幕間 第17話 未来を照らす光
「それにしても本当にすごいですよね、レイラ。裁縫の腕をその道の高名な方に認められただなんて」
「ええ。けどこれまで多くの優れたものを近くで見てきたシャルの目は確かだと思うわ。その彼女が期待を寄せているというのだから、きっとうまくいくはずよ」
私は、入学先の学級選定試験を終えて元気を使い果たした様子のエフェスを労うためにその背中をお風呂でゆっくり流してあげた後、メルと二人して夜の月を眺めながら涼む中で、どちらからともなく、レイラから聞いた今日の出来事についての話をし始めていた。
その話によると、私がリゼと街なかに遊びに出かけていた間、レイラはシャルが招き寄せた高名な裁縫師に自身の腕前を余すところなく披露していたようで、実際にその非常に高度な技術を目の当たりにしたその裁縫師は
何でもレイラ自身は、普段から損耗の激しい衣服の修繕や新たに製作する作業を日々繰り返す中で母親譲りの裁縫の技術を自然と磨いていき、また貧困故に美しい衣服を空想することしか出来なかった彼女は、自分でも知らずのうちに創作する能力を高めていった様子で、その裁縫師曰く、その技術をこれからさらに高めていけば、いずれは物件の一部でしかない店に留まらず、完全に独立した自分だけのお店を出しても、必ず町民からの人気を多く得られるだろうとの話だった。
「しかしもっと早くからレイラの才能を見越して、あの三階建ての物件をすぐに押さえた後、私にも何かお店を出しちゃいなさいよって言って来たシャルにも、私はかなり驚きましたけどね。いや、そんな簡単にって……」
「ふふ……本当にそうだったわね。あの勢いは何ともシャルらしいけれど、お店のことに関してはリゼも前から興味があったピッツァ造りに挑戦できる良い機会じゃないの。何でもこれから師事することが出来るお師匠さんの候補まで紹介してもらったのでしょう?」
「はい。以前ピッツァを頂いた時に感動して、個人的にちょっと作ってみたいと思っていたって言ったらもう、とんとん拍子に話が進んで……気が付いたらそんな感じになっていましたね。時間はかなり掛かると思いますが、他にも色々なお料理やお菓子作りまで学べそうで、修行中の身でもお給金まで出してもらえるのだとか……」
料理の腕になら、お屋敷で仕えていた際にも密かに練習を重ねた経験があったことで、それなりに覚えはあった。そんな私が、これからより専門的な技術を身に付けて行けば、やがては自分だけのお店も開くことが出来ると勧めてくれたシャルの支援を受けるかたちで、私は近いうちにこのオーベルレイユでも特に高い人気を誇るというお店の料理長にまで、自分のことを紹介してもらえることになっている。
そしてそこで私が特に好きなピッツァを始めとしたヴェルデルッツォの郷土料理を中心に修業を積みながらやがては一つのお店として完全に独立することも視野に入れながら、まずはシャルが押さえた物件の最上階部分で飲食を提供出来る小さなお店を開くという、極めて長期的な
シャルが提案していた計画では、まず一階部分にメルの錬金術を駆使した不思議な品々を販売及び受注製作するお店を開き、二階では素晴らしい裁縫の技術と創作の才を持つレイラが、衣服の仕立てと修繕とを一手に請け負うお店を最初は一部の業務に限定した上で開店、そして三階ではピッツァを主役として、その他にも郷土料理や甘味を幅広く提供できるお店を、小規模ながらゆくゆくは開くという予定で、それまではメルとレイラがそれぞれの作業で使用する資材の置き場にするということで、私たちのそれぞれに大きな目標が新たに出来たように感じられた。
「あなただって本当に大した人よ、リゼ。武術以外でもちゃんと食べていくための術を身に付けたいっていうその気概は、とっても素敵だわ。それにリゼになら、きっとどんな目標だって達成出来るはず。ずっと近くであなたの姿を見てきたこの私が言うのだから……どうか自信をもって」
