配達先の天使が……


 午後4時過ぎ。

 今日も今日とて激務な配達をこなして行き、マンション『エブリースマイル184号室』に着いた。

 

 今回から荷物の他に今朝天梨からもらった弁当箱も一緒だ。

 味は大変美味しかった。

 

 見ただけで栄養バランスが整えられていると判るだけに留まらず、食べやすいときたもんだから彼女の凄さを実感する。

 

 子供がいると食事に気を遣ったりするだろうから、あれは経験に裏打ちされた出来だろう。

 となると、あまなちゃんはあれを毎日食べているのか……。

 そしてあの子の父親で天梨の旦那さんも……って、他人様の家庭事情でなにセンチメンタルになってんだか。


 首を横に振って邪念を払う。

 そうだ、これからあまなちゃんに会うっていうのに、何をナーバスになってんだ!

 あの天使みたいな子からの癒しを受けられるんだ、むしろ落ち込んでる暇なんてない。


 そんなことを考えながら、184号室の玄関前で俺は立ち止まる。

 荷物を落とさないようにインターホンを押し、中から軽快な音が聞こえた。


『はーい!』

「ウミネコ運送でーす。荷物のお届けに参りました」

『いまいきまーす!』


 相も変わらず可愛らしい声がスピーカー越しに鼓膜を揺らす。

 それだけで実感出来る程のヒーリング効果があるんだから、あまなちゃんが持つ癒しの才能は凄まじいと思える。


 応対から程なくして、玄関のドアが開かれた。

 中からは初めて会った時と同じく明るい茶髪を2つ括りのおさげにして、白いTシャツにピンクと黄色の花柄のワンピースを重ね着するという装いだ。

 

 瑠璃色の瞳は俺の顔をしっかりと見つめていて、彼女の可愛らしさを際立たせている。


「こんにちは、あまなちゃん」

「こんにちは、おにーさん!」


 いつもの挨拶を交わすと、あまなちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。 

 それにつられて俺も頬が緩む。

 やっぱりこの子には笑顔が一番だな、なんてちょっとカッコつけた感想を付け加えたい。


 っとと、それよりまずは仕事を済ませないとな。


「それじゃ、いつも通りここに判子を押してくれるか?」

「うん!」


 小さな手に握られた印鑑で受け取り印が付けられたことを確認する。

 受領完了、さぁ癒しの時間だ。


「授業参観は楽しかったか?」

「うん!! おにーさんがママをつれてきてくれたんでしょ? だからありがとーございます!」

「どういたしまして。あまなちゃんの思い出になれたんなら良かったよ」

「えへへっ!」


 道中では天梨が終始不安がっていたが、この様子だと遅刻したことは気にしてないみたいだ。


「おにーさん、おにーさん!」


 そう思っていると、あまなちゃんは手招きをし始めた。

 ていうか、小さな手をパタパタを振る仕草が可愛いな。

 思わず唸り声が出そうになったぞ。

 なんで一挙一動でこんなに悶えさせられるのだろうか……天使だから?(断言)


「どうした?」

「あのねあのね!」


 喜んで招かれると、彼女は笑みを浮かべたまま口を開く。


「おにーさん、おしごとちゅーにママをおくってくれたでしょ? そのあとにとってもがんばったんだよね?」

「あぁ。でも後悔はしてないよ」


 あまなちゃんに言ったことは嘘じゃない。

 例え直近の配達があったとしても、間違いなく天梨を乗せて行ったと思う。

 そう確信出来るくらいには、俺も自分を知れていると思っている。

 

「でもでも、たっくさんがんばったからつかれたでしょ? だからよしよししてあげるね!」


 ──ッッッシャオラァキタアアアアァァァァッッ!!

 

 曇りの無い笑顔で以って告げられた『よしよし』に、俺は心の中でそう叫びながらガッツポーズする自分の姿をイメージする。

 実際の言動には出していない。

 出したらただの危ない人だからな。


 ん?

 既に危ないって?

