朝のひととき
その目覚めは唐突だった。
「──て、っ。──ん! ……きーてー!」
「んんっ……?」
寝覚めでぼんやりとする思考を働かせる。
なんかやけによく眠れたなぁ……あぁそうだ。
昨日から南家の空き部屋で仮住まいすることになったんだっけ。
そこまで思い出してから、自分の体が揺れていると気付いた。
地震かと思ったが、それにしては優しい揺れ方だ。
なんだろうかと思って重い瞼を開けると……。
「あっ! おきた! おはよー、おにーさん!」
「……あまなちゃん?」
パジャマ姿のあまなちゃんの笑顔が視界に映っていた。
どうやら前のアパートに泊まった時のように、俺を起こしに来てくれたようだ。
あの時は寝ぼけたまま抱きしめてしまうという失態を犯したが、今回はそうならずに内心ほっとする。
それはどうでもいいとして、なんでこの子が起こしに来たんだろうか?
「おはよう、あまなちゃん。今何時だ?」
「えっとね、あさの6じはんだよ!」
質問に対し、あまなちゃんは朝とは思えないくらい明るく答えてくれた。
いや早いな。
まだ30分も寝れるんだけど、どうしてそんな早くに、しかも俺を起こすんだ?
「えぇっと、あまなちゃんはいつもこのくらいの時間に起きるのか?」
普段の起床時間を言ってしまっては、暗に『もっと寝かせてほしかった』と言っているに等しいので、遠回しに起こしに来た理由を尋ねることにした。
そんな言葉の裏腹なんぞ知らんという風に、あまなちゃんは無邪気な笑みと共に答える。
「あまなね、さっきおきたら、はやくおにーさんにあいたいなーっておもったの!」
「うぐぅ……っ!」
まさか母親の天梨より先に、俺の顔を見たいからだとは思わなかった。
朝っぱらから予想外の可愛い攻撃を受け、寝ぼけていた頭が完全に覚醒する。
すげぇよあまなちゃん、こんな目覚めの良い朝は初めてだわ。
あまりの可愛さに悶えていると、不意に部屋の扉が開かれる。
「何か話していると思ったら……どうして天那が和さんの部屋に?」
「おはよう、天梨」
扉を開けたのは、お玉を片手に持ったエプロン姿の天梨だった。
らしい装いに若干驚かされたが、向こうも予め伝えた時間より早い起床と、あまなちゃんがいることに驚きを隠せないようだ。
「おはようございます。天那、もしかして眠っていた和さんを起こしたんですか?」
「う、うん……」
俺に挨拶を返したと思いきや、天梨は瑠璃色の瞳を細めてあまなちゃんを見つめる。
それはまさに、今にも叱ろうとする親の目だ。
流石にあまなちゃんも、自分の行動が単なる我が儘だという自覚はあったようで、天梨の眼差しに慄いていた。
「あまなちゃんのおかげでスッキリ起きれたからありがたかったよ。そんなに怒らないでやってくれ」
「おにーさん……!」
「……はぁ。和さんが迷惑でないなら、私から言うことはありません」
起こされても迷惑じゃないと暗に告げると、あまなちゃんは安心したように笑みを零し、天梨は呆れたようにため息をついて矛を収める。
何も嘘はついていないし、ギリギリまで寝かせようとしてくれていた天梨の気遣いも感じた。
だから誰も責める必要は無い。
「まだ朝食が出来上がるまで時間がありますから、2人は着替えと歯磨きを済ませて下さい」
「あぁ分かった」
「はーい!」
天梨の言葉に俺とあまなちゃんは揃って頷く。
……言葉選びが完全に母親っぽいと思ったのは黙っておこう。
ぽいというか、天梨は実際にあまなちゃんの母親だから何もおかしくはないんだが……自分に言われたからかもしれない。
そういうことにしておこう。
そうして服に着替えて、あまなちゃんと隣に並んで歯を磨く。
俺がミント風味の強い歯磨き粉なのに対し、彼女が使っているのはイチゴ味だったのがまた可愛い。
天梨の教育が行き届いているため、手を抜かずしっかりと歯を磨く姿は実に微笑ましく思う。
歯磨きを終えてリビングに行けば、丁度天梨がテーブルに朝食を配膳していた。
残りの分を手伝い、3人揃って手を合わせる。
「「「いただきます」」」
出来上がった朝食は白米と白菜が入ったみそ汁に焼き魚という、和食寄りのメニューだ。
黒音が泊まりに来た時を除いて、今までの朝食はパンで済ませていたため、こうして並べられているだけでも新鮮だ。
加えて、天梨とあまなちゃんの2人と食卓を囲んでいるというのもあるだろう。
それだけでみそ汁に負けない温かさが、ほんのりと心に広がっていく気がした。
気付けばあっという間に完食だ。
「ごちそうさま。朝からこんな美味い料理を食べれて良かったよ」
「っ、どう、いたしまして。朝食は1日のエネルギー源ですから、しっかり食べないといけませんからね」
「だなぁ。これなら夜になっても持つよ」
「えっ……」
「ど、どうした?」
心からの称賛を述べたつもりだが、何故だか天梨は少しだけショックを受けた様子だった。
どうしてそんな反応をするのか分からず、思わず問い掛けた途端、彼女は目に見えて狼狽え出す。
「い、いえ……てっきりお弁当ではあまり力になれていなかった、なんて一瞬勘違いしてしまっただけですから……」
「あぁそういう……。ぶっちゃけ昨日までは天梨の弁当が一番の助けになってたくらいなんだから、むしろこれから無くなったらどうしようもなくなるって」
普段から彼女の作った弁当が無ければ、もっと早くに倒れていたくらいは容易に想像つく。
それは今後も同じで、昼にあの弁当を食べるのが習慣になっているんだ。
明日から作らないって言われたら、何が何でも阻止するくらいには食べ続けたい。
俺の言葉を聞いた天梨は、寂し気な表情から一転して嬉しそうだけどどこか恥ずかしそうな面持ちを浮かべ出し……。
「──っ、あ、ありがとう、ございます……。その、き、今日のお弁当も元気の源をたくさん込めていますので、ぜひ召し上がって下さいね!?」
「お、おぉ……」
遠回しに俺の体を気遣った中身の弁当を作ったと聴かされ、胸の高鳴りを感じながらも何とか頷く。
「……」
「……」
しかし、そこから互いに無言になってしまう。
なんだこれ?
さっき飲んだみそ汁の塩分が糖分に変わったと思えるくらい、なんか甘ったるい空気が漂ってる気がするんだが?
「おにーさん? ママ? どーしてきゅーにしゃべらなくなったの?」
「「っ!!」」
あまなちゃんに指摘されてようやく硬直から復帰したが、しばらく気まずい空気は残ったままだった。
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