わり付いた制限だろう。

 けれども、その枷はもう外された。


「天那は……今年で小学生になりました。勉強は一生懸命に頑張っていますし、友達に囲まれています……中には女の子として好きになってくれた子もいるくらいなんですよ」


 あまなちゃんの近況を知ったら、きっと大喜びするだろう。

 そんな光景を浮かべているのか、天梨の声音はとても弾んでいた。

 

 大地君の恋心が知れ渡ってしまっているが、口を挟む野暮な真似はしない。


「天那は由那に似て可愛く元気に育っています。賢いところや優しい性格は辰人さんに似ていて、本当に2人の娘なのだと常々実感させられました」

 

 俺とあまなちゃんは2人のことを簡単にしか知らない。

 一方で良く知る天梨が報告を続ける表情は、家族に対する慈しみに溢れていた。 


「私のことも『ママ』と呼び慕ってくれて、おかげで何とか母親代わりをこなすことが出来ました」


 何とか……か。

 俺からしたら天梨以上に母親として上手くやれている人はそう多くないと思う。

 今のあまなちゃんがあるのは、当人の気質もあるだろうが何より彼女の行き届いた教育の成果でもある。


 つくづく俺には勿体無いくらい出来た嫁だ。


 なんて感慨深い気持ちでいると、天梨は深呼吸をして再び口を開く。


「そんな私も……結婚することになりました。2人に報せるのが遅くなってしまってすみません。和さんは……私や天那の事情を知っても親身になってくれる優しい人で、頼りがいのある男性です」


 突然ドストレートに惚気られて照れてしまうが、天梨がそう言うのは由那さんと辰人さんに悪い奴じゃないと教えるためだろう。

 大事な奥さんがこう言ってくれるのだから、それに応えられるような良い旦那を目指さないとな……。

 そう密かに決意する。


「彼と私を結び付けてくれたのは天那のおかげです。あの時……由那が産むと決めた子がいなければ、顔も見ずにすれ違っていたかもしれません。そう思うと……まるで奇跡みたいだと思いませんか?」


 天梨のその言葉は、俺が最後の配達で感じたことと同じ気持ちだった。

 あまなちゃんがいなかったら今の幸せはない……まさにキューピッドとも言えるだろう。


 胸の奥に熱い気持ちがとめどなく溢れ出して来る。


「──由那さん、辰人さん。初めまして。さっき天梨から紹介された早川和です。2人が残してくれた小さな女の子は、俺達にとってかけがえのない大事な家族です。こんな奇跡みたいな絆を手放さないように、幸せにします……どうか、天国から見守っていて下さい」

「和さん……」


 突き動かすような想いのまま、気付けば頭を下げながらそう告げていた。

 いきなりの行動に 天梨が驚いたように呟く。

 

 けれども後悔はない……逆に言わなかったらしていた程だ。

 それくらい、会うことなく亡くなってしまった2人に恩を感じていた。


「──ママ。パパ。ふたりとも、どんなひとなのか、どんなこえなのかしらないけど、あまながげんきなのはふたりのおかげだってわかるよ。だから、あまなをうんでくれてありがとー」

「天那……」


 俺の言葉に影響を受けたのか、あまなちゃんも続いた。

 それは一切の淀みがない、この世に生を受けられた感謝の念が込められていた。

 大事な大事な今があるのは、紛れもなく天国にいるであろう2人のおかげだと。  

   

 感極まったのか、天梨は声を殺しながら涙を流し出した。

 止める理由もないため、せめてと彼女の肩を抱き寄せる。


 由那さんと辰人さんの分も、幸せになろう。

 細やかでもそう心に願いを宿すのだった……。

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