第68話 阿吽の呼吸
「思考……?」
「そう。んと、何て言うんだろ。お姉さんたちもこうきたらこうくるだろうなってのは考えてると思うけど、ボクはそういうのが感覚として瞬間的に分かる感じなの。リゼも自分では気付いていないのかもしれないけど、その身体に染み付いたクセ? そういうのがボクには感じられるの。何がどうだとかは上手く言えないけどね」
エセルが言っていることは何となく理解できる。
人は皆、その一挙手一投足に、ある種の癖のようなものが無意識のうちに出てしまっているもの。きっと彼女はそれを見い出すと共に、それが一体どういう効果を齎すのか、またさらにそれに対してどのように対処すればいいのかを瞬間的に予測処理して最適な解を導く能力――彼女が言うところの「思考」の力を、これまでずっと磨いてきたに違いない。きっとそれ故にその一連の処理も感覚的に行えるのだろう。
「……初撃から全て
「おっと」
「私が居ることも、忘れては駄目よ」
――リゼが注意を引いている瞬間に、一撃をと思ったけれど、穿ったものは彼女の
「あぁあ、この外套結構気に入ってるのに、切れちゃった」
「それは、悪かったわ……ね!」
「うわっと。もう、二人がかりでなんて、ずるくない?」
いくらエセルの能力が優れているといっても、私とリゼの挟撃を受けてもなおずっと涼しい顔をしていられるのかどうかは、やってみるまで判らない。
リゼを誤って傷つけてしまわないように注意を払いながら、相手の盲点を見つけ出してそこを執拗に突き続けていれば、いずれはその姿を捉えることが出来るかもしれない。それに純粋な継戦能力であれば、魔現を攻撃の主体とするであろう彼女よりも、私たち二人の方が勝っている自信が少しばかりある。
「
「
「うわわっ……!」
私とリゼの両方が前後から凄まじい勢いを以てエセルに瞬速の乱撃を見舞い続け、それがエセルの対応力を僅かに上回ったのか、直撃こそは叶わなかったものの、その刃風や余波が彼女の身体に微かな損害を与えていたようだった。
「何これ……何で当たってないのに傷がつくの!」
「しかし一度もまともには当たってはいない……か。本当に、大したものだわ」
「もう、じゃあ今度はこっちからいくよ……
「危ない!」
私とリゼの足場が突如として鋭利な刃のように変化すると共に激しく隆起し、そしてそれは私たちの後を追うように次から次へと地中からその姿を現した。
「
「今度は電撃かしら……忙しいわ……ねっ!」
私たちに息つく暇すらも与えず、エセルの強力な魔素が瞬時に奔雷へと変容し、鼓膜を劈くような轟音を伴いながら、狙い澄ましたかのような精確さを以て私たちのもとに落ち、周囲の地形を著しく変化させていく。
「リゼ、大丈夫?」
「ええ! こんなの何ともありませんよ!」
「しかしこのまま中遠距離の戦いに持ち込まれては、私たちに勝ち目はないわ。何とかして再び距離を詰めないと……」
下からは大地に突き上げられ、上からは絶え間なく雷撃が降り注いでくる。現状としてはそれを回避するのが精一杯で、反撃に転じる機会を中々掴み切れない。
しかしエセルは攻撃の手を休めることなくこちらに魔現を繰り出してくる。
「
「ぐうっ!」
「防御に魔素を回すのよ、リゼ!」
私とリゼの身体が瞬く間に回転刃の如き苛烈な旋風に巻き上げられ、全身の痛覚が一斉に悲痛な叫びを上げた。魔素で肉体を相当強化しているにも関わらず、薄く鋭い刃のような烈風はこちらに深い切創を幾つも残し、それらが酷い疼きを休み無く伝えてくる。
そして時を移さず、傍らのリゼが苦みを満面に湛えながら、その眉根を寄せた。
「な……また、来ます!」
「くっ、あんな顔をして本当に容赦ないわね。でも、そうはさせない……
「風を斬った……⁉ 旋風が乱れて……姿を保てなくなったようです!」
