まさかのお礼


 南さんをあまなちゃんの通う小学校まで送り届けた後、俺の仕事は怒涛の波と化して押し寄せてきた。

 それもそうだ、いくら見てられなくて助けたといえども、仕事量が減るわけじゃないんだから。

 後回しにしていた配達を終えた頃には、終電の時間をとっくに過ぎてたし。


 まぁ、俺は電車通勤じゃないから終電なんて気にしなくていいんだけど……。


 ともかく、三弥や堺のフォローもあってなんとか過労死することなく生きてはいる。

 

「ふぁ~あ……」


 あまりの眠気から、口を大きく開けてあくびをしてしまう。

 今日は火曜日……つまりあまなちゃんに会える日だ。

 南さんとの約束があるから、あの子からの癒しを受けられないが。


 でも現在の時刻は午前8時過ぎ。

 それもマンション『エブリースマイル』の駐車場である。


 何も約束を破りに来たわけじゃない。

 俺がここにいるのにはちゃんと理由がある。

 何せ……。


「おはようございます、早川さん」

「おはようございます、








 南さん」


 昨晩、彼女からこの時間にここへ来て欲しいと連絡が来たからだ。


 俺をここに呼び出した南さんはこれから出勤するのかスーツ姿で、時間的にもあまり長話でもないと思える。


 それに話の内容は大方想像つく。

 多分、あまなちゃんの授業参観があった土曜日に、南さんを小学校まで送り届けたことのお礼だろう。


 俺としては見返り目当てで助けたつもりはないし、あまなちゃんにとって良い思い出になるならそれに越したことはないだけだ。

 そう思っているのは俺だけであって、彼女は違うようだが。


「突然のお呼び立てに応じて下さってありがとうございます。既に察しが付いていると見て単刀直入に言わせて頂きますと、先日のお礼を伝えに来ました」


 あぁやっぱりか。

 そんな他人事みたいな感想を頭に浮かべつつ、南さんの言葉を遮らずに続きに耳を傾ける。


「まず1つ目。後輩に言い返してもらった件に関して、助けて頂いたのにも関わらずお礼を言わないまま立ち去ってしまってすみませんでした」

「え? いや、あれは単に俺の言いたいことを言っただけで、結果的に南さんを助ける形になったわけですから、そんな畏まって言われる程のことじゃないですよ」


 頭を下げて謝罪する彼女に動揺しながらも大したことじゃないと告げる。


 むしろ、言われるまで忘れてた程だ。 

 確かにお礼を言われてなかったけど……南さんは気にしていたみたいだった。

 

「そして2つ目……早川さんのおかげで天那との約束を破ることなく、無事に授業参観を終えることが出来ました。あの子もとても喜んでいましたよ」

「──っ! ……そっか。それなら良かったっす」


 南さんから簡潔に伝えられたあまなちゃんの気持ちを知って、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 送ってからすぐに仕事に戻ったから、顛末はよく知らなかったんだよな。


 っま、上手くいって良かったと安堵で胸が温かい気持ちだ。

 けれど、南さんはまだ言いたいことがあるようだった。


「この2つの件で、私は早川さんが悪いことを企む様な方ではないと実感しました。ですので、例の約束は一部無効とします」

「は? 一部無効って……」

「ええ。以前の通り、天那と接してもらって構いませんよ」


 まさかの許可に、俺は動揺を隠せずに聞き返す。

 発言者の南さんは至って冷静のまま『過干渉は引き続き避けて頂きたいですが……』と付け足した。


 俺としては通報の危機無しに、あまなちゃんの癒しを受けられるなら文句は無い。

 むしろ最高のお礼とも言えるだろう。


 あれ?

 でもこれって要するに親公認で幼女と触れ合うことになるのでは?


 そう思い至った途端、素直に喜んでいいのか迷う。

 い、いや、そういう話じゃないし、今は考えない様にしようか。

 うん、そうしよう。


 とりあえず後回しにした。


「それから──」


 まだあんの!?

