あふた~
保育士さんが個人的に気になる家族
6月に入って日差しが強くなって来た頃、今日も今日とて園児達が元気にやって来た。
「「「「せんせー! おはよーございます!」」」」
「おはよう皆!」
明るい声で投げ掛けてくれた挨拶に、同じく笑顔を浮かべて返した。
私──
憧れの保育士になれてさぞ子供達との楽しい生活が待ってるかと思いきや、慌ただしい日々が続いて楽しむ余裕が無かった。
それでも経験を積んだ私は、こうして立派に保育士をやっているのである。
そんな中で最近、個人的に気になっているご家族がいたりする。
丁度、今年からこの保育園に通い出した子で……。
「せんせっ! おはよ!」
「あ、おはよう
っと、良いタイミングでその子本人がやって来た。
ハーフアップに纏めた黒髪とクリッと円らな瑠璃色の瞳が特徴の愛くるしい姿を見せる女の子……
元気一杯の食いしん坊な子で、女子はもちろん男子とも仲が良い人気者でもある。
はぁ~良く食べて寝てるおかげか、今日もほっぺがモチモチしてそう~……。
将来は絶対にお母さんに似て、美少女になるんだろうなぁ~。
人懐っこい由梨ちゃんに、出会って間もなくメロメロにされたのは言わずもがな。
それくらい、この子はとっても可愛いのだ。
「おはようございます、野々木先生。今日も由梨をよろしくお願いしますね」
「おはようございます、早川さん。由梨ちゃんのことはしっかりとお預かりさせて頂きます」
続けて挨拶をして来たのは、由梨ちゃんのお母さんである早川
今年で30代になるそうだけど私と同い年に見えるくらい若々しく、何より高嶺の花という言葉が似合う美貌の持ち主だ。
誰に対しても礼儀正しい姿勢を崩さず、他の親御さんとも良好な関係を築けているようで、理想の大人の女性とは彼女のような人を指すと思える。
かつてはシングルマザーだったらしいけど、由梨ちゃんのお父さんとはこっちが恥ずかしくなるくらいにラブラブなことでも有名だ。
私もあんな風に幸せな結婚をしてみたいなぁ~……。
今日はお母さんが送り出しに来てるけど、たまに由梨ちゃんのお父さん──早川
和さんは際立ってイケメンではないのだけれど、大らかな性格から溢れ出る包容力は、他の奥様から『自分の旦那も見習って欲しい』と羨ましがられる程だ。
実際、仕事の合間を縫って行っている子育てにはすごく協力的なようで、これがイクメンか~なんて感心したところ……。
『イクメン? いやいや、そんな尊敬されるようなことじゃないですって。俺は普段の家事じゃてんで手伝えないから、稼ぐのと子供の面倒を看るのが旦那の仕事みたいなもんですし、わざわざそんな言葉で括らなくても自分の子供を育てるのは当たり前だって思ってますからね』
……っと、目から鱗どころか思わず他人様の旦那さんにときめいてしまったことがあったり。
いや私にそんな趣味無いよ?
……まぁ、和さんが独身だったらアタック掛けてた可能性は無きにしも非ずというか……やん♡。
っは、ん゛ん゛っ!
とにかく、由梨ちゃん本人だけでなくご両親も非常に魅力的な人達なのだ。
だけど、この家族にはもう一人注目すべき人物がいる。
むしろ本命と言っていいかもしれない。
夕方になると園児達のお迎えの時間になるんだけど、その時に早川家最後の一人が現れるのだ。
その子は……。
「すみません、早川です。妹のお迎えに来ました~」
紺の襟に白いセーラー服を着た女の子がやって来た。
その子は肩甲骨辺りまで伸びた明るい茶髪を二つ括りのおさげにして、由梨ちゃんと同じく瑠璃色の目をした美少女だ。
「はーい、今日もお迎えご苦労様、
「先生達もゆうちゃんの面倒を見て下さってありがとうございます。今日もお疲れ様でした」
出迎えた私に対して由梨ちゃんのお姉さん──早川天那ちゃんが天使みたいな笑みを浮かべて労ってくれた。
──はぁぁぁぁ癒されるぅぅぅぅっっ!!
