屋台巡り



「毎度あり~」


 祭りを彩る多くの屋台の中から、あまなちゃんたっての希望で綿アメを買った。

 作ったのは漁師をやってそうな厳ついおじさんだったが、作られた綿アメはハンドボールサイズの可愛らしいクマの形をしている。

 見掛けによらず器用だなぁ……。


「クマさんのわたアメ、かわいい!」


 クマ型の綿アメをあまなちゃんは瑠璃色の瞳を輝かせて見つめる。

 こういうのって形を崩すのが勿体無くて遠慮してしまいそうになるが、黒音がスマホで撮影したためかあまり考える素振りも見せずに食べ出した。

 軽くジェネレーションギャップを受けた気分だ。


「あまくてふわふわする!」


 何ともストレートな感想を言うあまなちゃんを見て微笑ましい気持ちになる。

 その笑顔をもっと見たくて色々買ってあげたくなるが、あまり買い過ぎて荷物になるのは避けたい。

 ここはぐっと堪えて財布のヒモを絞める。


「あ、あそこ良いんじゃない?」

「ん?」


 綿アメを小さな舌で舐めるあまなちゃんとはぐれないように手を繋ぎ、次の屋台を選んでいると黒音が気になる店を見つけたようだ。

 見てみればそこは輪投げ屋で、先に遊んでいる子供達の様子から3個のリングを投げて、景品にくっつけた的に引っ掛かったらゲットというルールらしい。

 1回100円とちゃんと収益になっているのか少し疑問に思うが、そこは的の数を増やすなりして調整しているようだった。


「あまなちゃんはどれが欲しい? アタシが取って来てあげるよ」

「いいの?」

「もっちろん。今日はあまなちゃんの誕生日なんだからおねーちゃん頑張っちゃうよ~!」

「ありがとー! えっとね、あっちのはこ!」


 率先して名乗り出た黒音にお礼を言いつつ、あまなちゃんが指を指したのはこの輪投げ屋で二等賞に位置する『ミニプリンター付きカメラセット』だった。

 縁日で出していい類の品かアレ?

 あまなちゃんは食い付いたけど他の子供ならスルーされそうだし、おおよその値段を考えても当たりの無いクジ紐屋のゲーム機クラスだと思うんだが……。


 しかもリングを2個の的に引っ掛けられればオーケーみたいだ。

 取れるかどうかの緊張感より赤字の心配が上回りそう。 


「あれ? ぬいぐるみとかじゃなくていいの?」

「あまなね、ほんとうのパパとママにいっぱいおもいでができたよっておしえられるように、たくさんしゃしんとりたいなっておもったから!」

「天那……」


 何とも大人顔負けの理由に天梨が感無量といった風に笑みを浮かべる。

 俺も少しジ~ンと来た。

 

 自分の家族のことに折り合いを付けたあまなちゃんは、天梨を始めとした自分が大好きな人達との思い出を形にするために、写真に撮って残すという手段を選んだのだろう。

 その心意気が十二分に伝わったようで、黒音の瞳には俺でも滅多に見ないことのない強いやる気が宿っているように見えた。


「まっかせないさいな!」


 サムズアップを決めてから妹は店主に100円を渡し、投げるためのリングを3個受け取る。

 狙いのミニプリンター付きカメラセットを手に入れるには、2つの的に引っ掛ける必要があるので、外せるのは1回だけだ。

 黒音は周囲の喧騒が耳に入らない程集中しており、釣られるように俺達も黙り込む。


「──ほいっ!」


 狙いを定めた彼女が右腕を振るうと、リングは吸い寄せられるように1つ目の的に入った。

 

「もういっちょ!」


 こちらが歓声を上げるより先に、次のリングが2つ目の的へと入って行く。

 どうやら1回目で距離感を掴んだらしい。

 予想していたよりもすんなりと二等賞を手に入れられたのだった。


 鮮やかな黒音の腕前に見物していた人達は感心したような眼差しを向け、店主に至ってはお見逸れしましたと言わんばかりに頭を下げる。

 そしてついでとしてキャラメルも一個かっさらっていった。

 ゲーセンで遊んだ時にも思ったが妙に上手いよなぁ……。 


「おねーちゃんありがとー!」

「あまなちゃんが笑ってくれるなら安いもんよ!」


 お目当ての品を貰えたあまなちゃんは、溢れんばかりの感謝の気持ちを露わにする。

 可愛い妹分からの称賛に黒音は誇らし気に胸を張った。


 手に入った箱はそのまま持つには少しかさばるので、天梨が持っていたエコバッグを借りる。

 突然荷物が増えることを想定した良い準備だよなぁ……俺も今度からそうしよう。


「久しぶりに集中した~! そろそろお腹空かない?」

「だな。あまなちゃんと天梨はどうだ?」

「あまなはだいじょーぶ!」

「まだ西山さん達との合流まで時間はありますし、構いませんよ」


 黒音の提案により、夕食をたべることになった。

 これだけ屋台があれば選ぶことに困りはしても、空腹に悩むことはないだろう。

 

 というわけで俺とあまなちゃんが焼きそば、黒音がお好み焼き、天梨がたこ焼きとなった。


 近くの休憩スペースにあるベンチに腰を掛け、濃い目のソースが麺によく絡み付いていて美味い。

 

「おいしーね、おにーさん!」

「おぅ。祭りの日に食べると美味いんだぞ~」

「でも、あまなはママのおりょーりのほうがすきー!」

「そうだなぁ。天梨の料理はどれも美味しいよなぁ~」


 焼きそばを作ってくれた店主には悪いが、弁当だけで胃袋を掴まれ切っているのでそう簡単に覆りそうにない。

 機会があれば天梨に焼きそばを作ってもらってもいいかもしれないな。

 ……本人は栄養バランスが悪いと苦言を呈して来そうだが。


「……」

「天梨さん?」

「な、なんでもありません……」


 ふと気になって横目で見ると、天梨が何故かものすごい勢いでたこ焼きを食べ進めていた。

 心無しか耳が赤い気がする……って、今度は黒音から面白そうな眼差しを向けられてるんだけど?

 一体今の会話のどこにそんな表情をされる要素があったのだろうか。


「なんだよ?」

「べっつに~? 遅かれ早かれって感じだったのがようやく実を結んだって思っただけ~」

「なんだそれ……」


 意味が分からない。

 黒音の言いたいことがどうにも掴めない。


 そういや前に、俺が天梨と茉央のどっちを選ぶのかって邪推してたことがあった。

 ひょっとするとそれに関係しているのか?

 

 客観的に見れば、確かに天梨から家族以外の異性としては最も信頼されているだろうという気持ちは少なからずある。

 だからといって、それをすぐに恋愛感情に結び付けるのは強引というか早計というか……。

 あんまり気の良い話じゃない。


 でも、不思議と否定をするのも癪な気がして、俺はそれ以上話を掘り下げることなく焼きそばを完食した。

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