【番外編】 サンタさんへ伝えたいこと



 ~12月24日、午後23時過ぎ~


 身が凍えそうな満月の夜も相まって、マンション周辺は静寂に包まれていた。

 

「では、お願いします」

「おう、任された」


 そんな夜に、俺は南家にお邪魔していた。

 別に天梨と逢引きするような目的じゃない。


 むしろもうすぐ訪れるクリスマスに関係した目的だ。

 いや、クリスマス=男女の逢瀬って認識もあったな……聖夜が性夜にってやかましいわ。

 とにかく一泊こそすれど、そんなラブロマンスな理由で来ているわけではないことは理解してほしい。


 じゃあ何が理由なのかというと……。









「くぅ……くぅ……」


 子供の頃なら誰もが期待せざるを得ない『朝起きたらサンタさんからプレゼントが届いた!』を実現するためだ!

 その対象者は今も可愛い寝息を立てているぐっすりお休み中のあまなちゃんである。


 当然、天梨からは許可を得ているので不法侵入は適用されない。

 むしろノリノリで賛同してくれたし。

 最初は彼女から渡してもらおうと考えていたのだが、自分の分はクリスマス当日に渡すらしく、せっかくだからとサンタ役を任されたのだ。


 そのための第一段階である『部屋に入る』はとりあえず成功、穏やかな寝息以外何も聞こえない。


 相変わらず寝顔可愛いなぁ……。

 これが初めてってわけじゃないけど、邪気の無い愛らしさしかない表情を見るだけで癒される……。


 っと、出来れば無限に見ていたいがそんなことをしたら陽が昇ってしまう。

 サンタさんがいないという残酷な真実をあまなちゃんが知るにはまだ早過ぎる。

 既にこの状況が憧れをぶち壊してる気がしないでもないが、バレなきゃ何も問題にならない。


 しかし、一つだけ気になることがある。

 それは枕元に置いてある虫取り網だ。


 これ絶対サンタさんの正体を暴こうとしてたよね?

 捕まえて何をするつもりだったのかめっちゃ気になるんだけど?

 というか待ち構えてる内に寝落ちしてるとか可愛さが暴力と化してない?

    

 気になることがドンドン湧き上がって来るが、早く済ませないと起こしてしまいそうだ。

 雑念を振り払って起こさないように、ゆっくりとプレゼントを入れた箱を枕元に置く。  


 中身は子供向けの裁縫セットだ。

 最近興味を持ち出したのだと天梨から聞いたので、初心者向けな物を用意した。

 きっとあまなちゃんのことだから上達していくだろう。


 そんな期待を胸に後は退散するだけとなったのだが……。


「──おにー、さん~……」

「──っ!」


 唐突に聞こえた声にビックリして肩を揺らす。

 あっぶねぇ……よく声を我慢出来たな俺……。

 てかもしかして起こした……?


 恐る恐るあまなちゃんの方へ顔を向けるが、先程と変わらず可愛い寝顔のままだった。


「いつも、ごくろーさま……」

「──っっ!」


 どうやら寝言みたいだが、正直それに安堵する余裕が無い。

 あまなちゃんの夢の中でも働いている認識があることに少なからず哀しみは募るものの、夢であっても相手を労わる心を忘れない底なしの優しさに対する感動が勝った。

 もうホント天使かよこの子……。

 

 癒しをお届けするサンタクロースなんじゃないの?

 プレゼントを贈りに来たはずが癒しをプレゼントされるとか意味わかんねぇなオイ。


 あ、でもサンタクロースは子供の笑顔が原動力みたいな話もあるし、あながち間違いでもないか?

 

 色々思考を巡らせて何とか気持ちを落ち着かせる。

 でも最後に寝顔をバッチリ目に焼き付けておこうと見つめていると、枕元に『サンタさんへ』と書かれている手紙らしきものが目に入った。


 虫取り網に視線が向いて全然気付かなかった……もしかしてこれを渡したくて捕まえようとしたのか?