「すごいね。でもまだまだこれからだよ……
すると今度はエセルが大きな炎弾を宙空に描き出し、其処から細かな炎球が幾つも生み出され、間髪を入れずこちらへと降り注ぎ始めた。もはやこれは、魔現の博覧会といっても差し支えが無い状態といえる。
「まずいですよ、メル! 一体どれだけ変現資質を持っているのか……こんなの、そう長くは持ちません!」
「分かっているわ……上手く行くかどうかはかなり怪しいけれど、一つ、試してみましょうか」
「……ん、ひょっとして何か策が?」
「ええ……リゼ、次に私が技を出したら、それと同時に私の真後ろに付きながら、私が合図を出すまで同じように走って頂戴。途中、左右のどちらかに移動する時は首の振りで事前に指示するわ。見逃さないようにね!」
「首の振りですか……分かりました!」
「では早速、行くわよ……
地面を捲り上げながら進む衝撃波をエセルの方に放つ。無論、この技の有効距離とその性質からして彼女に損害を与えることはまず出来ない。しかし、技で巻き上がった土煙によって私たちの正確な位置をほんの一瞬だけ隠蔽することが出来る。
そして、位置を変える直前に技を放てば、追走するリゼと私の位置に向こうから視認出来る程のずれが生じたとしても、その土煙を隠れ蓑にすることで、きっとエセルから見れば私一人が位置を変えながら彼女に接近してくるように見えるはず。
「さっきからばたばたして一体何なの……? あんなところからそんな攻撃したって、当たるわけないじゃない。あのメルって人、何考えてるんだろう……まさかこれでボクの魔現を邪魔してるつもりなのかな? そんなのほとんど意味ないのに」
遠距離から中距離に移り、中距離から近距離へと次第に詰めていく。
リゼは私の首の動きからでしか私の行く先を確認する術がないというのに、まるで最初から示し合わせていたかのように、私の影となってぴったり付けている。
これならきっと……こちらの思い描いた通りの未来を招き寄せられる。
「ふん、それで上手くしてやったりみたいな? いいよ、近づいてきたところを串刺しにしてあげる! 出でよ……
――何よ、あの殺意の塊のような氷刃の群れは……。
千の
あんなのをこの身に受けたら、鉄の乙女の中に入れられたも同然だわ。
「次に私が技を出したら……この首が示した方に、長く跳んで頂戴! そのあとはこの私に構わず、あなたが思い描くまま、自由に動けばいいわ!」
「……承知、しました!」
「はぁぁぁ……!
エセルの手から躊躇なく放たれた夥しい数の氷刃。その全てをこちらの技で相殺することは出来そうにないものの、こちらも黙って切り刻まれるつもりはない。
皮を切らせて肉を切り、肉を切らせて骨を……断つ。
「ははは! ここまで一人で突っ込んで来たのは誉めてあげたいけど、お姉さんはもう、終わりだよ!」
「ふ……一人なら、ねぇ!」
「ん? それってどうい――」
「……
リゼは、エセルがほんの一瞬だけ見せたごく僅かな虚を衝いて、振り向いた彼女の左右の両肩と太腿の辺りとに極めて短い距離からの一撃をほぼ同時に叩き込むと、最後に自身の両手首を揃えた恰好で、それを彼女の腹部の辺りに凄まじい勢いで突き出した。
「はあっ!」
「うぐっ⁉」
次の瞬間、エセルの身体は大きく吹き飛ばされ、辺りの地面を引き裂きながら蹴鞠の如く何度も跳ね回って、やがてその姿が点に見えるほど小さくなったところで、ようやく停止した。
「やりましたよ……メル!」
――エフェスと同じ顔をした相手を攻撃するのは、相当辛かったでしょうに……あなたにこんな酷な役を担わせてしまって、本当に悪く思うわ。けれど、よくやってくれたわね、リゼ。あなたのおかげで、あの小さな命は確かに護られたのだわ。
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