 感謝の気持ちが若干重みを増して来てない!?


 動揺冷め止まない俺に構う事無く、南さんは肩に掛けているカバンからあるモノを取り出した。


 それは何やら布に包まれていて、正体がいまいち掴めない。

 一向に分からないでいる内に、南さんは少し顔を赤らめながらそれを俺に差し出す。


「えと……い、以前コンビニで会った時に、早川さんの食生活には栄養バランスに問題がある部分が見受けられました。食事の栄養管理は体調管理の最善手です。ですから、その……これをお昼に食べて頂ければ、少しは改善されるかと思いまして……」

「え、えっと……つまりこれは?」


 俺の食生活に問題があるのは分かる。

 というか自覚してるし、改善しようとしても中々長続きしなかった。


 それでどうして南さんから改めてそんな話が?


「……これは、私が作ったお弁当、ですけど?」

「は……?」


 彼女の言いたいことが判らず、疑問しか出ない俺に業を煮やしたのか顔を逸らしながら包みの中身を明かしてくれた。

 

 そしてその内容に俺はただ呆ける。

 ゆっくりと言葉を咀嚼して理解すると、一気に顔に熱が集中するのが解った。


「え、は、うぇえ!?」


 なにこれどういうこと!?

 つ、つまり何か? 

 南さんの手作り弁当を食べて良いってこと?

 

 彼女みたいな美女の手作り……。

 い、いやいや待て待て落ち着け俺、相手は未亡人で子持ちだぞ!?


 で、でももしかしたら……。


「ぁ、っ、か、かか、勘違いしないで下さい! 早川さんに何かあれば、天那が悲しんでしまいます! そうならないためにしっかりとした栄養を摂るように心掛けて頂きたいだけで、決して恋愛感情から作ったわけではありませんから!!」

「えっ!? あ、あぁ~……まぁそうっすよね~……」 


 そうやって疑心暗鬼に陥っている俺の反応に南さんはハッとした表情をして、より顔の赤みを増しながら早口で捲し立てて否定した。

 

 ま、まぁ解ってたよ?

 だって相手は既婚者だからな?

 べ、別に期待してたわけじゃないし……うん……そうですよね……。


 何故だか悲しみを感じる心を片隅に追いやって表に出ないようにする。

 

 せっかくだし、弁当は受け取る事にしよう。

 もらうのは南家へ配達に行く火曜日と金曜日の2日間だけで、使った容器は配達に来た時にあまなちゃんに渡すことになった。


「コホン……さ、最後にもう一つだけあります」

「はぁ……」


 南さんも一旦冷静になるために咳払いをしてから話を続けた。


「これから私のことは呼び捨てにしてもらって構いません。敬語も不要です。というか私の方が年下なのですから、変に畏まられると却って不快です」

「呼び捨てって……過干渉禁止が続くなら、このままでもいいんじゃ──」

「これから交流が続くわけですし、私も天那も南の姓ですから、今のままでは同時に反応して逆に手間になるかと。呼び捨てであればそのようなことにはなりませんよ」

「それはその通りで……あぁもう!」


 俺の返事など了承以外認めないという態度に、早々に折れた。

 初めて会った時もそうだが、どうにも彼女には口で勝てそうにない。

 

「分かったよ。呼べば良いんだろ? ──て、天梨……」

「はい、よろしい」


 変な気恥ずかしさを感じながらも彼女──天梨の名前を呼ぶと、向こうはそれでいいとすまし顔を浮かべていた。

 

 どうにも落ち着かない心臓の鼓動を抑えつつ、天梨と別れた俺は仕事に向かうのだった……。


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おまけ


Twitterで『あまなちゃんにもし声優が付くなら誰が良いのか』というアンケ取ってます!


↓該当ツイートのリンク

https://twitter.com/aonosekito/status/1173372562702618624?s=19

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