【番外編】トリックオアトリート!


小説本文


 10月31日。

 明日から11月になるため、冷え込みが強くなった風が体を凍えさせて来る。

 特に朝なんて吐く息が白くなる始末だ。 


 そんな気候だろうと、ウミネコ運送に勤務する俺は今日も配送に出ていた。

 人によっては夏の暑さより冬の寒さがマシって意見があるが、1年中外に出る必要がある職業じゃまるで違いがない。


 どっちにしろしんどいことに変わりないんだから。


 まぁ、それはさておきだ。

 今日はなんと南家に荷物を届けることになっている。

 木曜なのになんでだと疑問を覚えないでもないが、あまなちゃんに会えるならむしろラッキーと思っておこう。


 その期待を支えに寒さを堪えて仕事に励み、午後5時になってようやく南家に荷物を届ける番となった。

 

 いつものようにマンションエブリースマイルの184号室のインターホンを押す。

 

『はーい!』

「こんにちはー、ウミネコ運送でーす」

『いまいきまーす!」


 スピーカーからあまなちゃんの可愛らしい声が聞こえて早速ほっこりしていると、玄関のドアが開かれた。

 

「いつもごくろーさまです、おにーさん!」

「あぁありが──」


 出迎えてくれたあまなちゃんの姿を見た瞬間、告げようとした言葉が消えた。

 それは他でもない、彼女の格好に目を奪われたのが理由だ。

 

 渦巻いた茶色の角らしき突起が付けられた真っ白でモコモコな羊を模したフードを被っていたのである。

 良く見るとフードの下は白のブラウスに黒のサスペンダーが付いたカボチャパンツで、綿飴みたいな履物は靴代わりのようだ。

 しかも、フードの後ろ側には尻尾まで付いている。

 どこで売ってるんだこの可愛いの。


「あ、あまなちゃん? その恰好は?」

「これ? ひつじさんだよ! きょーは『はろうぃーん』なの!」

「あ~!」


 フードの奥で輝く笑顔を浮かべて告げられた仮装の理由に、ド忘れした内容を思い出したような心境になる。

 ハロウィンとは子供達がお化け等の仮装をして、ご近所さんからお菓子をもらうという行事だ。

 日本ではここ近年話題になっているが、外国では花見とかと同じ認識で昔から馴染みがあるらしい。


 しかし……日本の文化を外国が曲解してるケースがあるが、割と相手のこと言えないところあるよね?

 クリスマスしかりバレンタインしかり……。

 ハロウィンなんて仮装してはしゃぐって面だけがウケて、本来のお菓子を貰いに行って地域交流を深める要素がまるで息してない。


 まぁ、こうして羊に扮している可愛いあまなちゃんが見れるなら、あまり気にすることじゃないんだろうけど。


「羊のフード、可愛いね」

「えへへ! ありがとー」


 せっかくの仮装なので褒めると、あまなちゃんは嬉しそうにはにかんだ。

 羊かぁ……優しいこの子らしいよなぁ……。

 

 そんな風に考えながらも、受け取りを済ませて荷物を置こうとしたのだが……。


「あ、おにーさん。きょーはリビングまでおねがいします!」

「お? いいよ」


 普段は玄関に置く荷物をリビングまでとはまた珍しい。

 言われた通り抱えた荷物を持っていくと、丁寧にあまなちゃんがドアを開けてくれた。

 優しい……。


 と思った瞬間……。



「あ、おにーさんがきたっす!」

「やっときたのね! まちくたびれたわ!」

「こんにちは、おにーちゃん……」


 イヌミミフードを被ったはすみちゃん、ネコミミフードを被ったちゆりちゃん、ウサミミフードを被ったかなちゃんが揃っていた。

 あまなちゃんだけでなくみんなでお揃いの衣装とは恐れ入ったわ。

 全員似合ってるし……ここは新手のアニマルコスプレ喫茶ですか?


 とにかく、眼福以外の言葉が出て来ねぇ……。


「みんなでね、はろうぃーんぱーてぃーしてたの!」

「そうなのか……ん? それじゃ天梨は?」

「かいものちゅー! もうちょっとしたらもどってくるかも!」

「なるほど……」


 次の配達まで時間はあるし、挨拶をするくらいなら問題は無いだろう。  

 ひとまず荷物を置いて、あまなちゃんにあることを尋ねてみることにした。


「でも俺が来て良かったのか?」

 

 せっかく子供達で楽しんでいただろうに、友達とはいえ成人男性を招き入れては邪魔にしか思えない。

 しかし、問われたあまなちゃんは不思議そうに見つめて口を開いた。


「うん! あまなからママにおにーさんといっしょがいいっていったもん!」

「ホァ……ッ」


 返って来た答えに開いた口が塞がらない程絶句した。

 呆れたのかって?

