相談とこれからのこと


「はよ~っす」

「おう、おはよう」


 翌日。

 あまなちゃんの母親である南さんと気まずい別れ方をし、後ろめたい気持ちを抱えたまま出勤した俺は、陽気な挨拶をする三弥に挨拶を返した。


「あれ? あまなちゃんに会ったにしては元気ねぇのな」

「……なんで判るんだよ」


 一応、何でもない風に取り繕ってはいたのだが、コイツにはあっさり見破られたようだ。

 俺って演技の才能ないのか?


「むしろ、あまなちゃんに癒された後が気持ち悪いくらい元気な自覚を持とうな?」

「マジかよ。そんなにテンションに差があるの?」

「そりゃあもうありまくりよ」

「ぐっ……」


 あまなちゃんの癒しを受けた後は、確かに元気なだけに言い返す言葉が出なかった。

 しかも『気持ち悪いくらい』なんて注釈付きだし。

 だが、これからはもうそんな元気も出ないかも知れない。


「で? なにがあったん?」

「まぁ、あまなちゃんのことでちょっとな……」

「え? まさかついに手を……!?」

「それ以上茶化すなら教えねぇぞ」

「ゴメンゴメン。ついノリで……」


 ノリはノリでも悪ノリじゃねぇか。

 こっちは真剣に悩んでるって言うのに……。

 まぁ、三弥なりに励まそうとしてるのは判るんだけども。


 ひとまず他人に聴かれないように場所を移してから、俺は話を切り出す。


「──あまなちゃんの母親に会った」

「マジでっ!?」

「しかもあまなちゃんに抱き着かれた瞬間にな」

「うわぁ……2つの意味でうわぁとしか言い様が無いわ……」


 そう言う三弥の表情は、完全にこちらを憐れむものだった。

 幼女に抱き着かれたことと、それをよりにもよって母親に目撃されたからな。

 当事者じゃなければ俺も三弥と同じ反応をしたと思う。


「とりあえず通報は回避出来たんだけど、仕事の付き合い以上に自分達に関わるなって釘を刺されたよ」

「あちゃ~。それじゃもうあまなちゃんからの癒しは受けれないじゃん」

「仕方ないって。死ぬ程辛くても無くすわけにはいかない仕事なんだからさ」

「お~、流石のプロ意識。宅配員になるために生まれたような名前だけあるわ」

「そのネタやめろって言ったよな? ぶっ飛ばすぞ?」

「ゴメンって……」


 人が気にしてることを軽口気味に話す三弥に、握り拳を作って構えるとすぐに撤回した。

 こちとら、その手のネタで親からも散々茶化されて来たんだからあまり触れて欲しくない。


「でさ、オレ今のところで凄い気になったことがあるんだよ」

「え? 何をだ?」


 南さんがそんな態度に出る他の理由を察したのかと思い、そえ返すと三弥は神妙な面持ちを浮かべて……。


「あまなちゃんのお母さんって、










 美人だった?」

「おい」


 それが真剣な表情を浮かべてまで気になったことかよ。

 あまりに拍子抜けな質問に、俺は三弥に空気を読めと不満を込めた眼差しを向ける。

 だが相手はまるで反省する素振りを見せないどころか、さらにこっちへ詰め寄って来た。


「だってあのあまなちゃんの母親だぞ!? なら期待するなって言う方が無理な話だっての!」

「気持ちは分からんでもないが、時と場合によるだろ……」

「だろ!? で? で? 実際のとこはどうだったんだよ~?」


 うっぜぇ……。

 これ、教えないと絶対に引き下がらないやつだ。


「まぁ……人によっては堺より上だって思うんじゃないか?」

「マジかよ! 茉央ちゃんと同じくらい美人な嫁に加えて天使な娘がいるとか旦那が羨まし過ぎだろ!?」

「あと、見た感じからして俺達より年下」

「リア充過ぎませんかね!? ちくしょーーっ!!」

 

 身近の美人である堺と比較して答えると、三弥が驚愕と嫉妬を見せた。

 何も知らなければ俺もコイツと同じ反応をしたと思う。

 あの若さで人妻で子持ちとは、とても見えないしな。 


 けれど、南さんの旦那さんもといあまなちゃんの父親は既にこの世にいない。

 そこまでは三弥に教えるつもりはないため、今は苦笑いで流すしかなかった。


「はぁ~……もう20代の後半を迎えるっていうのに、どうしてオレ達は彼女のかの字のない、色気のない人生を送ってるんだろうなぁ……」

「急に冷静を通り越して底抜けに落ち込むのやめろ」


 そう思っている内に、一頻りリア充への呪詛を吐き出し終えた三弥が虚しさの窺える言葉を口走る。

 ツッコミを入れて返すが、それで独り身の寂しさが晴れるはずもなかった。


 ぶっちゃけ仕事内容がキツ過ぎて、休日に恋人探しをする気力が湧かないのが原因なのだが……。

 ん?

 そもそもモテてないだろって?

 知ってるよそんなの。  


 なんて二人して形容し難い気まずい空気の中で、気を取り直した三弥が口を開いた。


「──で? お前はその提案を呑んだわけ? あまなちゃんの癒しが無くなって元気がなくなってるのに?」

「あのなぁ……俺とあまなちゃんは友達だけど元は宅配員とお客さんなんだ。南さんの言うことは尤もだよ」

「つってもなぁ……」 


 何か言いたいことでもあるのか、三弥は頭を掻きながら俺の目を見て答える。


「あまなちゃん自身がどうしたいかってのは確認したわけ?」

「それは……してないけどさ、あの子はまだ小学1年生だし、母親の言うことだし……」

「確かになぁ。何言っても所詮は子供の言葉ってことで、大人からしたら信頼に足るモノじゃないけどよ……それでもあまなちゃんは自分で考えて意見をハッキリと言える子だってことくらい、一回しか会ってないオレでも分かるぞ? なのにその母親の言うことだからって独断で決めちゃ、何のために友達になったんだって話になるだろ」

「……」


 三弥の言うことは間違ってない。

 俺があの子と友達になったのは、他でもないあまなちゃん自身がその関係を望んだからだ。

 普通、20歳近く離れている大人の男と友達になりたいなんて言うどころか、思うことすら珍しいことで……言い方は悪いが人を信じ過ぎる。


 南さんのように、世間からすれば俺があの子に良からぬことを吹き込んだと見られて当然だ。

 もちろん、俺自身にあまなちゃんをどうこうするつもりはない。

 でなければ、あの小さな手と指切りまでして友達になりたいだなんて言われないとすら思える。


 だから……。


「──じゃあ、どうすればいいんだよ?」


 思わず、そんな問いを零してしまう。


「あっ、いや、今のは……」

「『あまなちゃんの母親の信頼を得る』……これ以外にないっしょ。じゃ、オレはそろそろ配達に行ってくるわ~」

「お……おう」


 気付いた時にはもう三弥から返答を言い渡され、言うだけ言って仕事に向かって行く。

 一方の俺はポカンと呆けるばかりで、しばらく放心したままだった。


 ──あまなちゃんの母親の信頼を得る、かぁ……。


 俺に対する彼女の信頼度は、ぶっちゃけマイナスだ。

 それをプラスにすればいいなんて、簡単に言いやがる……。

 でも、やらないとずっとこのままだ。

 そうなったら、あまなちゃんと友達だって約束を破ってしまうことになる。


 世間に後ろ指を指されるより、俺にとってはそっちの方が辛い。

 

「──って、俺も配達に行かねえと!!」


 ふと、自分もこれから配達だったことを思い出し、慌てて配送車へ駆け出すのだった。

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