第69話 満身創痍
「メル! き、傷だらけじゃないですか……! これは酷い……」
「ふふ、あなただって似たような、ものじゃないの……まぁ、エセルの攻撃を一手に引き付ける必要があったからね。多少の痛みは仕方ないわよ」
「立てますか……? 今、肩をお貸しします」
「迷惑を、かけるわね……いっ、たたた……」
かつてイングリートと戦った際にもそうしたように、抉った地面を盾代わりにすることで、ある程度は受ける損害を減らすことが出来たものの、鋭利な氷刃の群れは彼女の魔素によってその動きを制御されていたのか、その多くがその防御壁を迂回して、そのままこちらへと降り注いできた。
もちろん自身の魔素の大半を防御に割いていたことで、致死的でこそなかったものの、それより前に不意の魔現で受けた傷も相まって、全身の状態はあまり思わしくないように感じられる。彼女の魔素はどうやら、相手の肉体だけに留まらず、体内を巡る魔素そのものにも深い損害を同時に与える性質があるようだった。
「それで、エセルは……どうなったの?」
「彼女の魔素の循環と入出を担っている
「なるほど……いわば、魔現殺しの技というわけね。けれど実際の命までは奪わないあたりも含めて、流石はリゼといったところかしら」
「買い被り過ぎです。これは、日々の賜物ですよ。それも、アルベルティーナ様がいらっしゃらなければ得られなかったものですから、私一人の力じゃありません。それに……無闇に命を奪うことだけは、どうにかして避けたかったのです。仮にも私たちにとっては命の恩人、でしたからね」
かつてリゼは、対妖魔に特化した魔克明鏡拳だけでなく、対人や対魔現士との戦いも視野に入れて、特化故に不足していた部分を補完するべく他流派の武術も積極的に併習したいと訴えたことがある。そこで当時まだご存命だった私のお母様が一肌脱いで、リゼは高名な各師範のもとでそのための修業を積むことが叶った。
そして今、その弛まぬ努力によって育まれた種が、結実したように感じられる。
「ところで、レイラたちは大丈夫だったのよね……?」
「はい。メルが速やかな退避をあの御者に指示されたおかげで、私たち以外には被害が及ばなかったようです。私たち自身はぼろぼろになりましたけど」
「それにしてもとんでもない魔現だったわね……もし単独で相手をしていたら、一体どうなっていたことか……」
――それに、エセルはまだきっと全力を出してはいなかったはず。
そんな彼女は一体何に従って動いていたのか、どうしてエフェスを抹殺しようとしていたのか、訊ねたいことは山積しているけれど……。
「ひとまずはレイラたちと合流しなくてはいけないわね。ここから次の町までいけばきっと其処で私たちを待っているはずだわ」
「そうですね。それとあのエセ――」
「……! リゼ! 後ろを!」
「えっ⁉ わあっ!」
私が咄嗟にリゼの身体を奪うように抱え、二人してその場に臥せた瞬間、私たちの立っていた空間を紫電の如き閃光が
そしてその光が放たれた方向には、泥塗れになったエセルが佇んでいた。
けろりとした面持ちの中に、薄笑いを浮かべながら。
「あ……外れた。はは、惜しかったなぁ」
「……そんな、でたらめな……私は、確かにあの時……彼女の操気門を叩いたはず」
「リゼ、
「そんな身体で、戦いを続けられるとお思いですか!」
「あなただってそんなに変わらないでしょう。いいこと? ここは二人で――」
「いえ。私の腰元に、琥珀糖が入った小袋があります。それを食べれば、ここから逃げる力ぐらいは得られるはず。メルはそれを頂いてすぐ、ここから離れて下さい」
「お待ちなさいリゼ! あなたは……あなたは一体、どうするつもりなの?」
「私がここで、あの子を食い止めます。だから――」
――また、この子は。私のために自らが犠牲になって現状を打破しようとしている。でもねリゼ、あなたは以前、私という存在がいない毎日が何よりも怖いと言っていたけれど……今の私は、そんなあなたと全く同じ気持ちよ。
「……馬鹿ね」
「えっ?」
「馬鹿だって言っているの。私一人をこの世に残して、どうするつもり? あなたはそれで満足なの?」
「それ……は……しかし!」
「ふ……ごめんなさい。ついこの間、私だって同じことをしたくせに、よね。でもね、リゼ。私は、あなたともっと同じ時間を過ごしたいの。もっともっと一緒にいて、色々なことをしたいの。共に笑って、共に泣いて、美味しいお料理だって一緒に楽しみたいの。だから私は、私たちは……こんなところで終わるわけにはいかないのよ、リゼ。そう……絶対にね!」
「メ、ル……ぐっ……はい!」
「さぁ、死なば諸共……出たとこ勝負で、いくわよ!」
ここまで絶望的な状況だというのに、不思議と恐怖は感じない。
リゼと一緒に居る……ただそれだけで、これほどまでに心は穏やかで、そして、何処までも強くいられる。たとえこの先に、終わりが待っているとしても。
「はぁぁああぁぁああ!」
琥珀糖から得た魔素を糧として、裂帛を合図に全身の操気門に火を
それは一度点ければ、充填した燃料を燃やし尽くすまで消えない、
持ちうる生命の鼓動を全て力へと変換し、眼前に立つ小さな巨人と相対する。
「
「
リゼと共に、視線の先に捉えたエセルに向け、魔素を凝縮した刃風と拳圧によって象られた衝撃波を、後先を考えずただひたすら怒涛の如く打ち込み続けながらその距離を徐々に詰めてゆく。
それは仮にその身を掠めただけでも肉を抉り取る程の苛烈な一撃の奔流。もはや相手の生命を
「ふふ、まだそんな力が残っていただなんて」
「はぁっ!」
エセルの前後を二人で押さえ、再び彼女に挟撃を仕掛ける。
今度はもはや無力化ではなく、その生命を奪うための攻撃を。
そうしなければ、奪われるのはもはや、私たちの命に他ならない。
「
「
さらに距離を詰め、威力や精確さよりも、
しかしエセルは、花蜜を探す蝶のようにふらふらと宙を揺らめきながらも、私とリゼの攻撃を巧みに躱し、その髪の一本にすらも触れさせることなく、やがて自身の両腕を胸元に交差させると、其処から凄まじい熱量を放つ光球を生み出した。
「ほぅら、今度はボクからの贈り物。ちゃぁんと受け取ってよ……?
「なっ……⁉」
次の瞬間、
それからやがて私たちを掠めた一筋の光が足元の地面を貫くと、その周辺の諸共が、着弾の際に生じた衝撃によって醜く引き裂かれた。
「何て威力……あんなものをこの身に受けたら……」
「もちろん、当たるつもりはありま――」
私とリゼは襲い掛かる怪光の網を掻い潜りながら、反撃の機会を窺っていたものの、瞬く間に蹂躙し尽された地面の残骸に足を取られたのか、急にリゼが何かに蹴躓いて体勢を崩した。そしてエセルがその瞬間を見逃すはずもなく、間もなくリゼのもとに向けて、光の雨が一点に集束した。
「あぁ、光、が……メ、メル⁉」
「あなた一人に、受けさせはしないわ……ふんっ!」
――願わくば、大切な人を守り抜くための力を。
どうか私に応えて……リベラ、ディウス!
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