心の中で悶えながらも、表情は平静を保つ。
けれども、子供達の相手をして疲弊した後に投げ掛けられた労いの言葉が、これでもかと渇いた心に潤いを与えてくれる。
この天那ちゃんの存在こそが、私が早川家を気になっている理由の半分を占めているのだ。
今年中学に上がったばかりでまだ遊び盛りなはずなのにこうやってお迎えに来たりと、中学生とは思えないくらいに大人びていて、いやむしろ大人顔負けの礼儀正しさを持つ子である。
中学の頃の私とはえらい違いだ。
それはどうでもいいか。
「他の先生達もお疲れ様です。あ、良かったら今日の調理実習で作ったクッキーをお裾分けしますね」
「えっ、いいの? ありがとう天那ちゃん!!」
「相変わらず気配り上手な子ね~。ウチの娘もこうだったら良いのに~」
「あはは、ありがとうございます。でも娘さんを大事にしてあげて下さいね?」
丁度小腹が空いていた時にまさかのお裾分け!
一切の打算無しにこういうことが出来るのが、天那ちゃんの良いところなのだ。
加えて褒められても驕らない謙虚さも、中学生に見えない要素の一つだったりする。
学校じゃモテモテなはずだろうに、不思議なことに彼氏はいないし作る気もないらしい。
私が男だったら、絶対に彼女にしたいって思うのに勿体ないなぁ~。
なんて考えつつも、今も迎えを待つ由梨ちゃんの元へ天那ちゃんを案内する。
「由梨ちゃん~。お姉ちゃんが迎えに来たよ~」
「ふぇっ! ねぇねがきたの!?」
迎えの呼び掛けをすれば、いつにも増して笑みを輝かせながら由梨ちゃんが天那ちゃんに駆け寄る。
あぁ~かんわぃぃぃぃ!!
由梨ちゃんったらお姉ちゃんっ子なんだからぁぁぁぁっ!!
そして妹と仲良く手を繋ぐ天那ちゃんもまた素晴らしいこと。
なんだっけこういうの、確か『尊い』っていうんだっけ……眼福だわぁ~……。
そうやって一人悶えてしまうが、実はこれで話が終わるわけじゃない。
その理由は……。
「あっ! ゆうちゃんのおねーちゃんだ!」「ほんとだ!」「おねーちゃん! きょーもあえてうれしー!」「ねぇねぇあそんでー!」「だーめ、きょーはあたしとあそぶのー!」「ずるい! ぼくもおねーちゃんとあそびたい!」「ぼくもぼくもー!」「おれ、おとなになったらねーちゃんとけっこんする!」
「わ、わ。皆、今日も元気だね」
天那ちゃんの存在に気付いた園児達が、我先にと彼女の元へ殺到していく。
そう、これが天那ちゃんに注目する最大の理由。
彼女は保育士の私達以上に、園児達から絶大な人気を誇っているのだ。
でも不思議と敗北感はない。
あの天那ちゃんなら子供達に懐かれるのも当然って思えるしね。
園児が保育士に言う『けっこんする』って言葉も引き出すくらいには……。
「いつも凄いねぇ。でも皆、お姉ちゃんは学校の宿題をしなきゃなんだから、あんまりワガママを言っちゃダメだよ?」
「そこまで切羽詰まってるわけじゃないですから大丈夫ですよ。それに子供達と一緒に遊ぶと良い気分転換になるんで、わたしの方が助かってるくらいなんです」
「え、あ、そ、そう?」
群がる子供達を諫めるけれど、天那ちゃんは気にしてないと返した上にむしろ神対応すらしてみせた。
あまりの心の余裕の差に、目の前の彼女が中学生だと忘れそうになる。
常々思ってたけど……。
「天那ちゃんって、将来は保育士が向いてる気がするわね~」
「保育士、ですか?」
「そうそう。これだけ子供達に好かれるならまさに天職だと思うんだけど……あ、将来の夢が決まってるなら余計なこと言っちゃったよね? ゴメン、忘れて良いから──」
「いえいえ、大丈夫ですよ。まだ決めないですし……案外悪くないかもしれないですね」
そう言って微笑んでから、天那ちゃんは由梨ちゃんを含めた園児達と遊び始めた。
もしあの子が本当に保育士になったら、私が先輩として色々教えたりするんだろうか……。
漠然とそんな考えを浮かべつつも、他の園児のお迎えに来た親御さん達の対応に当たっていくのだった。
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