またいっしょに!
「あっ! あまっちたちがきたっす!」
「早く早く! 花火がはじまっちゃうわ!」
「こ、こんばんわ……」
腹ごしらえも済んだところで花火の時間が近付いていたので、俺達は何とか人波ではぐれることなく、はすみちゃん達と合流した。
あまなちゃんと同じく、3人もそれぞれに見合った浴衣を着ている。
その後ろに目を向ければ十中八九、彼女達の親御さんであろう2人の女性が立っていた。
「西山さん、北谷さん。今日は娘共々お祭りに誘って頂いてありがとうございます」
「こんばんは、南さん。浴衣似合ってますよ! 私も着てくればよかったかしら?」
「そうですね、きっと西山さんも
天梨の挨拶に真っ先に返事をしたのは、はすみちゃんの母親のようだ。
溌溂とした感じが確かに似ているなぁ……。
本人には言えそうにないが、絵に描いた肝っ玉母さんといっても過言じゃない。
そんな感想を浮かべていると、眼鏡を掛けた大人しそうな女性が寄って来ているのに気付いた。
「あの……もしかして、早川和さんですか?」
「えっ……」
「あぁすみません……私、智由里の母の北谷
「おぉ、そういう……えと、早川和です。ちゆりちゃんの元気な姿にはいつも励まされてますよ」
「あの子は私に似て少しドジなところがありますけど、よろしくお願いします」
気恥ずかし気に泉美さんは頭をぺこりと下げて会釈をする。
そうなんだ……ちゆりちゃんのドジは母親からの遺伝なのか……図らずもちょっぴり意外な真実を知ってしまった。
でも性格はまるで似てないな。
きっと内面は父親似なのかもしれない。
「あれ? かなちゃんのお父さん達はいないの?」
「えっとね、パパとママはきゅーにおしごとがはいっちゃったから、はすみちゃんのママといっしょにきたの」
「あらら~。それじゃ、アタシの隣で花火を見よっか」
「ありがと、おねーちゃん……」
東野家の両親は不在か……何とも間の悪いが、黒音が率先して構い出したので心配は無用だろう。
そうして全員が揃ったが、まだ花火までに少し時間がある。
というわけで……。
「はい、あまなちゃん。誕生日おめでとう」
「えっ、いいの!?」
懐に入れていた手の平サイズの小箱を手渡すと、あまなちゃんは驚きで目を丸くしていた。
そう、今日は夏祭りであると同時にあまなちゃんの誕生日でもある。
この日のために事前にプレゼントは購入済みだ。
まぁあんまり大きいのはアレなので、女の子が気に入りそうなヘアピンセットだが。
買った場所が場所だったから、黒音がいてくれたおかげで肩身が狭くならずに済んでよかったよ……。
ついでに言うと、ヘアピンとそのデザインを選ぶ時にも妹のアドバイスが大いに役立った。
「そうだったっす! ウチらもあまっちにたんじょーびプレゼントをわたすっす!」
「私たち3人でかったのよ!」
「うけとってくれる……?」
「ふわぁ~! みんな、ありがとー!」
はすみちゃん達から日記帳を受け取ったあまなちゃんは、大事そうに両手で抱えながらお礼を伝える。
さっき輪投げ屋で取ったミニプリンター付きカメラセットと同じく、あまなちゃんにとって思い出を刻む必需品を選ぶとは……。
偶然とはいえタイミングの良さに自然と笑みが綻ぶのが分かった。
「良かったですね、天那」
「うん、とってもうれしー!」
「ママからのプレゼントはお家に帰った時に渡しますからね」
「ほんと!? えへへ、たのしみー!」
娘の誕生日を祝ってもらえたためか、天梨の口調もかなり柔らかく感じる。
本当の母親に関する事実を知られても、今まで以上に親密な家族になったことで、彼女の中に存在していた心の壁が無くなったのが大きいのだろう。
ただ互いに笑い合う姿を見れただけでも、俺としては非常に満足できることだった。
……そう感じた時だ。
──ドォォォォン……。
夏の空に体の芯まで揺らす大きな音と共に、色鮮やかな大輪の花が咲き誇った。
それは10秒と経たずに消えてしまうが、瞬く間に次の大輪が花開く。
「おぉ~、た~まや~!」
次々と打ち上がる花火の輝きに、黒音が堪らずといった調子で感嘆の声を上げる。
妹だけじゃない、天梨を始めとした大人達も無言で空を見上げていた。
「うおおっ! でっかいっす!」
「い、いきなりおっきな音がしたからびっくりしたけど、すごいわ!」
「キレイ……」
「キラキラしてるー!」
子供達なんて特に大はしゃぎだ。
愛らしい瞳を一杯に見開いて、1秒でも長く花火の空を記憶に焼き付けている。
……。
……花火なんて久しぶりに見たなぁ。
最後に見たのはいつだったか……高校生の頃だったけ?
