第43話 砂霧の皇帝


「砂の下から何か出て来ます!」

「くっ!」


 何かが私たちの身体を掴もうとした。岩のような姿をした何かが。

 しかしそれはまたすぐに砂の中へとその身を隠し、地中を移動している。


「今の分厚いものは……鋏? あれは、生き物なの?」

「分かりません! しかし私たちを狙っているのは確かなようです!」

「ええ、どうやらそのよう……ね!」


 ――姿自体は見えないものの、音の接近方向からして凡その位置は掴める。

 ならば、その地中ごと引っぺがし、全てを露わにさせるまで。

 こちらには悠長に相手を待っている時間など、無い。


「はあぁぁぁ……! 土竜滅砕牙シュナッベリーゲル!」


 辺りの地面を覆う砂という砂が砕けた人骨と共に舞い上がり、その粉塵の切れ間から自然の岩ではない、青黒く巨大な物体が、不気味に覗いた。


「見えた! 一刀アブシュナイデン!」


 私の放った刃は、確かにその物体を捉えた。

 しかし、その身を穿つことは叶わず、硬い金属の塊同士が衝突する際に発するような、カキィンという特有の音だけが周囲に大きく響き渡った。


「リベラディウスの刃を、弾いた……⁉ 私の魔素を帯びた状態の刃なら、あらゆる金属をも両断できるはず。しかし、こうなるということは……」

「相手は未知の物質で覆われた、甲殻のようなものを纏っているのかもしれません! どうにも、並大抵の攻撃では通じな――」

「危ない!」


 別方向からリゼの身体に向けて長い尾のようなものが打ち寄せた。

 何とかこの刃を以てそれを留めることは出来たものの、今の一撃は途轍もない速度と重さだった。


「た、助かりました……しかし今の攻撃、一体どこから……!」

「私たちを掴もうとした腕はまるで分厚い鋏のようで、それに今、私が受け止めた尾のようなもの……その先端は、鉤爪のように鋭利な形状に見えた」


 ――岩石のような身体に太い鋏、そして先端が鉤爪のようになっている尾。

 私が知っているものとは著しくかけ離れているものの、特徴自体は概ね一致する。

 そしてまた私たちが今いる場所は砂漠の只中。そう、あれはきっと――


「サソリ、だわ……信じ難いほどの巨体だけれど、ね」

「ふ、ご冗談を……あんなに大きいものが、サソリだと……? 一体、幌馬車何台分あるとお思いですか! それにあんなに硬いだなんて、有り得ません!」

「あ、あれはきっと、砂霧の皇帝マリク・アカラーバ……! でもそんなまさか……本当に居た、だなんて……⁉」

「ナディア! 姿を見せてはだめ! 奥に隠れていて!」

「ひ、ひゃい!」


 相手の外殻は、リベラディウスの刃を以てしても穿てそうにはない。

 生半可な攻撃では、掠り傷の一つすら、満足に与えることは叶わない。

 攻撃が通る部位があるとすれば、関節ごとの接合部分や、眼がある部分。


「しかし、ああまで全身が青黒いと、どこがどうなっているのかまるで判らないわね。何かいい方法は……っと!」

「どうやら、考える時間すら与えてくれそうにはありませんね!」


 敵はその図体に似合わず、砂中を高速で移動してはその鋏や尾を使って、こちらに急襲を仕掛けてくる。まさに神出鬼没とも言える動き。せめて相手の身体に一定時間触れることが叶えば、魔導の力を使って相手の外殻に物質変化を行い、その組成を変えて幾らか脆弱にすることが出来るかもしれない。


「けど、あれに長く触れるだなんてまず不可能ね。せめて、弱点の部位さえ判れば……あっ、そうだわ!  ルイズ!」

「あぶなっ……はい!」

「あなたの魔光灯を貸して頂戴!」

「魔光灯ですか? 分かりました! 受け取って下さい!」


 私の水筒にはまだ十分な水がある。この水に私の魔導を通して導体にさせた後、それをリベラディウスの剣身に纏わせて、剣と一時的な融合状態にさせれば――


「……出来たわ。水纏いの剣。本来は炎に護られた相手に使う技だけれどね」


 そして、このリゼの魔光灯から取り出した発光燃料をそこに合わせれば、剣に纏わせた水自体が特有の光を放つように変化する。


「あの剣は……? あんなもので一体何をしようとして……」

「ふ、そんな顔をしなくても見ていればすぐに判るわ」


 ――また来る。しかしそれは、今のこちらにとっては好都合!


「受けなさい! 水刃裂爆襲!シュプリッツヴァッサー


 ――水気を含む超高圧の衝撃波が剣から放たれ、相手の正面に吹き付けられた。

 それはその外殻表面を覆っていた砂と混ざり合い、泥となって全体にこびり付く。

 

 巨体が再度動いた際に大方の泥は取れてしまうものの、奥にまで挟まって取れない場所がある。それは関節部に存在する窪み。そして其処に残された泥は自ら輝きを放ち、その輪郭を妖しく浮かび上がらせる。まるでここを狙えと言わんばかりに。


「……なるほど! ああすれば何処の部位が脆いか、一目瞭然……!」


 ――それにあの泥は私の魔素を帯びた導体でもある。起爆させるにはあまりに量が足りないけれど、おかげで何処に隠れようが、その位置を掴むことが出来るわ。


「さぁ……始めましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る