ちょっとだけ期待したりしてました
天井に豪奢にシャンデリアが取り付けられたホールには、今日という日を祝うためにバラの装飾があちらこちらに見受けられた。
その会場内では、スーツやドレスといった正装に身を包んだ複数の老若男女が無礼講で談笑する様子がよく見られている。
特に、一際大きいデーブルに座っている一組の男女の元には人だかりが出来上がっていた。
その男女はこの会場で一番高価な装いで、表情は今が幸せの絶頂と評せる程に明るく見える。
そう、ここは結婚式の会場で今は披露宴の会食の真っ最中だ。
あの男女は、今日から夫婦として苦楽を共にする新郎新婦というわけである。
幸せそうで大変よろしい。
そんな主役たちの様子を遠目で眺めていた俺は、ここに招いた張本人で隣の席に座っている堺を見やる。
ストレートだった赤茶の髪は毛先がカールを巻いていて、いつもよりきれいに磨かれている眼鏡も相まって、これぞクールビューティーと言える几帳面さが窺える。
何より、結婚式と披露宴用に着ている淡い青色のドレスによって、普段の彼女より魅力的に見えて仕方ない。
待ち合わせ場所に来た時に、あまりに綺麗で思わず見惚れたしな。
まぁ、それはそれとして……。
「なんで結婚式なのやら……」
別段初めてなわけじゃないが、やはり独身には場違い感が半端ない。
その妙な居た堪れなさからそんな呟きを漏らす。
一応、人並みに結婚願望はあるが、如何せん相手がいないため望み薄となっている。
日々の忙殺とその疲労が原因で、恋愛をする余裕が無いっていうのが理由だけども。
『後輩の
と、堺は理由を説明してくれたが、何故俺なのかって疑問は当然尋ねた。
その返事が……。
『他の同僚達は仕事で予定が埋まってて、他に同行を頼めそうなのがカズ君しか思い当たらなくて……』
らしい。
ちなみにあの時いたはずの三弥だが、堺にはガン無視されていた。
まぁ三弥が同行した場合、式会場にやって来た女性と仲良くしようとしていただろうし、それを懸念してのことだろう。
その点なら、以前彼女の頭を撫でた時の様に、俺なら変な事もしないだろうと信頼されているとも言える。
堺みたいな美人と披露宴の会食とはいえ、こうして食事が出来るのも悪くない。
そんな結論から俺は彼女の誘いを了承した。
「ゴールデンウィークの貴重な休みに、わざわざ付き合ってもらってごめんなさい」
しかし、さっきの呟きを聞いていたのか堺が申し訳なさを滲ませる表情を浮かべて、謝罪の言葉を告げた。
「何言ってんだよ。俺が堺の誘い乗ったわけだし、休みの時間をどう使おうと俺の自由だろ? ならこうやって堺と食事出来るのは有意義だよ」
「またそうやってカッコつけて……」
「……男はカッコつけたがりなんだよ」
「ふふっ。そうね」
確かにちょっとカッコつけすぎたと思い苦し紛れの照れ隠しを口にすると、堺は苦笑して肯定した。
少しは罪悪感を紛らわせたようで何よりだ。
「しっかし、法人営業部のアイドルとまで言われてた井藤さん──っと、
「私は前から相手がいるって知ってたけれど、こうして花嫁姿を観ていると色々と考えさせられるわね」
それは違いない。
現に俺も20代の後半を越えているというに、未だ独身なことに場違い感を懐いているしな。
あともう一つ。
10代で結婚したであろう、南さんのことが頭に浮かぶ。
家庭教師だった年上の男性と結婚──それも出来婚となると、どれだけ苦悩が多いことなのか想像が着かない。
その旦那を事故で亡くした彼女には、血の繋がった一人娘であるあまなちゃんを守るために、自分の時間を犠牲にしている。
今も幸せそうなカオをしている新婚夫婦のように、確かな幸せを祝ってもらえたはずなのに……。
「カズ君? ぼぅーっとしてどうしたの?」
「え? あぁ、いや。ちょっと自分の将来のこととか、な」
思考に耽っていたところで堺に呼び掛けられ、そう言い繕う。
いかんいかん。
堺と一緒なのに他の異性……それも子持ちの未亡人のことを考えるのは失礼だ。
そう思い直し、話題を変えようと彼女にある質問をする。
「堺も結婚とか憧れてたりするのか?」
「あら? 私だって女だもの。そういう憧れくらいあるわよ?」
ふと思い付きで投げ掛けた問いに、堺は心外だという風に眉間にシワを寄せる。
「あぁいや。そういう意味で聞いたわけじゃなくてだな……」
「冗談よ。でも憧れって表せる程じゃなくて、漠然と自分もするのかなって程度だけどね」
慌てて誤解だと伝えるが、彼女はすぐに表情を崩しておどけた笑みを向けて来た。
からかわれただけのようだ……。
けど、堺の言うことはなんとなくわかる。
人生で最頂の幸せを想像した時、真っ先に『結婚』が浮かぶせいかもしれない。
それとなく自分もしないといけない……そんな強迫観念染みた考えがあるのは確かだ。
「はぁ~……。俺も人並みに結婚願望はあるけど、誰かの人生を背負えるかって言われたら答え辛いな」
「そうねぇ。私もこの人なら自分の人生を預けられるって確信出来る相手がいるわけじゃないし……」
そこまで言って、堺は『あ』と小さく呟いてから俺にあることを尋ねて来た。
「カズ君はどうなの? 結婚はともかく付き合いたいって相手はいるの?」
「はぁ? いないけど……」
「えぇ~? じゃあ、一昨日電話していた人は? 話している内容は分からなかったけど、女の人の声だったわよね?」
「──ッブ!?」
ある意味核心を衝いたような質問に、俺は思わず吹き出してしまう。
あっぶねぇ、口に何も入れてない時で良かったぁ……。
その電話の相手こそ、さっき頭に浮かんでいた南さんだからだ。
あまなちゃんのことが浮かばなかっただけ、まだマシだと思うことにしよう。
そうしよう。
どこかからかうような眼差しを向ける堺に『あぁ、これは答えるまで追究してくるやつだ』と悟った俺は、手遅れかもしれないが平静を装って答えることにした。
「配達先で関わったただの知り合いだよ」
「……それだけ?」
「それだけだよ」
訝しむように聞き返す堺に、俺は至って冷静に答えた。
実際には
むしろ、子供との方が付き合いが長い方だ。
あれ、なんかかなり語弊がある関係性だな、これ……?
改めて、自分がどれだけ社会的に危ない綱渡りをしているのかを再認識して戦慄してしまう。
ええい、今は食事中だと気を取り直す。
それに堺にからかわれっぱなしなのも癪だ。
今度はこっちが聞き返してやろう。
「そういう堺はどうなんだ?」
「えっ? 私!?」
俺が質問するや否や、堺は目に見えて狼狽えた。
意趣返しも出来たことで既に満足していた俺は、すぐに答えなくても言いと口を開こうとしたら……。
「──私は、
結婚……まで行くかは分からないけれど、気になる人はいるわ……」
「……へ?」
意味深に期待を込めたような眼差しを向けて、堺は俺の質問にそう答えた。
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