社会人になったものの毎日の配達に忙殺されて、こうやって祭りに来ることなんて無くなったから、ハッキリと思い出せない。
それでも、花火の音が脳髄にまで響いてくる度に、俺の心は確かに感動していた。
別段、初めて見るわけでもないのに、今日の花火は特に美しくて無性に涙が出そうだ。
どうしてか、その気持ちの理由を言葉にしたくても出来ない気がする。
ただ、普通に花火を見ただけじゃここまで心が震わされることはないはずなんだけど……その理由だけは自ずと解った。
「おにーさん、はなびキレーだね!」
「──……そうだな」
自分よりも遥かに小さな手をしている少女の言葉に、紛れもない本心を交えて返す。
建前とかプライドとか、そんな意地や取り繕いもへったくれもない、ただ目の前の景色を純粋に称賛するあまなちゃんが一緒だからかもしれない。
こうして隣にいるだけで、無駄な背伸びを止めて自然体でいられるからこそ、これほどまでに心が軽くなるのだろうか。
出来れば、この子が大人になってもこの純粋さを失くさないでほしいと思う。
「あまなちゃん。もう少し高いところで花火を見ないか?」
「? どーやっていくの?」
「俺があまなちゃんを抱っこするだけ。もちろん、嫌なら無理にとは言わないけど……」
「いいの!? 見たい!」
「おぉ、なら任せろ」
咄嗟に思い付いた提案を、あまなちゃんはノータイムで受け入れた。
会話が聞こえていたのか、横目で見た天梨がこちらへ笑みを向けているので、遠慮なく彼女の小さな体を腕に座らせるようにして抱き抱える。
「ふわぁ~! キラキラだー! あ、おにーさん、おもくない?」
「普段の荷物に比べたら全然軽いよ。そっちも急に高くなって恐かったりしないか? 花火に気を取られて落ちないようにしっかり掴まっててくれよ?」
「うん! おにーさんがいっしょだからこわくないよ!」
同じ目線になったあまなちゃんは、これ以上の幸せはないとばかりに笑みを輝かせる。
花火以上にその笑顔が見れて、俺も釣られて微笑ましい気持ちになった。
「ねぇ、おにーさん」
「ん?」
「あのね、きょーみたいに、
「──!」
暑さのせいなのか、花火の光に当てられてなのかは分からないが、柔らかそうな頬を赤く染め、恥ずかし気な眼差しを向けながら左手の小指を立てていた。
その可愛さは言わずもがな、何より重要なのはあまなちゃんが来年も来て欲しいと望んでいることだ。
あまり我が儘を言わない彼女がわざわざ約束と言ってまで告げた願い……俺に断るなんて選択肢が出て来るはずもなく、無言で差し出された小指に自分の小指を重ねる。
触れれば折れてしまいそうなくらいのサイズ差はあるが、離すまいとばかりに強く結ばれた。
「──あぁ。来年も一緒に花火を見よう。約束だ」
「──っ! えへへ、ぜったいだよ!」
約束を結べたことに、あまなちゃんは満面の笑みを向けてくれた。
たった1年とはいえ、子供の成長はとても早い。
来年の今頃もこうやって抱き抱えることが出来るのだろうか?
そう思うだけで切なさと同時に幸福を感じてしまうのが、親心とでも言うべきなのかもしれない。
「あぁ~っ! あまっちがおにーさんにだっこされてるっす! つぎはウチもだっこしてほしいっす!」
「ずるいわ! 私ももっとちかくで花火を見たい!」
「か、かなもおにーちゃんにだっこしてほしいなぁ……」
「おぉうっと!? 待って待って分かったから落ち着いてくれ!」
「ダ~メ! いまはあまなのばんだもん!」
はすみちゃんが俺達の格好に気付いたことを皮切りに、ちゆりちゃんとかなちゃんにもせがまれてしまう。
服の裾を引っ張ってまで我が儘を口にする様子から、よっぽど羨ましいらしいのが分かる。
さながらお腹を空かせた子猫に群がられている気分だ。
そんな3人に対し、あまなちゃんは誇らし気に俺の首に腕を回し、まるで宝物のぬいぐるみを渡したくないという風に抱き着いて来た。
言葉に出来ない幸せが込み上げて来る……前世はぬいぐるみだったのかもしれない。
いや、そんなわけないか。
「あらら~。早川さんって子供に懐かれやすいんですね~」
「夫が知ったら羨ましがりそうですね」
「(子供相手に羨ましいと思うのは大人気ないですが、でも出来れば私も和さんに抱き抱えてほしい……)」
「凄いね~アニキ。完全にロリハーレムじゃん」
親御さん2人はなんか微笑ましい視線を向けて来るし、天梨はなんだが複雑そうだ。
というか黒音が途轍もなく不穏なことを口走ってるのを止めたい。
周囲の人達からの視線も変に勘繰るようなモノではなく、まるで尊い景色を目の当たりにしたように優し気だ。
こんな形で注目を浴びるのは、めちゃくちゃ恥ずかしいんだが……!?
子供達にもみくちゃにされたため最早花火どころではなくなってしまったが、あまなちゃん達と来た今日の夏祭りは一生忘れられない思い出になりそうだった。
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