第42話 灯りを燈して


「あい、たたた……ここは……?」


 砂の沼に完全に呑み込まれた後、下方へと流れ落ちていくような感覚があった。


 眼前は今、常闇に閉ざされていて何も窺い知ることは出来ないものの、全身に纏わりついていた砂はもはや足元にしかなく、そして落着時に痛めたであろう腰から伝わるこの痛みは、まだ自分が生きていることの証であるように感じられた。


 ――生きているなら、まずは、灯りを燈そう。


光あれフィーアト・ルクス……! あら?」


 薄らいだ闇の中に浮かび上がったのは、砂に塗れながら横たわるリゼの姿。

 どうやら彼女もまた私と同様に上から落ちてきて、そのまま倒れていた様子。


「リゼ、大丈夫?」

「う……あれ、メル……? はっ、ここは?」

「ふふ……あなたも大きな怪我はないみたいね。どうやらここは遺跡の地下のようだわ。もう地下はうんざりなのだけれど」

「本当ですね……あ、メル。魔現マジックは消して貰って大丈夫ですよ。私、駱駝に載せてあった携帯用の魔光灯を持っていますから、それを灯しましょう」


 ――私の分は確かレイラが持っていたから、これはありがたいわ。

 こうすれば何が居るか判らないこの場所で、無駄な魔素の消耗を抑えることが出来る。コロナから貰った琥珀糖もあるとはいえ、その使用は極力控えたいところ。


「それにしても、何故あそこが流砂のようになっていたのかしら?」

「うぅん……まるで見当がつきませんね。上は塞がっていますし、まずはどこか地上に出られる出口がないか探しましょうか」

「そうね。魔現に使う魔素が浮いた分を、魔導に回して、微かな空気の流れを追いましょう」


 自らの魔素を空間中に放出し、それを昆虫が持つ触覚のように用いることで、出口に向かって流れているであろう微弱な空気の動きを掴む。

 また放出した魔素も、散逸してしまう前に回収すれば、その損失も少ないため、繰り返し行うことが出来る。言ってしまえば、魔導域の簡易版のようなもの。


 そしてそれを二人で交互に行えば、常に正しい方向へと進むことが叶う。


「こっちだわ……そのまま真っすぐ」

「この分であれば、何とか外に……おや?」

「どうしたの、リゼ」

「あれは……メル、誰か倒れていますよ!」


 洞窟状の壁面にもたれかかるようにして倒れているのは、女性。

 魔光灯に照らされて、さざ波のようにうねった長い薄氷色の髪は、話に聞いていたナディアの特徴と確かに一致する。


「この人……きっとナディアだわ! ナディアさん、しっかりして!」

「……う、うう……み、みず……を」

「良かった、まだ意識はあるみたいですね。大丈夫ですよ、ナディアさん。私の水筒にある水を、今飲ませてあげますから」

「んっくんっく……くっ、はぁ……はぁ、ありがとう、ございます。その、あなた……たちは?」

「私たちは王陛下からの命を受けて、あなたを探しに来ました。私はエミーリア、こちらは従者のルイーゼです。実はあともう一人居るのですが、遺跡の一室に踏み込んだ際、流砂のようなものに囚われてしまって、その時に分断されてしまいました」

「そうだったのですか……私も同じようなものです。魔光灯もその時に失くしてしまって、手の感覚だけを頼りに移動していたのですが、気が付いたら意識が遠のいていって……あなたたちが来てくれなかったら、どうなっていたことか……本当にありがとうございます。それから私のことはナディアでいいですよ。話し方も普通で」

「では……ナディア。私たちも出口を探している最中だから、このまま同行を。このルイーゼの後ろに付いて貰えれば大丈夫よ」


 話を聞けば、私たちが砂に呑まれた一室はつい最近になって発見されたもので、ナディアはその途中にあった通路に刻まれた古代文字の解読も含め、詳細な調査にあたっていたところ、あの部屋で私たちと同じような事態に陥ってしまったという。


「それでナディア、あなたはこの地下が何のための場所だと考える?」

「まだ判然とはしませんが、あの流砂のような場所は、人為的に造られたある種の仕掛けであるように思えます。本物の流砂であれば、ああはならないはずです」

「……ふむ。自然の地形を刳り抜いたとはいえ、建造物の中だものね。しかしそうなれば、あの場所からこの地下へと落とす、何らかの目的があって――」

「うっ!」

「何、リ……いえ、ルイズ、どうしたの?」

「その……骨があります。それもこれは、動物のものじゃ……無い」


 突如として広く開けた空間、その床面は依然として砂に覆われているものの、リゼが持つ魔光灯で照らした範囲だけでも、頭蓋骨を始めとした人骨と思しきものがあちらこちらに散在している。


「ここは、普通じゃない。ナディア、そこの裏に隠れていて」

「えっ……は、はい」

「ん? この音は、地響き……?」

「……何かこちらに来るわ! 仕方ない、ここは魔現で……光よ羽ばたけルクス・ウォラーレ!」


 魔現はその効果と規模に比例して、要する魔素がより大きなものとなっていき、不得手な者が使用すれば魔素の変現効率の悪さから、その消耗も激しいものとなるため、この照明術をあまり長く維持することは叶わない。


 もしここから戦闘になるならそれは、可能な限り早く決する必要がある。

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