第21話 閃く刃に滴る雫


 正面の方から感じるものは……妖気。

 それも三つ、揃ってこちらへと近づいてくる。

 ここで見つからずに階下の二人を逃すのは至難。


 ――やはり、戦って切り抜けるほかはない。

 この剣、リベラディウスとエーデルベルタの術技があれば、それが出来る。


「……ん、き、貴様ハ! 一体ドウやっテあの牢カラ!」

「お生憎様。あんな貧相なもので留めておけるほど、この私は甘くないということよ。それより答えなさい。ここで囚われていた人間を一体何処へやったのか」

「答エル心算ハ無い、と言っタラ?」

「あなたたちはここで、その命を終えることになる。もし、考える時間が欲しいなら、三十秒ほど差し上げても良くってよ」

「クックック、終わるのハ……貴様ダ! 行ケ、お前タチ。ジワジワと嬲リ殺しニしてヤレ」


 ――両脇の妖魔が揃って向かってくる、か。

 こちらの刃圏レンジに入るまで、三秒と四半ほどと見た。


「死ねえェェェェ!!」

「死ぬのは、あなたたちよ……双牙裂空閃ツヴァイ・クリンゲン!」

「う……ぐぶウヴゥあアァァ!」

「何……! アイツらを一瞬デ……?」


 いかに頑強な魁偉を誇っていようと、この閃きの前では飴細工にも等しい。

 刃圏に入れば最後、その領域を侵すものに与えられるのは、死の安らぎのみ。


「見た目ほどではないわね……これぞ鎧袖一触がいしゅういっしょくというやつだわ。さ、次はあなたの番かしら?」

「フフ……オモしロイ、ならバこちラも最初カラ、出し惜シミはしナイ。はァァアアア……!」

「妖気が急激に高まっていく……この圧力、先ほどの二体とは比較にならない。最初から本気で来る心算ね。いいわ、相手になりましょう」

「フンッ!」


 ――何? 今あの妖魔が地面に両腕を叩きつけた瞬間、周囲の空気が一変したような……この、妙な違和感は一体――


捕エヨカットゥラーテ!」

「何……これは、さっき斬った妖魔の血だまりが、波打っている? うっ!」


 ――馬鹿な、血だまりからたちまち、腕のようなものが伸びてきて……私の両手両足に強く絡みついて来る。それに、引きちぎろうにも次から次へと腕が伸びてきて、このままでは四肢の可動域と瞬発性とが著しく制限されてしまう。


「ハッハッ、油断シタナ。貴様ハもう、蜘蛛の巣ニ絡み取らレた蝶も同然ダ」

「くっ……まずいわね、さっきの妙な気配が、妖術の有効範囲を拡大する領域のようなものだったとは……」

「そシテ貴様ハこれカラ俺に……喰ワレちまうンだよ!」


 ――来る! この触れている妖魔の血は、水と違って魔導体として扱うには不適。 そんなものを別の脆い物質に変化させている時間的余裕は、もはや無い。

 今の私がある程度まで動かせるのは、手首と足首と、そして首のみ。


「頭カラ、丸齧りダ!」

「はっ!」


 リベラディウスが、右手から上手い具合に宙へと浮かんだ。

 私の魔導は、別の物質に影響を与えるだけが能じゃない。

 身体の一部分にさえ、その効力を及ぼすことが出来る。

 

 ――そう、この髪の毛にすらね!


「な……き、貴様!」

「はあッ!」


 ――手応えは確かにあった。しかし致命には足り得ない、か。

 ともあれ、今の一撃が奏功したのか、私の四肢を戒めていた忌々しい血の腕は、再び地へと落ちたわね。


「馬鹿、な……髪ヲ、腕ノのようニ扱っテ……」

「ええ、あとは首を振っただけよ。さすがに少し焦りはしたけど、ね」


 使えるものは何でも使う。例え髪の毛の一本ですらも。

 それがエーデルベルタの訓えの一つ、生き抜くための力。


「人間ニしてハ、ヤるようダナ」

「それはどうも。さて……同じ手段は二度とは通用しない。ここで観念して、他の人間の居所を吐きなさい。そうすれば、命までは奪わないと約束するわ。今回の一件に関しては、どうやらあなたたち妖魔だけの仕業では、ないようだからね」


 同じてつは踏まない。妖魔も今の一撃で確実にダメージを受けたはず。

 それにもし、ここでさらなる攻撃を仕掛けてくるような愚か者であれば、知っている情報もきっと高が知れている。ならばその命、刈り取るまで。


「フン、貴様ニ教えル事など、何もナイ」

「そう……なら、終わらせてあげる」


 せめてもの情けとして……苦しまぬよう、一瞬で。

 一刀のもとに、その意識の糸と息の根を、断ち切る。


「覚悟は、いいかしら?」

「覚悟ヲ決めるのハ、貴様の方ダ……そラあッ!」

「何っ!」


 ――妖気弾を雨のように、頭上へと撃ち放った?

 しかも放物線を描いてこちらに着弾するでもなく、ただ天井を蜂の巣にしただけで。こちらに降り注いでくるものは、ただそこから滴る、雨の雫だけに過ぎない。


「ハ……ハッハッハ……」

「これは一体、何のまねかしら」

「……貴様、何故俺ガ、強い雨ノ日ヲ選んでいタのか、解ルカ?」

「それは、皆が一様に同じ格好をして、町の人並に紛れ易くなるのと、人気が疎らで、多少の物音がしても不審がられない状況だから、でしょう」

「五十点ダ……」

「何ですって?」

「五十点ダ、と言ったのダ……俺ガその日ヲ選んだ、本当ノ理由ハ……」


 ――まさかこの妖魔、まだ何か奥の手を?

 だとすれば、この天井に穴をあけた理由は、一体何……?


「ソレハ、俺ノ能力ガ最大限ニまで発揮デキル、最高ノ日だからダ!」


 ――また、妖魔から伝わってくる気配の質が変わった。

 この戦い、どうやら簡単には終わらせてはくれないようね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る