第23話 遺された言葉


「フ……運ガ、良かッタ……ナ」

「否定したいところだけれど、どうやら、本当にそのようね……さて」


 ――妖魔とは言え、一個の命を持った存在に変わりはない。

 その最期を決する者として、旅立つ魂には、せめてもの尊厳を。

 

 この、リベラディウスの輝きに込めて。


「……最後に言い遺したいことは、何か、あるかしら」

「に、人間ハ……実ニ醜く、ソシて、妖魔よりモ恐ろシイ、生き物、ダ……やがテ貴様モ……そノ意味ヲ、キッと知ル、こトダロウ……」

「どういう、意味……?」

「…………」

「……では!」


 ――願わくばどうか、安らかに、お眠りなさい。

 苦の色が無い、永久とこしえの地で。


「はぁ……どっと、疲れたわ。でも私にはまだやるべきことが多く残って……ん?」


 ――これは、妖魔の死体が……人の姿に変わって、いく……?

 嘘、でしょう。私が今、息の根を絶ち切った相手が人間だった、とでも……?

 駄目。震えている暇なんて、ない。考えるのは、あとにしなくては。


「……もう上に昇って来ても大丈夫よ。さぁ、早くここから脱出しましょう」

「は、はい。行きましょう、レイラさん」

「ええ!」


 向こうに、施設の出口と思しき扉が見えてきた。

 ようやく、この奇妙な場所から外に出られる。

 

「ん……? 扉が、開いた? あれはリ……ルイズだわ!」

「あぁ……エミリー! ご無事でしたか!」

「色々とあったけれど、何とか、ね。出てきた妖魔は全て、私が片づけたわ」

「そう、でしたか……駆け付けるのが遅れてしまって、本当に申し訳ありませんでした。言い訳にしかなりませんが、この施設の周囲に異様な数の対侵入者用の罠が仕掛けられていて……抜け道を見つけるのが大変だったのです」


 ――対侵入者用の罠。それも、夥しい数の。そうまでして万が一の侵入をも拒んできたとなると、やはりこの施設は決して表沙汰には出来ないような目的のもとに利用されていたに違いない。


「ところでエミリー、こちらの方々は、もしかして先に失踪されていた……?」

「ええ。こちらの赤毛の子がコロナで、四番目の失踪者……そしてもう片方の、空色の髪をした子がレイラよ。あの町の出身者ではないけれど、ここに囚われていたの。他の失踪者についても勿論、施設内を隈なく探したけれど、どうやらもう別の場所に移されたみたいだわ」

「別の場所に、移された……?」

「実はこの施設の最深部と思しき場所に、どこかへと繋がっている隧道があってね。ご丁寧にその奥へと伸びる線路まで敷かれていたわ。あれは十中八九、捕えた人間の輸送に使われていたものよ」

「それは大変……由々しき事態です。早急に町へと戻り、ザールシュテット伯に事の次第を知らせる必要がありますね」

「ええ。でも今はとにかくここを出て、安全な場所まで移動しなくては。早速だけれど、誘導を頼めるかしら。それから雨具はこの子たちに着せて行きましょう」



 ***



 ――施設の場所は、ザールシュテットの町から南西に一里半ほどの所にある鬱蒼とした森の中に位置していた。町と町とを繋ぐ広い街道から、一見すれば判らないような脇道が伸びていて、馬車はどうやらそこを通って施設へと通じる安全な順路を往っていたに違いなかった。


 そしてリゼは、馬車のわだちが残した微かな魔素の痕跡を追いつつも、強雨に邪魔をされたこともあって、その精確な位置が中々思うように掴めず、加えて道中に張り巡らされていた件の罠を回避しながら進む必要があったため、施設に辿り着くまでにはかなりの時間を要した様子だった。


「ひとまず、あなたたちは一度お風呂に入ると良いわ。このままだと低体温で身体がもたなくなるだろうし、ここの浴室は意外に広いから二人で入っても大丈夫なのよ。それで私たちはその間に、二人の着替えと何か温かいものを用意しておくわね」

「ありがとうございます。でも、エミーリアさんたちだってずぶ濡れで……それに途中、私やレイラさんを担いだりもして大変だったんじゃ……」

「ふふ、心配には及ばないわコロナ。私たちは二人共、見た目よりずっと頑丈だから。さぁ、それよりも早く彼女と一緒に暖かいお湯を頂いて来るといいわ」

「すみません……では、お言葉に甘えて。レイラさん、お湯を頂きましょうか」

「はい……あの、お二人共、本当にありがとうございました」


 ――私たちなら、今は着替えるだけで十分。確かに身体は冷えたけれど、あの二人を無事に救いだせたことへの達成感が、己の内側から確かな熱を生んでいるように感じる。それに、リゼの顔を見れば、彼女もまた同じ気持ちなのが判るわ。


「……あのメル、レイラは……その、彼女と一緒でも大丈夫だったのですか?」

「ええ。あの二人なら私を地下で待っている間に、お互い身の上を話し合って仲良くなったみたいでね。コロナはレイラが半妖だという事実を知ってかなり驚いたらしいけれど、彼女はそれをありのままに受け容れたようだわ」

「そうだったのですか……普通すぐには受け容れられないものだと思いますが、コロナはきっと元々、心の器が広い人なのでしょうね。それでは屋敷に向かうまでの間だけでも、皆で暖をとりながら少しゆっくりしていましょうか」


 あれほど強く降っていた雨も今では小雨になって、もうすぐすればきっと止む。

 二人が戻ってきたら皆で一緒に温かいものを頂いて、しばらくして落ち着いたら、改めてザールシュテット伯のもとへ、私たちが見た全てを報告しに向かえばいい。


 ――彼女たちの証言に加え、施設の調査も行われれば、色々と隠されていた事実も明らかになるでしょうし、私たちもようやくグラウ運河を渡ることが叶うはず。

 そうすれば、フィルモワールへ辿り着ける日も、きっと遠くはないでしょう。

 

 この後、私たちの身に大事が起きないことを、今はただ祈るばかりだわ。

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