【本編完結!】ブラック労働で死にそうなくらい疲れている俺を癒してくれたのは、配達先の小さな天使でした

青野 瀬樹斗

あまなとおにーさんはおともだち!

癒しを司る小さな天使に出会いました(事案ではない)☆


 ──死ねる。


 今年で26歳になり、いよいよアラサーが見えて来たなと密かに自虐する今現在の俺──早川さがわやまとの心境を一言で表すのなら、それ以外出て来ないと断言出来る。


 高校卒業後、大学に進学することなく就職を機に心機一転、故郷から離れた土地で1人暮らしをしようと決めたまでは良かったものの、今ではもっと違う会社に就職すればよかったと絶賛後悔する日々だ。


「なんでよりによって運送会社にしちゃったかなぁ……」


 様々な理由から配送を依頼された商品を段ボールに収納して、指定された住所まで運ぶだけの簡単な仕事……その認識から既に間違っていた。


 運転免許と大型免許取得の補助もされるっていうから、めっちゃいいじゃんと軽く思ったのも悪循環の要因だろう。

 運転免許取得まではひたすら事務業で、荷物の配送先からスケジュールの調整などの基本はもちろん、いざ免許取得してからも配送のために、市内をひたすら四方八方に駆けずり回る日々。


 車中泊は日常茶飯事で、自宅には3日に1度帰られればマシなレベル。

 そんな苦労の末に得られる給料も決して高いとは言い難い金額だ。


 ブラック企業じゃねえかって?

 運送会社ならこんなもんだよ(注:幾分偏見が含まれています)。


 さらに先日、新人の頃から世話になってた先輩が腰痛を理由に退職することになった。

 寂しくなるのと人員的な理由で非常に残念だが、痛めた体に鞭打って余計に壊してしまうよりはマシだし、結婚もしてるので家族のことも思えば無理に引き止めて辞めないでくれなんて言えない。


 ともかく、そうなれば抜けた穴を埋める人材が来る……なんてこともなく、来たのはありがたくないしわ寄せだった。

 

 配達員全員がその先輩が担当していた区域を分担することになり、1人当たりの担当区域が大きくなったのだ。


 上司からそう伝えられた瞬間、従業員全員が同じ思考に至った。


 ──給料は増えないクセに仕事の量だけが増えやがった、と……。


 いっそ俺も辞めてやろうかと言ったら他の同僚や後輩達の顔に死相が浮かんだので、今日までずるずると続けて来た。


 が、いい加減もう限界である。

 本当に辞めて実家で農業の手伝いする方が万倍マシじゃないかと本気で考えている内に、次の配達先に着いた。


「ええっと、マンション『エブリースマイル』の一階にある、184号室か……」


 これはありがたい。

 マンションと分かって上の階に上らなきゃいけないのかと憂鬱になっていたが、一階なら比較的マシだという事実が少しだけ心を軽くしてくれた。


 四月の風がふわりと心地良く吹く感慨に耽る間もなく、トラックの荷台にある荷物を取り出す。


「……そういえば、このマンションって先輩が言ってたところだよな」


 ふとあることを思い出した。

 退職する先輩の送別会で、俺がこのマンションのある区域を担当することになったと言った時の会話だ。

 

『お、あのマンションのある区域を早川が担当するのか』

『え、なんかあるんすか?』

『おうよ。まぁ、行ってみたらわかるさ』

『えぇー……』


 妙に勿体ぶる先輩から詳細を聞くことが出来ないまま、来ることになってしまった……。

 一見、都会ならどこにでもあるような全11階建てのマンション……玄関のセキュリティなどは万全だと聞いている。


 一体何があるっていうんだ……?

 そんな疑問を抱きつつ、目的の184号室へと荷物を抱えて向かう。


 このお宅は毎週の火曜日と金曜日に、野菜や肉などの食材を詰め合わせた『食材宅配サービス』を利用しているため、俺がこの区域を担当する限り1週間に2回、こうして配達に来ることになっている。


 正直面倒くさい……のだが、ここで気になるのが先輩の意味深な言葉だ。

 そこで俺なりに予想していたた結果──多分184号室にはもの凄い美女か美少女がいるのではないだろうか?