 逆だ、尊さが突き抜けて顎が閉まらないんだよ。


 ただでさえ可愛さが天元突破してるあまなちゃんが羊フードを被った仮装をして、天梨に俺とハロウィンパーティーをしたいって言ってくれたんだぞ?

 

 今すぐ合掌して神や仏に感謝の祈りを捧げたい思いだ。

 

 木曜なのに南家へ配達することになったのは、俺が仕事だった場合を考慮した結果だというわけか。

 確かに天梨に出勤の有無を訊かれたが、このためだったのかと悟る。

 ならば感謝の祈りは天梨に捧げるべきだな。


 ──ありがとう、天梨……。

 

「あまっち! はろうぃーんだから、アレをいわないとっす!」

「あ、そっか」


 感動している内にはすみちゃんの指摘で何か思い出したあまなちゃんは、歯が見えるくらいにニカッと勝気に笑って見せてから両手を構えて……。


「とりっくおあとりーと! おかしくれないといたずらしちゃうぞ! めぇ~!」 

「──っっ!!!??」


 え、あ、、かわ、あ、ちょ、かかか、か……っわいぃぃぃぃいぃっっ!?

 

 待って待って色々思考の処理が追い付かない!

 何がヤバいって『めぇ~!』って!

 『めぇ~!』って!!

 

 羊の仮装をしてるんだから鳴き声は間違ってないけれども!

 可愛い過ぎて1回昇天して生き返った感じだわ!


 これを目の当たりにしただけで、1週間の活力を得たとすら言える程に幸せを実感した。

 

「ウチもとりっくおあとりーとっす! わぉーん!」

「と、とりっくおあとりーとよ! にゃー!」

「とりっくおあとりーと、ぴょん」


 あまなちゃんが鳴き声の真似をしたことで、はすみちゃん達も釣られて動物の鳴き真似をし出した。

 なにここ、楽園エデンかな?

 幼女達の可愛い姿をこうして見れる俺は、一生分の運を使い果たしたのかもしれない。

   

 しかし、お菓子かぁ……今持ってないんだよなぁ……。

 でもあまなちゃん達にイタズラをされるのなら吝かどころか、ウェルカムなんだけど。

  

「ごめんな? お菓子は持ってないんだ」

「だいじょーぶ! おにーさんはおかしもってきてくれたよ!」

「えっ?」


 申し訳ない気持ちでお菓子がないと伝えるも、あまなちゃんはきょとんとした表情で返して来た。

 けれど、俺は本当にお菓子を持っていない。

 配送車にも置いていないし全くの的外れだ。

 

 やけに確信的な物言いだが、あまなちゃんは冗談を言う様な子じゃないし……。


「あ、そっか。ちょっとまってて!」


 やがて何かに気付いたあまなちゃんがそう言って、ハサミを持って先程俺が配達してきた荷物の封を切り出した。 

 え、おいおい、まさか……。


 その行動でようやく彼女の言葉の真意を悟るのと同時に、露わになった荷物の中には様々な種類のお菓子が詰められていた。

 チョコレート、クッキー、ポテトチップス等々、種類の多さもあってお菓子の宝箱と形容出来るバラエティに富んでいる。


「うわぁ~! すっげぇっす!」

「おかしがたくさんだわ!」

「おいしそ~……」

「ね? おにーさんがはこんでくれたおかしだから、いたずらはしなくていいの!」 


 ──そう、天梨が今日のために注文した荷物が、あまなちゃんの確信に繋がる理由だった。


 何とも整った準備に感心する他ない。

 もうすぐ帰って来るであろう彼女に伝える言葉が増えたなぁ。

  

「おにーさん!」

「ん?」

「おかしどーぞ!」

「おぉ、ありがとう」

「にへへ……はっぴーはろうぃーんだね!」

「──あぁ」


 両手一杯に持ったお菓子を手渡してくれたあまなちゃんにお礼を言うと、満面の笑みを浮かべてくれた。

 イタズラをされなくなったのはある意味残念ではあるが、子供達が喜ぶ様子を間近で見られたのだから対価としては充分過ぎる。


 そんな幸せな気持ちになれる笑顔を支えに、この後の配達も調子よくこなしていくのだった。

    

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