 それにしたって虫取り網で捕獲は無いだろと言いたいが、受け取っておかないとせっかくのクリスマス気分が台無しになってしまうかもしれない。

 

 ひとまず手紙は受け取っておこう。

 内容は後で見るとして、いい加減あまなちゃんの部屋から出ておかないとな。


 少々の名残惜しさを残しつつ、起こさないよう慎重に部屋を出るのだった……。


 =====


 ~翌朝~


「おにーさん、おはよー!」 

「おはよう、あまなちゃん」

「おはようございます、天那」


 朝から元気な挨拶をするあまなちゃんに、俺と天梨は平静を装って挨拶を返した。

 う~ん、嬉しさを隠せない表情を見ると罪悪感が押し寄せて来る……世の中の親達はこれを幾度も乗り越えて来たのか……。

 改めて子供の親というのは大変なのだと尊敬の念を抱く。


 欲しかったモノじゃなかっただけで『サンタなんていない』とか言っちゃった、過去の自分を引っ叩いて両親に謝らせたいくらいだ。


「あのねあのね、さっきおきたらね、サンタさんからプレゼントがきてたの!」

「おぉ~、良かったな!」

「今年も良い子にしていたご褒美ですね」


 ちょっぴり後悔を感じていると、瞳を輝かせるあまなちゃんがプレゼントを自慢気に見せて来た。

 その表情を見た途端、胸の奥がじんわりと暖かくなる。

 こんな良い笑顔を見せられたら、罪悪感なんて簡単に消し飛ぶのは至極当然だった。

 

「それでね、サンタさんにかいたおてがみももらってくれたの!」

「おてがみ、ですか?」

「うん! よんでくれたかな~?」

「……そうですね、きっと喜んで受け取ってくれたと思いますよ」


 例の手紙の件をあまなちゃんから聴いた天梨は、チラリと俺を横目に見ながら返した。

 まぁ状況的に受け取れるのは俺だけだもんな。

 

 尤も天梨から向けられる視線は責めるようなものではないので、ありがたいやら申し訳ないやら複雑な心境から苦笑で返す他ない。


「プレゼントも良いですが、朝ご飯の前に歯磨きをして来て下さいね」

「はーい!」


 プレゼントを抜きにしても朝から元気だなぁ、と子供らしいバイタリティ溢れる返事と共にあまなちゃんは洗面所へ向かって行った。

 それと入れ替わるように天梨が朝食を並べていき、席に着いてこちらに目を向けて来る。

 彼女が何を言いたいのかは察しているので、俺は無言であまなちゃんが書いた手紙を取り出した。


「サンタさんへ向けた手紙なのに、随分と意地悪な泥棒さんがいたものですね」

「人聞きの悪い言い方は止めてくれ。本物じゃないとはいえ、受け取ってもらえなかったって悲しまれるよりはいいだろ」

「責めてはいませんよ、からかっただけです。……もう中身は見たんですか?」

「寝る前にな」


 そこで会話を一区切りし、天梨は手紙に目を通す。

 10秒と掛からずに読み終えた彼女は、ゆっくりと両手で顔を覆い出した。


「~~っ、はぁ~~……どこまでも優しい子で私は誇らしいです……」


 珍しく目に見えて悶えていた。

 実際俺も似たような反応をしていたので、その気持ちはとても良く分かる。


 大人が思うのもなんだが、サンタクロースが実在しているとしたら何とも勿体ないことだ。

 何せ……。



『──サンタさんへ。

 

 まいとし、みんなにプレゼントをおいてくれて、ありがとうございます。

 たっくさんがんばるから、きっとサンタさんはつかれてるとおもいます。

 

 そんなサンタさんにちゃんとおれいをいいたいけど、わたしはよふかしがにがてなので、なかなかいえません。

 なので、こうしておてがみをかきました。

 

 いつもごくろうさまです。

 プレゼントをはこびおわったら、ゆっくりおやすみしてください。


 みなみあまなより』


 ──こんな良い子からの手紙なんて、滅多にもらえないんだからな。

  

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