 なんかそんな声が聞こえた気がしたが、あまなちゃんからの『よしよし』の前では些末な事だと判断して、頭の片隅に追いやった。 


 とりあえず、あまなちゃんが撫でやすいように膝を折ってしゃがむ。

 目線の高さが合ったことで、改めてこの子はまだまだ幼いんだと再認識する。

 

 一方であまなちゃんは母性すら感じさせる笑みを浮かべたまま、俺の頭に小さな手を乗せてゆっくりと撫で始めた。


「よしよ~し、がんばったね~」


 まるで心に溜まった穢れを祓う様に、心身に重く圧し掛かっていた疲労が溶けて行く。


 神様仏様天梨様、ありがとうございます。

 こうしてあまなちゃんの癒しを受けられて、俺はこの世に生を受けたことに、目の前の天使が存在することに感謝の念が尽きません。

 

 出来ればもう少し仕事量と給料がマシになればありがたいです。


 思わず悟りを開いてしまった。

 これもう浄化の域に達してない?

 

 最近の幼女ってすごいなぁ……。


「どう? おにーさん?」

「最&高」

「え?」

「あ、いや、おかげで疲れが吹き飛んだよ。ありがとう」

「ホント? えへへっ!」


 うっかり変な言葉を口走ってしまったが、咄嗟に感謝の言葉を伝えて有耶無耶にする。

 それが功を奏したようで、褒められたあまなちゃんは照れ気味にはにかんだ。

 

 すると、あまなちゃんが小さな両手で俺の顔を挟みだした。

 なんなのかと疑問に思って彼女と目を合わせる。


 その表情はとても真剣で、でも溢れ出る幸せに笑みが止まらない様子だった。


「あのね、おにーさん! ママをつれてきてくれて、ほんとーにありがとー! あまなね、とってもうれしかったよ!」

「──あぁ、そう言ってくれて何よりだ」


 本当に心の底からそう思える。

 あまなちゃんに限らず、子供は笑顔が一番だ。

 

「おにーさんがいてくれるから、ママがおしごとでいなくてもさみしくなくなったよ! だから──」


 あまなちゃんはそこで言葉を区切り、小さな体を精一杯寄せたかと思った途端、







「──ッチュ!」

「え……?」


 俺の頬に柔らかい感触が伝わる。

 

 ──それがキスだと判るまでに然程時間は掛からなかった。

 

「えっ!? あ、あまなちゃん!?」

「う~、にへへっ」


 唐突に我が身へ起きた衝撃に驚きを隠せず、情けないことにバランスを崩して尻餅をついてしまう。

 その動揺を齎したあまなちゃんは、流石に恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして照れていた。

 

 でもその表情はどこか嬉しそうで、無性に目が離せない。

 どういうことなのかと視線で訴えると、あまなちゃんは自分の両頬を手で抑えながら答える。


「ママがね、ほっぺにチューするのはあまながだいすきだからっていってたの! それで、あまなはおにーさんのこともママとおんなじくらいだいすきだから、チューしたんだよ!」

「お、おぉう、そ、そうなんだ……」


 天梨さん、あなたが原因だったか。

 この場にいないあまなちゃんの保護者に、俺はGJグッジョブと言えばいいのか苦言を呈するべきか悩むばかりだ。

 

 そうしてあまなちゃんは、尻餅をついたままの俺になんと抱き着いて来た。

 子供らしい軽い重みと甘い匂いに、いよいよ頭はパンク寸前で抵抗なんてとても出来そうにない。

 

「えへへ、おにーさん! だいすき!!」

「~~っ、はぁ~~~~……ありがとうさん……」


 この癒し系すぎる幼女相手に、俺は完全にお手上げ状態となった。

 それでも全く嫌な気がしないのは、あまなちゃんという女の子の可愛さ故だろう。


 そう負け惜しみ染みた感想を浮かべるのだった…………。


=====


https://twitter.com/aonosekito/status/1173372562702618624?s=19

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