 ──ズルい。


 結婚して子供までいるという順風満帆な家庭を築き上げているのに、そんな人物とまで顔見知りとはズルいこと他ない。

 だがしかし、今184号室へ食材を届けるのは俺だ。

 担当する配達員が代わったことで戸惑うかもしれないが、これから何度も顔を合わせることになる。

 つまり、仕事とはいえ自然とスキンシップの機会があるのだ。


 もう26歳になるのに恋人の一人もいない俺には、これ以上ないチャンスだろう。


 そんな期待を抱きながら、ついに184号室の玄関前へと辿り着く。

 備え付けのインターホンを押し、中からピンポーンと最早聴き慣れた音が聴こえた。


『はーい!』

「どうも、ウミネコ運送です。荷物のお届けに来ました」

『はい、すぐにいきまーす!』


 インターホンのスピーカー越しに聞こえた声は、やけに元気溌剌としてて、どこか舌っ足らずなようにも聞こえた。

 

 これはどちらかというと美少女側か?

 そう思うのも束の間、ガチャリとドアのカギを開ける音がした後、ゆっくりと開かれた。


 さぁ、遂にご対面だ……!


 思い切り顔を合わせることになるだろうと真正面に目を向けていたが、開かれたドアの向こうには人の顔が見えることなく奥の廊下だけが見えていた。

 

「え……?」

 

 思わず小さな声が漏れる。


 え、無人!?

 いや、さっき対応してくれたのはちゃんと人の声だったはず……なら透明人間か!?


 戸惑いを隠せずにどうしたものかとオロオロしていると……。



「いつもごくろーさまです! はい、ハンコ!」

「は──」

「あれ? おにーさん、はじめましてのひと?」


 不意に舌っ足らずで元気な声が下から聞こえ、恐る恐るそちらへ視線を向けると……。


 ──天使がいた。


 明るい茶色の髪を2つのおさげにして、大きな瑠璃色の瞳は相手をしっかり見ようとハキハキと開かれていてる。

 摘まみたくなるくらいに突き出た鼻やぷにぷにして柔らかそうな頬っぺたと、俺の腰までしかない身長から分かる小さな体はどこをどう見ようと紛うことなき幼い少女だった。


 キャラクター物のシャツとチェックのスカートという可愛らしい装いも、その幼さに拍車を掛けている。


 いやいや、落ち着け……今までの配達でも子供が受け取りに出てくれたことくらいあっただろ。

 そう自制してから、まずはこの子の疑問に答えることにした。 


「今日から俺がこの辺りの担当になったんだ。えっと、南さんのお宅で間違いないかな?」

「そっか! はい、みなみあまなです! しょーがくいちねんせーです!」


 俺の確認に天使──あまなちゃんはニパッと笑みを浮かべて答えてくれた。

 うん、この無警戒ぶりは子供そのものだな。

 『はい』の一言で済むところを、名前だけでなくご丁寧におおよその年齢まで分かる自己紹介までしちゃってる。


「あまなちゃん? 自己紹介するのは礼儀正しいけど、知らない人の前ではしない方がいいんだぞ?」

「え? でもがっこーのせんせーは、ちゃんとじこしょーかいしなさいっていってたよ?」

「それは知ってる人に対してだよ。初めての人には名前まで名乗らなくていいんだよ」

「どーして?」


 俺が事案認定を受けて社会的抹殺を受けるからです。


 ……と言ったところで、小学一年生のあまなちゃんに理解出来るはずもないので、この子に分かりやすい言葉に変えて伝えることにする。


「知らない人からお菓子を貰ったり、付いて行ったらダメなのと一緒だからだよ」

「わかったー!」


 元気のいい返事に、そのあたりは学校と親の教育が行き届いてるようでホッと安心する。

 よし、そろそろ仕事に移らないと。

 

