夏と言えば!



 8月に入って2度目の南家への配達日が来た。

 相変わらず夏の陽射しは強く、冷房の効いた車内を出ればすぐに汗が噴き出る始末だ。

 腕も少し日焼けしてきたように思う。


 そんな憂鬱な心のオアシスとして、あまなちゃんの癒しを待ち遠しく感じていた。

 今朝、天梨から亘平さんと真由巳さんは外出する聞いてるので、前回の様に邪魔される心配もない。

 

 なんて期待を胸に仕事に励んで、午後3時……ようやく南家へ向かう番となった。

 

 いつものように184号室に着き、インターホンを押せばすぐに応答が来る。


『はーい!』

「こんにちは~、ウミネコ運送で~す」

『ちょっとまっててー!』


 軽快な調子で答えてくれたあまなちゃんが、程なく玄関のドアを開けて出てきた。

 今日はシンプルな白いワンピースだ。

 可愛い。

 

「こんにちは、おにーさん! いつもごくろーさまです!」

「こんにちは、あまなちゃん。今日も留守番ご苦労様」


 互いにそう労わる。

 どちらが上だとかそんなことはなく、ただそう交わすだけ。

 

 そんなやり取りをしながらも、受け取りの印鑑を押してもらう。

 荷物を置き、汗を拭っていると濡れタオルを差し出された。


「はい、おにーさん!」

「ありがとう、あまなちゃん」


 夏が本格的になって来た頃から、あまなちゃんは予め準備してあった濡れタオルを渡してくれるようになった。

 幼女に部活のマネージャーみたいな行動されるなんて、微塵も予想していなかったなぁ。

 ……帰宅部だった俺にそんな青春イベントはなかったけど。


 そんな灰色だった高校生活を思い返してナーバスになりながらも、冷えたタオルで汗を拭いていく。

 

 最初は彼女に拭いてもらっていたが、流石に絵面が危ないと天梨から注意されたことがあるので、こうして受け取るまでに留めている。

 自分の汗を子供に拭いてもらうとか、親でもするかどうか怪しいことを、傍から見れば赤の他人にしか見えない俺がやってもらうのは確かにダメだった。

 自制が足りてないと反省するばかりだ。


 なんてことを考えつつ、次の配達時間までいつも通りの交流を始めることにした。


「あまなちゃん、夏休みの宿題は順調か?」

「うん! こんしゅーちゅーにはおわるよ!」

「えらいなぁ~」


 俺なんてギリギリまで溜め込むタイプだっただけに、なおさら優等生な幼女に感心する他ない。

 黒音もスローペースではあるけど、しっかりとこなしているだけによりそう思う。


「ママにもおじーちゃんにもおばーちゃんにも『えらいねー』ってほめてくれたよ!」

「それだけあまなちゃんが頑張って宿題をしたってことだよ」


 あの3人が手放しに褒める光景が容易に浮かんだ。

 あまなちゃんの愛され体質というか、そういうどんな些細なことでも褒めたくなるような気持ちは良くわかる。

 だって褒めた時の反応が超可愛いし。


 その可愛らしさが目と心の保養になるのでさらに褒めたくなる……あれこれなんて無限ループ?

 この幼女ってば無敵過ぎない?


「ねぇねぇおにーさん! あまなね、ききたいことあるの!」

「ん? なにかな?」


 改めてあまなちゃんの魅力を痛感していると、何やらぴょんぴょんと跳ねながら質問を投げ掛けられた。

 何の気なしに先を促すと、彼女は瑠璃色の瞳に期待を宿らせながら口を開く。


「さらいしゅーのおまつりのひって、おしごとおやすみなの?」

「祭り……? あぁ、あったなぁ。確かその日は休みだったけど」

「ホント? よかったー!」


 毎年8月下旬に差し掛かった頃に、自然公園で夏祭りが開催されている。

 まぁこれまでは仕事だったり、休みだった時は家で寝てたりしたから行ったことはないが。

 彼女がこの行事に言及したのに何か理由があるんだろうと思いながら答えると、目に見えて嬉しそうに笑みを浮かべた。


「どうして良かったんだ?」

「あのね、おまつりのひはみんなであそぶから、おにーさんもいっしょにいけたらいーなーっておもったの!」

「なるほど……」


 はすみちゃん達と共に行く予定の祭りに、休みが重なっているから誘われていると知らされ、少し思案する。

 女子小学生達だけというのはあり得ないだろう、確実に保護者も一緒だ。

 ここで了承してもいいが……。


「それ、天梨に訊いてみたのかな?」

「ママはね、おにーさんがだいじょーぶならいいよっていってたよ」


 どうやら先に許可をもらっているらしい。

 それでさっきの『良かった』に繋がるわけか。

 せっかくの厚意を無下にしたくないなぁ……というわけで。 


「それじゃ、祭りの日はご一緒させてもらおうかな」

「えへへ、ありがとー!」


 俺が賛同の意思を見せると、あまなちゃんは朗らかに笑い掛けてくれた。

 この笑顔のためなら多少の出費は痒いもんだ。

 

 この際だ、黒音も誘っていいだろう。

 そうしたらあまなちゃんもはすみちゃん達も喜んでくれる気がする。

 黒音だって祭りを満喫するかもしれないしな。


 なんだか出費がさらに重なった気がしないでもないが……そこは行くと決めた時点で観念する他ないだろう。


「祭りか~……あまなちゃんが浴衣を着たら似合うだろうなぁ」

「ゆかた?」

「ちょっと待って」


 いまいちピンと来なかったのだろうか、首を傾げて疑問の表情を浮かべている。

 言葉で説明するより見た方が早いと思い、スマホをポケットから取り出して適当に画像検索を掛け、表示された画像をあまなちゃんに向けてかざす。 

 

「ほら、こんな感じでお祭りの時に着るんだ」

「あ、これみたことある! あまなもきてみたい!」


 一目見るや気に入ったようだ。

 オモチャを欲しがるような眩い表情に甘やかしたくなるが、俺が買って渡すわけにはいかない。 


「天梨に言えばきっと喜んで用意してくれるよ」

「ほんと?」

「あぁ」

「じゃあ、ママにおねがいしてみる!」

 

 何なら天梨だけじゃなくて亘平さんもノリノリで用意してくれそうだ。

 小学1年生だから来年には成長して同じモノは着れないだろうけど、逆に言えば今しか着られないから貴重なのではと思う。


「それじゃ、仕事に戻るよ」

「あ、まっておにーさん」

「ん?」

  

 話も一段落したところでそろそろ配達に戻ろうと声を掛けると、あまなちゃんは真剣な面持ちで待ったを掛けて来た。

 何か祭り関係で伝え忘れたことでもあるのかと耳を傾ける。

 すると彼女は小さな右手の小指を差し出して来たのだ。


「おまつりであそぶやくそく! ゆびきりしよ!」

「──っ、お、おぉ。そうだな」


 可愛すぎて一瞬息が詰まった。

 すぐに平静を装い、そっと小指を差し出す。

 互いの小指は関節1つ分のサイズ違いはあるが、離れないようにしっかりと結ばれた。


「「ゆーびきーりげーんまーん、うーそついたーら、はりせんぼんのーます、ゆーびきった!!」」


 そうやって約束を交わした後に、俺は次の配達先へと向かう。

 




 ──翌日にあんなことが起きるなんて微塵も思わないまま……。 

 

 


 

 

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