どっちがいい?


「ねぇ、アニキ」

「ん?」


 南母子と別れて、自宅であるアパートに向かって運転の途中、後部座席にいる黒音から不意に呼びかけられた。

 なんだと返事も込めて続きを促すと、窓の外を眺めてこちらに目を合わせようとしないまま先の言葉を紡ぐ。


「アパートに着いたら荷物持ってくるからさ、実家まで送ってくんない?」

「……親父と喧嘩して来たにしては、前に比べて随分と早い家出終了だな?」

「そだけどさ……なんか、あの親子見てたら意地張ってんのがダサく思えて来たっていうか……そんな感じのアレ、なわけ……」

「──っぷ、はははは……」


 絶賛反抗期である黒音のしおらしい態度に、思わず苦笑してしまう。


「そんなおかしいこと言った? 喧嘩したんだから仲直りしてやろうってだけじゃん」

「上から目線かよ。そうじゃなくて、丁度実家に帰ろうかって思ってたところだから、ついな」

「っ、ふ~ん……」


 あの2人の幸せな光景を見て、揃って触発されるとはやっぱり兄妹なんだと実感する。

 適度に連絡はしているから元気なことは知っているけど、直接顔を合わせるのはかなり久しぶりだ。

 

「泊まっていくの?」

「いいや。明日からまた仕事だし、今度にな」

「そっか」


 本音を言えば酒の一本でも買って親父と飲み明かしたいが、飲酒運転や二日酔いをするわけにはいかない。

 軽く顔を合わせて世間話をするだけに留めておくつもりだ。

 母さんあたりが結婚相手は見つかったのか的な、返しに困る質問をしてくるかもしれないが……まぁその時はその時だな。


「あ、そうだ黒音。天梨とあまなちゃんのことは──」

「解ってる。アニキがロリコンか人妻趣味だってことは言いふらしたりしないって」

「言いふらす以前に、まずそのあらぬ認識を改めてくんねぇかな?」


 とんでもなく語弊のある言い方をする黒音に待ったの声を掛ける。

 俺、そんな対極に位置する性癖を同時に拗らせた記憶はないんだが。

  

「でも実際さぁ、アニキは天梨さんと堺さんのどっちが良いと思ってんの?」

「またそういう質問か……」


 現役JKの黒音からしたら興味を持っても仕方無いだろうが、こっちとしてはうんざりする他ない。

 

「恋人なんていらないとは言わないけど、あの2人とそういう関係になるつもりはないって。天梨は既婚者だし、旦那さんのことだって──」

「もう! そういう事情一切抜きにした上でどうなのって聞いてんの!」

「はぁ……?」


 黒音の言いたいことは解ってる。

 天梨をあまなちゃんの母親でも既婚者でもない、等身大の1人の女性として考えた場合に交際相手にしたいかどうかということだ。


 美人で真面目な性格、それでいて家事能力に問題は無いどころか満点とも言える。

 だが……。


「なんつーか、間にあまなちゃんがいないと俺と天梨って道端ですれ違う人と大差ない感じかも」

「えぇ~……」


 正直に言ったのにそんな露骨にガッカリしなくても……。

 逆にどんな答えを期待していたのか気になるんだけど。


「それって単純にアニキが天梨さんの母親としての側面以外を知らなさ過ぎるだけじゃない?」

「……かもな」


 言われて納得した。

 初対面の時から今でも天梨はあまなちゃんの母親って認識だ。

 そもそもが、あの子と関わっていなければ互いの存在を知らなかったことすら有り得る。


 仮に俺と彼女が結ばれようものなら、あまなちゃんがキューピットとされるくらいに接点が無い。

 

「まぁ天梨とは南家の事情に過干渉しないって約束をしてるから、付き合うなんてことになったらそれを破っちまうしな」

「はえ? なにその約束?」

「最初に会った時にちょっとな。母子家庭だし色々あったんだろうよ」

「あ~……」


 半ば自然消滅している気がしないでもない約束とその理由を、黒音は納得がいったという表情で聞き入れた。

 天梨自身も亡くなった旦那さんを想ってるし、娘のためにも新しい恋愛をする気もないって言っていたから、俺が彼女を好きになることはあっても逆は有り得ないだろう。

  

「じゃあ堺さんは?」

「茉央か? ん~……会社で付き合ってるって噂が立ったことはあるくらいに仲は良いけど、特にはないな」

「え~?」


 強いて言えば後輩の結婚式に付き添ったくらいだけど……アレは数合わせみたいなもんだし言わなくてもいいだろう。

 しかし、黒音はやはり不満そうに唇を尖らせる。

 だから何を期待しているんだお前は。


「その噂にかこつけて付き合ってみるかーみたいなことなかったの?」

「冗談で言ってみたら睨まれたよ」

「おぉう……」


 ありのままあったことを明かすと、黒音は『大丈夫かよ』という途方に暮れた眼差しを浮かべた。

 俺じゃない誰かを呆れたように見ていると思えるのは気のせいだろうか?


「でも、名前で呼び合うようになったんなら、ちょっとは進展したんじゃない?」

「進展って……アイツとは友達で同僚だよ。お前が思ってるようなもんじゃない」

「そう思ってるの、アニキだけだよ絶対」


 なぜ断言する。


「第一、なんで2人を俺と結びつけようとしてんだ」

「だって、どっちかがアタシの義姉になるのかが掛かってるんだもん!」

「おい」


 兄の将来じゃなくて自分の将来の心配をしてたのかよ。

 兄想いな妹を持てた細やかな幸せを返せ。


 そんな業腹な思いでバックミラー越しに黒音を睨むが、窓の外を眺めていたので全く気付かれなかった。

 ちくせう。


 それからも他愛のない話題を交わしつつ、黒音を実家に送り届けた。

 久しぶりに会った親父と母さんは元気そうだったが、泊れないことを伝えると寂しそうにしながらも送り出してくれたため、それだけでも来て良かったと思える。

 

 そうしてアパートに帰ると、慣れ親しんだはずの部屋が広くて静かに感じた。

 たった3日だけなのに、あまなちゃんと黒音の3人で過ごした時間が印象深い証拠だ。


 だからかもしれない。

 黒音に散々関係をからかわれた2人のどちらかと付き合えば、こんな気持ちを感じずに済むのかと考えたのは。

 一時の気の迷いだと切り捨てられず、ベッドで休んで黙々と考えている内にいつの間にか眠りにつくのだった。

 

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