「それじゃ、ここに判子を押してくれるかな?」

「はーい!」


 俺が受け取り印を押すように促すと、あまなちゃんは慣れた手付きで判子を握り、ポンッと押してくれた。

 ちゃんと押し印されていることを確認した俺は、それをポケットにしまう。


「それじゃ、これはどこに置いておこうかな?」

「こっちにおねがいします!」


 あまなちゃんが指した場所に食材が入った段ボールを置き、ようやく荷物の重みから解放された俺はググっと背伸びをする。


「はぁ~……」

「おにーさん、つかれてるの?」


 思わず出たため息に、あまなちゃんが心配そうに尋ねて来た。

 しまった、お客様の前で背伸びした挙句にため息までつくなんて……それに子供の前でだなんて教育に悪いよな……。


 彼女が尋ねた通り本当は死ぬほど疲れてるけど、俺は何でも無いと訴えるように笑みを浮かべる。


「なんでもないよ。それじゃこれで──」

「あ、ちょっとまってて!」

「え?」


 次の配達もあるから立ち去ろうとした瞬間、あまなちゃんは何か思い出したかのようにハッとした表情をした後、パタパタと居間の方へ駆けて行った。

 十秒程で戻って来た少女は、ニパッと愛らしい笑みと共に両手を俺に差し出す。


 その小さな二つの手の平の上には、チロノレチョコ3個が握られていた。


「つかれたときには、あまいものをたべるとげんきになるよってがっこーのせんせーがいってたから、これでげんきになってね、おにーさん!」

「──あ、あぁ……」

 

 満面の笑みを浮かべながら、初対面の俺に対して下心の無い善意100%の気遣いをしてくれたあまなちゃんの優しさに、俺は胸の奥でじんわりとした温かさを感じた。

 

 呆ける心を他所に、差し出された3個のチョコを受け取る。


 なんだろう、これ……。

 今まで重く圧し掛かってたものが、ふわりと浮かんで消えていったように感じる……。


「あのねあのね、ちょっとかがんで!」

「ん? あぁ、いいぞ」


 ぴょんぴょんと跳ねながらそう言うあまなちゃんに従い、俺は膝を折って彼女と目線を合わせる。

 すると……。


「よしよーし、がんばったね~」

「──」


 小さな手が、俺の頭を優しく撫でて来た。

 全く予想しなかった展開に、絶句して言葉が出ないでいると、あまなちゃんはニコニコと笑いながら……。


「ママがね、しゅくだいおわったらこーやってなでてくれるの! そしたらつかれがなくなるから、おにーさんにもよしよししてあげるね!」


 あかん、涙が出そう。

 流石に子供の前で泣く失態は犯さないが、それが精一杯だった。

 配達業者になって早5年以上……特に感謝されることもなく、渋滞で道が混んで遅れたら怒鳴られたりクレームを飛ばされたり、自宅に帰っても1人きりで寂しく飯と風呂と洗濯をするだけ……。


 だが今この瞬間、あまなちゃんの何気ない優しさによって俺の心はこれでもかと癒された。

 目が冴え渡り、鬱屈した思考も雲が散るように晴れ、不思議と体が軽くなったように思える。


 やだ、最近の小学生すごい……。


「あ、ありがとう……おかげで疲れが無くなったみたいだ」

「えへへ、よかった!」


 誇張無しでそう伝えると、あまなちゃんは照れるように笑った。

 その笑顔を見て俺は納得する。

 

 ──先輩が言ってたのは、この子のことなのか……。


 配達の度にこんな心優しい少女に癒されるなんて今どき貴重だ。

 寄る年波に勝てはしなかったものの、先輩はある意味この子に助けられてきたようなものだろう。


 実際、俺も身をもって実感したのだから分かる。

 お先真っ暗だった俺の人生に、確かな光が照らされた瞬間だった。


 ========


 下記のリンク近況ノートにおむ烈先生に描いて頂いた本作の表紙イラストを載せています。


 ↓近況ノートURL↓

https://kakuyomu.jp/users/aono0811/news/16817330664797901648


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