ウミネコ運送
「ういっす、今戻りました~」
担当区域の追加であまなちゃんという天使に出会い、存分に癒された(疚しいことはない)俺はその後の仕事も気力十分にこなすことが出来た。
そうして本日分の配達を終えて、勤め先であるウミネコ運送の事務所に戻って来たのだ。
時刻は午後8時過ぎ。
事務所にいる同僚や先輩後輩達の顔色は大分悪かった。
俺も昨日までなら同じように項垂れていたのだが、あまなちゃんのおかげで高みの見物気分だ。
「
「まぁ配達を労ってもらえたというか、そんな感じだよ」
青い顔で疑問を投げかけて来たのは──
三弥はウミネコ運送に入社した頃からの数少ない同期で、金髪と若干鋭い目つきから一見すると不良っぽく見えるが、それと裏腹に性格は真面目で仕事に真摯なやつである。
ただし、俺と同じく恋人はいないが。
そんな三弥にあまなちゃんの存在を伏せつつ返事をする。
癒された直後は気にならなかったが、小学1年生の女の子に労ってもらったから元気になったとか普通に事案に成り兼ねない。
馬鹿正直に打ち明ける必要は無いだろう。
が、その言葉を聞いた三弥は髪を掻きながら睨んで来た。
「なんだよそれぇ……こっちは配達先で担当が変わったことにクレーム出されたんだぞぉ?」
「うわ、ひっでぇ理不尽……」
「『変わるなら変わるで若い姉ちゃんの方が良かった』とか、セクハラスレスレのな」
先輩と仲が良かったからじゃなくて三弥が嫌だっただけかよ、質が悪いなぁ……。
そう考えたら、子供が相手だった俺の方がマシだな……語弊があるからこれ以上は止めておこう。
「バカね。それでわいせつ行為を働いたら、立派な業務妨害とわいせつ罪よ」
「お、
ある意味あまなちゃんと会った俺と真逆の人物に遭遇した同僚を憐れんでいると、赤茶の髪をボブカットの長さに切り揃えた眼鏡を掛けた女性──
彼女も三弥と同じく俺の同期だが、俺達二人と違ってネットや電話窓口からの配送受付に、顧客のからの相談を受け付けなどを担当する法人営業部という事務職に就いている。
美人と言っても差し支えない容姿から、社内でも人気があるのだが見た目通りというか規律に厳しい性格をしているため、フラれた男は数知れず……。
そんな堺は俺に顔を向けて、うっすらと笑みを浮かべる。
「配送お疲れ様、
「さんきゅ。まぁ三弥と違って人当たりの良いところ引けたもんで、思ったより気が楽だったよ」
「うーわっ、羨ましいなー!」
三弥が羨望の眼差しを向けて来る。
だが、堺はそんな三弥にジト目で射抜くように睨み出す。
「コラ。宅配員をやるならお客様を選べないことくらい常識でしょ? 羨ましがるくらいならその金髪と目つきをどうにかしてからしなさい」
「うわっ、人相否定ですか……」
「まぁまぁ。業者側の態度や身だしなみが悪かったら、お客も良い気分しないだろうって堺は言いたんだよ」
「和、それオレじゃなくて茉央ちゃん側をフォローしてね?」
「ちゃん付けしないでって言ってるでしょ? それにカズ君の言うことは尤もよ」
「へいへーい」
「もう、ちゃんと反省してるのかしら……」
堺の苦言を話半分に聞き流す三弥に対し、彼女はため息をつきながら目を伏せた。
二人共、入社当時から変わんないままだなぁ……と思う。
これでもかなり軟化してる方だから、まだマシなんだが……。
ちなみに堺が俺を『カズ君』と呼ぶのは、彼女が長い間俺の名前を『やまと』ではなく『かず』だと思い込んでいたからだ。
聞き慣れない読みだから仕方ないけどな。
同期として交流を深めていく内に名前で呼んでいいって言ったら、まさかの読み間違いが判明してちょっとした騒ぎになった。
何せ、堺はモテるから一時は俺とデキてるなんて彼女狙いの同僚達に嫉妬されたからなぁ。
……いっそマジで付き合うかって冗談で言ってみたら、疑心暗鬼な眼差しを向けられたため、その噂が真実になることはなかったが。
それから色々あって呼び方はそのままではあるが、誤解を解くことは出来ている。
中には未だ俺をライバル視するやつもいるが。
まぁ、それは置いておこう。
そう考えながら二人の喧騒を眺めていると、不意に俺の肩へ手が乗せられた。
驚き、咄嗟に振り返ると……。
「
「お、ひ、
白髪混じりの黒髪という壮年さを感じさせるやや小太りな男性が、威圧感たっぷりな笑みを浮かべていた。
この人はウミネコ運送の管理部の部長である、
管理部では物流管理、配送管理、在庫管理を主に、荷主の要望に応じた配送手配やスケジュール、人員配置などの代行業務も行う部署となっている。
日乃本さんは俺と三弥を含む宅配員の配送手配やスケジュールを担当しているため、付き合いはかなり長いのだが……。
この、人のことを『フ〇田くぅ~ん』みたいに呼ぶ時……これは最悪なパターンだ。
「今日の配送スケジュールはそれなりに厳しいかなと思ったんだがぁ~、どうやらまだ余裕があるようだねぇ~?」
「は、はは……き、今日は調子が良かっただけで、明日も同じかどうかはちょっと確証出来ないっすけど……」
「この業界は辛くて当たり前だからぁ~、河木君のようにぃ~腰を痛めて辞めてしまう人が多いぃ~。君のように前向きに仕事が出来る社員は貴重な故にぃ~、極力無理のないスケジュールで組んではいるぅ~」
「それは、大変ありがたいです……」
怖い怖い怖い怖いっ!
笑顔で威圧掛けて来ないで!!
日乃本部長がこう言う口調の時……それは俺達宅配員に『仕事を増やすよ(確定)』を宣言する時だ。
この強烈な圧を前にして、出来ませんと言える人間を俺は見たことが無かったりする。
言っとくけど、これは別段パワハラじゃない。
本人の言う通り各宅配員の体力に合わせた無理のない配送スケジュールを組んでくれているし、有給申請も嫌な顔せず了承してくれる。
もちろん、あまりにスケジュールが厳しいと言えばきちんと再調整もしてくれるほどだ。
先輩が辞めたことで発生したしわ寄せもこの人がかなり分散させてくれたこともあるし、普段からお世話になっているだけに、こう言ったお願い(圧)は拒否出来ない要因となっている。
結果、俺は戻って来たテンションが急転直下する程に項垂れながら、配送分量の追加を余儀なくされたのだった。
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