「メル……私にとってはその言葉が何よりの活力になります……これからより一層、頑張って参りますから……どうかずっと傍で、見ていてくださいね」
「ええ、リゼ。見ているわ、いつまでもあなたの傍で……ね」
そう言ったメルの顔は、この見上げた夜空の下で笑う月の優しい光のようにとても穏やかで、まるで私の全てを柔らかく包み上げてくれるようだった。
ただメルも、あの月と同じで時には暗い影を落とし、いつかはこの私がその姿を完全に見失ってしまうようなことがあるかもしれない。しかしその月はいつも確かに其処にあって、いつだって私のことを見守っていてくれている。そんな時、何よりも大事なのはきっと、私自身がその存在を信じ抜くこと。たとえこれから何が起きたとしても、最後まで決して諦めずに。私はいつまでもあなたを想い続ける。
そうすれば月はいずれまた昇り、この目に映るはずだから。
「そうだわ……リゼ。贈り物が……」
「あっ……ならまず、私から……!」
月明かりのみで満たされた薄暗い部屋の中で、私は綺麗に包装してもらった箱をメルに手渡した。それから間もなく箱を空けて中に収められていた腕輪を手に取った彼女の顔は、夜空を濾した仄青い光の中でも眩しく煌いて見えるほど明るく咲いて、今すぐに抱き寄せて自分のものにしたくなるほど、艶やかに感じられた。
「まぁ……これは腕輪……? まるであの月に寄り添って
メルは早速その腕輪を右の手首に嵌めると、窓から差し伸べる月光で洗うように何度も自身の手首を返したり戻したりしながら、とても嬉しそうな面持ちを浮かべたままで
「良かったぁ……メルに喜んでもらえたようで何よりです……」
「ふふ。では今度は私からあなたに。……リゼ、左手を出して?」
「えっ? 左手ですか……はい」
するとメルは、月光を受けて淡い虹色のような見目美しい輝きを放つ貴石を戴いた金の指輪を、私の左手の薬指にそっと通してくれた。
「メル……! これは……」
「誕生日にはまだずっと早いけれど……あなたの誕生石である
自分の誕生石だなんて当の本人である私自身が、半ば忘れかけていたもの。
しかしメルはちゃんと覚えていてくれた。嬉しいことに、名前まで刻んで。
さらにその指輪が通された指は左の薬指……即ち永遠の愛を意味していた。
「その……私、この喜びを言葉でどう表現したらいいのか……でも、これだけは言わせてください。本当に、ありがとうございます……メル。私、この指輪をメルの想いそのものだと思って、ずっとずっと、いつまでも大事にしますからね……!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ、リゼ。本当はもっと豪華な指輪を贈りたかったのだけれど、今はこの輝きが精一杯。いつかまた改めて……贈らせて頂戴ね」
「そんな……この私にとっては、他のどんな高価な指輪よりも価値のある、世界でたった一つの宝物です。それと私もいつかまた……この想いをかたちにしたものをメルに贈らせてください」
「ふふ……今からまた新しい約束ね。いいわ、その時には私もあなたも、今より一段と大きく立派になった姿で……また想いを届け合いましょう」
「はい……メル」
それから程なくして、私とメルは揃って同じ寝台に入った。
メルから貰った指輪を嵌めた私の左手と、私が贈った腕輪を煌かせるメルの右手とがどちらからともなく自然に繋がり、お互いの想いそのものでもある優しくて柔らかい熱が、其処を伝って私たちの間を緩やかに行き来し始めた。
「おやすみなさい、リゼ。また、明日ね……」
「おやすみなさい、メル。また、明日……」
そして瞳を閉じた私は、眼裏にメルの姿を残したまま、やがて訪れた心地よい眠気に身を委ねた。また明日も明後日も明々後日も、この先ずっと目を開けばあなたの姿が其処にありますようにと、この左手に輝く美しいお月様に強く願いながら。
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