第22話 魔導の使い手
「上カラ降る雨デ、アちらコちらニ出来た、この水タマリ。そこにこの血が十二分に混じり合った状況デ、俺ガ周囲ニ妖気を流せバ、一体ナニが起キルと思ウ?」
「血……?」
私が先刻、自身の髪を利用してかの妖魔に一太刀浴びせた際、致命的ではなかったものの、相手の胸元は広く袈裟形に切り裂かれ、そこからはかなりの量の出血が見て取れた。そしてそれは今も妖魔の足元まで伝って、地面へと流れだしている。
「判らンカ……? ソレハな……こう、なるのサ!」
――水たまりが波打って、そこから……何かの形を象ろうとしている……?
あれは人の……? いえ、この形はまるで……あの妖魔、そのものだわ!
「あなた、まさか……」
「気づイタようだナ。そう、俺ノ力は液体操作。俺ハ液体に自身ノ妖気ヲ伝えるコトで、ソノ性質ヲ変化させる能力が有ル。特ニ、俺ノ妖気ガ最も濃く含まレてイル血ヲ利用スレバ、その効果ハ何倍にモ跳ね上ガるってわケダ」
――これは、私が持つ魔導の能力にも似通っているところがある。
とりわけこの妖魔の場合は、液体を操る能力に特化しているようね。
これは、戦いが長引けば長引くほど、こちらが不利になるに違いない。
「さテ、他ニ話スことモ無くなってキタな……もう、おやスミの時間カナ?」
「その台詞、そっくりあなたにお返しをして差しあげるわ」
「ハッハ……ほざケ!」
――妖魔の分身が、四方八方からこちらに向かって殺到してくる。
あの分身たちは、その大部分が水で出来ていることを考えれば、仮に一太刀加えたところで、またすぐに元通りになってしまう可能性がある。
とりあえず、まずは相手にダメージを与えて、その影響度を確かめなくては。
「
「はッ、そんなモノが通用スルと思ウカ?」
「くっ、切断面が瞬く間に閉じていく……」
――やはり駄目、ね。相手を刃で切り裂いても、またすぐに結合してしまう。
それにあの分身、こちらへ水の刃のようなものを次々と飛ばしてくる。
液体を操る能力というのは、想像以上に厄介なものね。
「さっきマでノ勢いハどうシタ? たダ、逃げ回ルことシカ出来ないノカ?」
――確かに、このまま逃げ回っていても、埒が明かない。
水相手にただの攻撃を加えても、底なしの泥沼に杭を立てようとするのと同じ。
しかし、もしその泥を固めることが出来るとしたら……?
「やってみるしか、なさそうね!」
「ン……動きガ止まっタ? 我が分身ニ囲まれテ、窮地に陥ルだけトいうのニ、床ニ手ヲつけテ、一体何ヲするツモりダ……?」
地面は上から降り注ぐ雨水によって満たされている。
そしてあの癪な分身共も皆、其処に足を浸している。
つまりそれらは常に、どこかで一体化している状態。
「はぁぁぁぁ……」
――熱を一気に奪い去る。この魔素を通じて伝わってくる存在、それらが持つ全ての熱を。この手が紡ぐ音無き調べは、空気の流れまでもが凍てつく
「響け……
「何ッ!」
「そして受けなさい……
この技なら自身を中心として、八方に散在する対象にも真空の刃が届く。
威力は小さくとも、周囲に林立する氷像を穿つには、事が足りるはず。
断たれた氷塊が地へと落ち、千々に砕け散れば、ただの
「アノ低い体勢かラ、あんナ技ヲ……オのれェ……!」
「あとは、あなただけ。もう執行猶予はつかないわ。観念することね」
「ン……ところデ貴様、随分ト身体が火照っテいるようダナ?」
「……? それが一体、どうしたというの」
――確かに、周囲を水気を凍結させるために奪い去った熱は、私の身体に集結してしまったが故に、魔導の発動後は全身から湯気が立ち昇るほど、体温が急上昇した。
しかし、そんな熱は時間が経つか、何か別の手段で発散させれば問題ない。
それが一体、何だという――
「ソレはナ、コウいう……ことダ!」
「うあっ!」
――何、視界が急に変転して……! 背後から足元をすくわれた……?
相手の分身は全て氷結し、膝元から上は全て地に落ちて崩れ果てたというのに。
けれど、下からこの体に伝わってくるとても冷たい感触……これは!
「足元の周リニあッた氷ガ、意外ニモ早く溶ケちまっテタみたいダナ?」
「はっ、リベラディウスが……!」
――今のでリベラディウスをこの手から放してしまうとは……何ということ。
これはまさに焦眉の急。気づけば妖魔に使役された融水が、既に私の身体から自由の大半を奪っている。この体勢からでは相手の攻撃に反応することはおろか、立ち上がることすら至難。今からこれら全てを再氷結させている余裕はもう――
「終わりダ、小娘……」
――この、右腕に絡みついている水の腕一本ぐらいなら、何とか引きちぎれそう。今の体勢から反撃に転じる手段があるとすれば……ただ一つ。そして試す機会もまた、ただの一度きり。しかしもはや、この手に賭けるほかない!
「死ねイ!」
「
「――ッ! き、貴様……何ヲ、ドウ、やッテ……」
この手に伝わってくるものは、生暖かい感触と
私の指先から伸びているこれは、リベラディウスの鋭さには遠く及ばない。
しかしそれでも、急所の一点を確実に突くことさえ出来れば、話は別。
相手がより慎重な手段で、私の命を奪おうとしていれば、恐らく結果は違った。
「私の……右腕に絡みついていた、水の腕を引きちぎると同時に、ただの水飛沫と化したそれを瞬間凍結させて、氷の刃へと変化させた……あとは、見ての通り、よ」
「クソったレ……が……」
勝負はあった。でも仮に何か一つ違っていればと考えると、背筋が凍る。
何はともあれ、私が生きているこの現実、今はそれこそが全て。
ここで得ることの出来た経験を、また次回に活かせばいい。
――ここから更なる新手が来ないとも限らない。
今はとにかく、あの子たちと共に脱出するのが先決。
横たわるこの妖魔に、しっかりと、止めを刺してから……。
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