第44話 命の行方


「はあぁぁぁ……ふっ!」


 ――足を踏み鳴らしたリゼの全身に、凄まじいまでの魔素が漲っているのが判る。

 あの子も俄然やる気だわ。弱点の部位が判明した以上、負ける要素なんて無い。


「来るわ……行くわよ!」

「はい!」


 さっきは極硬の甲殻に阻まれて届かなかった刃。

 しかし、今度は必ず其処へと達してみせる。

 その光の点線を目印にして、絶対に穿つ。


「其処よ……! 一刀アブシュナイデン!」

「喰らえ! 勁道裂開劈けいどうれっかいへき!」


 一刹那。

 私の刃は相手の右腕、リゼの拳はその左腕をそれぞれに捉え、片や軽やかに宙を舞い、片や内から爆ぜて方々に砕け散った。


「……ん、まだ尾が来ます!」

「そっちは任せなさい! あなたはその間に、こいつの眼を叩いて!」

「はい、お任せを!」


 私の剣では未だ正確な場所が判らない眼を正確に突くことは難しい。

 しかしリゼの持つ対妖魔の術技であれば、範囲ごと一気に叩けるはず。


「動きを……止めたわ! 今よ!」

「こいつで……決めます! 鳳翼ほうよく天衝撃てんしょうげき!」


 宙空で爆発的な魔素の光を放ち、間髪を入れずして流星の如く急降下したリゼが、全ての魔素を集約した様子の右拳を、岩盤の如き甲殻に打ち込んだ。

 すると、光の奔流がその表面全体から間欠泉のごとき勢いで噴騰し、サソリが持つ巨体はその激烈な衝撃を受けてたじろいだのか、緩やかに後ずさりしながら、その姿を砂の中へと徐々に埋めていき、そしてそれはやがて完全に見えなくなった。


「はぁ……はぁ、ど、何処へ……!」

「反応が遠のいていく……どうやら分が悪いとみて、逃げていくようだわ。この隙に、私たちもここを離れるわよ!」

「止めは刺さなくて良いのですか? 今ならまだ――」

「いえ、その必要はないわ。私たちはアレの命を奪いに来たのではなく、ナディアを助けに来たんだもの。さぁ、ナディアを連れて早く外を目指しましょう」

「承知しました。では……この甲殻の破片を、あれと遭遇した証拠として持ち帰って……ん?」

「どうしたの、ルイ――」

「後ろです!」


 魔素の反応は確かに、私たちから離れていった。

 しかし今眼前にあるものは、見紛うことなきあのサソリだった。

 ただ一つ前と違う点があるとすればそれは、一皮剥けていた、ということ。


「馬鹿な――」


 私が抜くよりも先に、相手の口元にある凶器が届いてしまう。

『相手の死を見届けるまで気を抜くな。死神に魂を抜かれたくなければ、な』

 師匠の訓えを、私はまた――


「――っ⁉」


 死がその口を開けきる、四半秒前。この眼前に現れたものは、炎。

 闇の彼方から訪れたそれは、サソリが持つ大きな二つの眼を浮かび上がらせると共に、その動きをほんの一瞬だけ、留めて見せた。


落花一閃グナーデンシュトース


 露わになった両目。炎が立ち昇る右眼に向ける目はもはや無く、ただ左の眼を目標に据え、その一点のみを貫く。そして弾指の間にこの剣身を通し、今の私が持ちうる魔素の総てを其処から一気に開放することで、相手の全てを内側から穿つ。


「剣から、光が……! くあっ!」


 開いていく光に洗われる命の残滓、閉じてゆく光に現れる魂の脱殻。

 揺れ舞う砂塵の中に佇みながら、私はこの手で、己の内なる鼓動に、触れた。

 

「大丈夫……私、まだ生きている、わね」

「本当に、お見事……でした。しかしあの炎は、一体?」

「あれは……火矢、だった。まさか――」

「お、お役に立ちました、か……?」

「あ、あなた……⁉ ど、どうして」


 その声と姿は、どちらをとっても、レイラ以外の何物でもなかった。

 しかし、彼女が何故ここに今居るのかは、まるで見当が付かない。


「お二人が砂に呑み込まれた後、しばらくして下から大きな地響きがしました。それで私はお二人がまだ生きているんだと思って……意を決して、あの砂の中に飛び込んだんです」

「そう……だったの。でも、本当にありがとう。あなたのおかげで、私たちは助かったわ。しかし、よくこの位置にまで辿り着くことが出来たわね。位置といえば、あれの眼の場所までをも精確に捉えていたことに驚いたけれど」

「私、耳や目だけは普通の人よりちょっと良いですから……はい。そのおかげでここまで、来れましたし、相手の眼の位置もおぼろげながら、判りました」


 ――半妖であるが故に授かった、並外れた能力ちから

 レイラ、本当のあなたは自分自身が思っているよりもずっと、大きな可能性を秘めているのかも知れないわ。


「本当、素晴らしい能力だと思うわ。ふふ、もっと誇ったっていいくらいにね」

「そんな、私なんか――」

「あのぉ……もう、そっちに出ても、大丈夫でしょうか……?」

「え? あぁ、ごめんなさいナディア。もう、安全だわ。そしてあなたに紹介するわね。この子が私たちのもう一人の仲間である、ローザよ」


 戦いの一部始終を見ていたナディアは酷く怯えた様子だったものの、レイラと自己紹介を交わしながら、脅威が去ったことをようやく実感したのか、先程の巨大なサソリについて私たちに自ら話し始めた。


 ナディア曰く、私たちが遭遇したサソリの正体は、『砂霧の皇帝マリク・アカラーバ』だと言う。それは古代の文献や神話上にも度々登場し、かつてこの遺跡周辺にあったとされる都市が、実際にその巨大なサソリによって壊滅的な被害を受けたと記している資料もあったとのこと。

 しかし一般的にはそのサソリという言葉自体が、何か別の災厄や疫病を比喩的に表現したものに過ぎないと考えられていて、文字通りに捉えている学者はまず居ないとのことだった。


「なるほどね……。なら大発見じゃないの。今さっきルイズが採取した甲殻の破片を王陛下に見せれば、きっと話も聞き入れて貰えることでしょう」

「はい……しかし、本当にあんなおぞましいものが、こんな近くにずっと居ただなんて……お、思い出しただけで、腰が砕けそうになっちゃいます」

「エミリーの機転やローザの援護もあって、何とか退けることが出来たのは本当に良かったです。さぁ、このまま皆で出口となる場所を探しましょう」


 ――今回の戦いでは本当に、このレイラに命を助けられた。

 しかもまさかあれほどの腕前を持っていたとは、思わぬ発見だわ。

 彼女にはもっと自分を誇り、自信を持って欲しいと心からそう思う。

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